差し入れのチーズケーキ
ウェディングプランナーという仕事は、華やかに見えて実は体力勝負だ。
ドレス姿の花嫁の横で笑っている時間より、重い会場装飾を運んだり、深夜まで台本の修正をしている時間の方がずっと長い。
当日の新郎新婦の緊張を和らげるためには、誰よりも早く会場に入り、誰よりも遅く帰るのが常だ。
白石結衣ーー三十歳。
今日もヒールを脱ぎ、控室の隅で足をそっと揉みながら、翌週の進行表に赤ペンを走らせていた。
頭の中では次の新婦の不安な表情がちらつく。
完璧な式を作りたい。
でも、完璧なんて、たぶんこの世には存在しない。
それでもーー彼女たちの"今日"だけは、何がなんでも守りたい。
「‥‥‥あの、白石さん」
振り向くと、調理部の相沢くんが紙袋を抱えて立っていた。
白いコック服の袖をまくり、少しだけ焦げた香りをまとっている。
「お疲れさまです。厨房で余ったスイーツ、よかったらどうぞ」
手渡された袋の中には、小さなチーズケーキが二つ。
ふんわりと甘い香りが広がり、思わず表情がゆるむ。
「ありがとう。でも、いいの?せっかく作ったのに」
「はい。心配作ですから。‥‥見た目だけは、ですけど」
照れくさそうに笑う彼の顔が、仕事終わりの空気を少しだけ柔らかくした。
紙コップのコーヒーを添えて、ふたりで控室の小さな机を囲む。
「白石さん、いつもこんなに遅くまで残っているんですね」
「この仕事、裏方が本番だからね。お客さまの笑顔が見えるまでは、気が抜けないの」
「‥‥‥でも、その笑顔を作ってるの、白石さんたちですよ。」
その言葉に、結衣のペンが止まった。
"笑顔を作ってる"ーーそう言うわれたのは、いつぶりだろう。
「‥‥ありがとう。そう言ってもらえると、少し報われる気がする」
「本当のことです。俺、あの式場の空気、好きなんですよ。白石さんが作る雰囲気っていうか‥‥」
言いかけて、相沢は慌てて口を閉じた。
頬が、ほんのり赤い。
結衣はそれを見て、小さく笑った。
「じゃあ、これからも一緒に"空気作り"頑張ろっか」
「‥‥はい!」
甘いチーズケーキの香りが、疲れた控室をそっと満たした。
誰かの幸せを見守る仕事の中で、ほんの少しだけ、自分の心が温かくなる瞬間だった。




