休日のパンケーキ
水曜日の午前。
久しぶりの完全オフの日。ーー結衣は、目覚ましをかけずにゆっくりと起きた。
カーテンの隙間から差し込む陽の光が、優しく部屋を照らす。
ウェディングプランナーという仕事は、意外にも体力勝負だ。
式場の下見やリハーサル、会場設営の確認に走り回り、立ちっぱなしの一日も少なくない。
(だからこそ、休日ぐらいは"甘いもの"で心を満たしたい。)
着替えを済ませた結衣は、街の小さなカフェへと向かった。
「ここSNSで見てから、ずっと気になってたんだよね〜」
ワクワクしながら、窓際の席に腰を下ろした。
メニューに並ぶ『ふわトロパンケーキ』の文字を見つけて思わず笑みがこぼれる。
(今日だけは‥‥。日頃頑張っている自分へのご褒美として‥いっちゃお!)
やがてテーブルに運ばれてきたのは、雲のようにふわふわのパンケーキ。
ナイフを入れると、湯気とともに甘い香りがふわっと広がる。
一口頬張った瞬間、思わず目を細めた。
「‥‥幸せ」
その一言が、つい口から漏れていた。
ーーその瞬間。
「ずいぶんと幸せそうだな」
聞き慣れた低い声に、結衣の動きが止まる。
顔を上げると、そこには休日らしくカジュアルなシャツ姿の橘主任が立っていた。
「‥‥!た、橘主任!?」
「偶然だな。こんなところで会うとは」
「ど、どうしてここに‥‥!?」
「この辺りのカフェ、平日は打ち合わせで使うことが多くてな。休日に来るのは滅多にないんだが、たまには一人で、のんびりしようかと思って」
橘は軽く笑みを浮かべ、向かいの席に座る。
普段はスーツ姿の彼が、ラフな格好でいるだけで、どこか別人のように見えた。
「パンケーキか。甘党なのか?」
「‥‥まぁ、少しだけ」
「少し、ね。さっき"幸せ"って言ってたのが聞こえたんだが?気のせいか」
「き、聞いてたんですか!?」
「うん。あの白石が、パンケーキで幸せそうにしているなんて、ちょっと意外でな」
からかうような口調。
でもその目は、優しく笑っていた。
「まさか、主任に会えるとは思いませんでした」
「いや、今日はただの通りすがりだ。‥‥それにしても」
橘は、テーブルの上のパンケーキを見てふっと笑う。
「お前、食べるとき本当に嬉しそうな顔するんだな」
「え?」
「式の時より、ずっと柔らかい表情だ」
結衣は頬を赤らめて、慌ててフォークを置いた。
橘のそんな言葉を聞くのは初めてだった。
「‥‥‥主任も何か頼まないんですか?」
「そうだな。せっかくだから、同じものを」
「えっ」
「甘いものはあんまり得意じゃないが、白石があまりにも美味しそうに食べるから」
ウェディングプランナーとしての顔でも、上司と部下としての距離でもない。
ただのオフの日。
一人の男と女として向かい合うーーそんな空気が、そこにあった。
外の陽射しが柔らかく差し込み、二人のカップの湯気が、静かに混ざり合っていた。




