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6話 元カレ

家に帰ると、あの子はソファに寝そべって本を読んでいた。

「ねえ」

 上着を脱ぎながら声をかける。

「ニックネームさ、付けたいんだけど。いい?」

「どうして? 名前、教えたの」

「ニックネームの方が距離が縮まるかなーって」

 何を言っているのか分からなかったからとは、言えない。

 昼休みに書いたメモ帳を広げる。少し角が折れている。

「もふお。タマ。ズーコ。それから……ぷらたん」

 読み上げると、ぬいぐるみはしばらく黙り込んでから、

「うーん。ぷらたんでいいなの」

 と言った。

「ええ……」

 思わず声が裏返る。

「ズーコはどう? ズーコ、よくない? なんかこう、可愛くてさ」

 図々しいところが似合ってる、とは言えなかった。

 抗議すると、ぬいぐるみは首を振る。

「ぷらたんがいい」

「そっか……」

 勝ち負けじゃないのに、少し悔しい。こんなにあっさり決まるとは思わなかった。

「じゃあ、今日からぷらたんって呼んでいい?」

「うん!」

 晩ご飯の準備をしようと、冷蔵庫を開ける。

「今日、オムライスにしようと思って」

 スマホに表示したレシピの写真を、ぷらたんに見せる。

「おいしそうなの〜」

 卵を取り出すと、ぷらたんが後ろから覗き込んできた。

「手伝いたい」

「え、危ないよ」

「大丈夫なの」

 根拠のない自信だ。ズーコ向きの性格じゃないか、と思いながらも、断りきれずにまな板を少し空ける。

「じゃあ……一緒にね」

 包丁を持つぷらたんの手は、予想以上に危なっかしい。たまねぎを切るたび、刃があらぬ方向へ行こうとする。

「ちょ、ちょっと」

 慌てて後ろから手を伸ばし、ぷらたんの手を包む。自分の手が重なる。

「こう。ゆっくり」

 ぷらたんは素直に頷く。力の入れ方が分からない、子どもみたいだ。

 卵を溶く係も任せてみたが、こちらはもっとひどかった。ボウルの縁を叩くたび、黄色い液体がこぼれそうになる。

「ストップ」

 ボウルを持ってあげる。

「雑すぎる」

「こう?」

「違う違う。力、抜いて」

 フライパンに卵を流し込むと、案の定、ぐちゃぐちゃになった。

「あー……」

「失敗?」

「失敗だね」

 出来上がったのは、ぐちゃぐちゃのオムライスだった。

 ぷらたんはぴょこぴょこ跳ねて、マヨネーズを取り出す。

「これもかけよう」

「オムライスに?」

「合うよ」

「うーん……まあ、まずくはならないか」

 線を描くようにマヨネーズをかける。とんぺい焼きみたいな見た目だ。

 一口食べる。

「……うん、まあ美味しい」

「でしょ」

 得意げだ。

 食べ終わるころには、台所はひどい有様だった。ボウル、フライパン、飛び散った卵の跡。

 ふたりで無言のまま洗い物をする。水の音だけが続く。

 ぷらたんは、洗い終えた皿を丁寧に拭いている。さっきまで包丁もまともに扱えなかったのに、こういうところは妙に真面目だ。

 最後に、布巾で台を拭く。

 きれいになった台所を見て、少しだけ息をつく。

 その後、人狼ゲームをやった。二人ではできないと説明したのに、どうしてもと言うので仕方なく始めた。

 一ゲーム目で、

「これ、ゲーム成立してないなの!?」

 と気づいたらしく、やめた。助かった。

「じゃあ、ババ抜きするの!」

 助かってなかった。

「ねえ、愛花。この人、誰なの?」

 棚の上に置いてある写真を指さして言う。

「あー」

 金髪がまったく似合っていない、あどけなさの残る顔。見たくないけど、しまっておくこともできなくて、伏せて置いていた。

「んー。元カレ」

「かっこいいのー!」

「ありがとう。喜ぶよ、きっと」

 彼は素直だったから、褒められると照れながら喜ぶ姿が、簡単に思い浮かぶ。

 もう、何年経つんだろう。

 ずきりと胸が痛む。

「お風呂入ってくるね」

 誤魔化すように、その場から逃げた。

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