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サマープリンセス

麦わら帽子と白ワンピ、スカートを翻す彼女に僕は釘付けになった。


「やめておけ。あれは、サマープリンセスだ。あんなのに青春を捧げたら不幸になるだけだ。ネットニュース見たろ」


親友のともあきは、穢らわしいものを見るかのように彼女を見やると僕の手を引いていった。


「でもさ……」


時は、22世紀、出産機能も含めた性別適合手術が生み出され、女性になりたい男性は希望すれば、手術を受ける権利を得ることができた。


希望者の男子は、17歳の夏休みを使い、生殖器移植は伴わない1次手術を受け、やがて、女らしい体つきなるという。


だが、最終的に女性適性があるとみなされ、正式に生殖器移植が行われるのは、20人に1人。狭き門だ。残りは男に戻る手術を受けることになる。


だから、一夏の女子体験として、この夏祭りに、女物の浴衣を着て、一夏の青春を送る。それが、夏の風物詩となっていた。彼女たちはサマープリンセスと呼ばれていた。


サマープリンセスに恋する男子も現れるが、男に戻され、現実に引き戻される。そんな悲喜劇が各地で報告されていた。だから、サマープリンセスにはそうであるとわかるようにオレンジのミサンガをつけることが決まりになっていた。


「悪い。ともあき。俺、行くわ」


「あ、こら! みんなとの集合はどうするんだ」


「みんなに言っといて」


僕は、一目惚れの彼女に声をかけた。


「ねえ。君、どこからきたの?」


「やすともくん!?」


女の子っぽい口を塞ぐような仕草をした彼女。驚いたようなガラスのような透き通る声と水晶のように光る瞳が僕に突き刺さった。


「けんじ!?」


昔ながらの幼馴染だ。ちょっとヤンチャで僕をいじめっ子から守ってくれる。そんな頼もしい男の子。まさか、サマープリンセスになるだなんて……。


「ど、どう。変じゃないかな。ちゃんと女の子に見える?」


両手を広げて、自信なさそうに僕に伺いを立てる。


「かわいいと思うけど」


「よかった。ありがとう」


けんじと僕は、夜店を二人で歩き回った。わたあめから、コルク銃、金魚すくいにお面。


小学生の頃に戻ったかのようだ。河川敷に座って二人で花火を眺める。


「あ、あの……」


「ん。どうした?」


「こんなこと、お願いしていいか迷ったんだけど」


もじもじしている。かわいいな。


「キスしてください! 男に戻る前に、女の子としての思い出を作りたいんです!」


突然の告白。俺はどんな顔をしているだろう。


「お、男同士だけどいいのか?」


「一生の思い出にしたい。やすともくんとなら、僕、私でいられるんです」


そう言うと、彼女は、目を瞑って待ちの顔をする。


最後の大きな打ち上げ花火らしきものが上がり、あたりが明るくなる。そして、しばらくすると、暗闇が訪れる。


彼女の背に手を回し唇を寄せる。はじめてのキスは夜店のフランクフルトの味がした。


「あ、ありがとう」


「こちらこそ」


「私、一夏でも女の子になれてよかった」


彼女が涙を拭う仕草をするのでハンカチを差し出す。


それは、夏の陽炎のような思い出だった。


その後、彼女が正式に女性器移植手術を受け、ともあきのやつと結婚し、2人の子どもをもうけたと知ったときは驚いた。


だが、ともあきは、一夏のキスのことを知らない。


それは、サマープリンセスとの忘れられない一夏の思い出だった。

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