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イモートワーク
「通勤疲れた」
夜道でつぶやいた瞬間、空気が揺らいだ。
「そこのあなた。イモートワークしません?」
魔女が立っていた。
「リモート? したいです! フルリモート!」
「フルイモート。叶えてあげますね」
光が弾けた。足もとに柔らかい布の感触がある。
スカートだ。――それだけわかった。
家に戻ると、部屋の明かりの下に“お兄ちゃん”がいた。
初めて見るお兄ちゃんだが、心が安らぎ、自分でも目が細むのがわかる。
「お兄ちゃん、またお家でゲームしてる」
自然に口から出た言葉に、自分でも驚く。
「妹がデートしてくれたら家出るよ」
軽口の返しもいつも通り。
でも、何かが違って聞こえる。距離が少し近い。
「だめー。ふふっ。本当はお兄ちゃん大好き」
そう言いながら、なぜか心があたたかくなった。
彼の隣に座ると、仕事の疲れも全部とかされていく。
「なんだか、サラリーマンにもう戻りたくないや」
夜更け。
静かな部屋に、魔女の声だけが残った気がした。
「振る妹でした」




