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噂の波紋

「ねぇ聞いた?神谷って人、白石先輩の元彼なんだって」


スタッフルームの片隅。

書類をまとめながら、美奈はわざと声を潜める。

けれど、その声量は"聞こえるよう"に計算されていた。


「うそ!?あの新郎さん?マジで?めっちゃ優しそうだったけど‥‥」

「だよね〜!でも、別れた理由が気にならない?」

「てかさ、あの人、白石先輩のことまだ気にしてる感じだったよ」

「え〜気まずぅ〜。新婦さんが近くにいるのに?」


コーヒーマシンの音と、笑い声が混ざる。

一見いつもの休憩時間。

だけど、どこか冷たい空気が流れていた。


「まぁ、白石さんも三十路だし‥‥"元彼"が幸せそうに現れたら、複雑よね〜」

「美奈、それ言い過ぎじゃない?」

「あっ、ごめんごめん、悪気はないの」


そう言いながら、美奈はにっこりと笑った。

その笑みは柔らかいけれど、どこか計算されたものだった。


そのときーー。


「‥‥‥何の話だ?」


背後から低い声が落ちた。

空気が一瞬で張りつめる。

振り向くと、橘主任がファイルを片手に立っていた。


「た、橘主任。い、今のはただの雑談で‥‥。」

「"元彼"って、誰の話だ?」


美奈は一瞬、口を噤んだがーー

すぐに、わざとらしく笑いながら言った。


「えっと‥‥白石先輩の、です。昨日来られていた神谷さん。新郎の方、実は白石先輩の元彼らしいですよ?」


橘の表情が、わずかに動く。

目の奥に静かな色が沈み、彼は一言も返さずに視線を落とした。


「‥‥そうか」


ただ、それだけ言い残して、橘は静かにその場を離れた。




「美奈‥‥。橘主任少し怒ってたよね?」

美奈は唇をゆがめ、ぼそっと口に漏らす。



「白石さんばっかり‥‥」


周りのスタッフが気まずそうに目を逸らす中、

遠ざかる橘の背中は、どこか痛々しくも見えた。



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