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祭りの夜に

二人の間に、言葉にできない緊張が走った。

阿波踊りの囃子はやしが、やけに遠く聞こえる。


「‥‥‥お仕事の上司、ですか」

望月が、穏やかな声で言った。


「ええ。東京の式場で」

結衣が答えるよりも先に、橘が補足する。


「白石は、現場では頼りになるプランナーでね」


さらりとした口調。

だが、"現場"という言葉に、わずかな圧が込められていた。


「そうなんですね」


望月は微笑んだまま、視線を橘から外さない。


「白石さんからは、あまり仕事の話は聞いていませんでした」


一瞬。

橘の眉が、わずかに動く。


「そうか。休暇中だからな」

橘は、結衣に目を向ける。


「邪魔して悪かったな‥‥‥帰省中だと聞いていたから」


(聞いてた、って‥‥‥)


結衣は内心でため息をつきながら、言葉を選ぶ。


「いえ‥‥‥‥たまたま、です」


「たまたま」


橘は、その言葉をゆっくり繰り返した。

望月が、空気を和らげるように続ける。


「白石さん。阿波踊りはあまり来たことがないらしく、

 少し案内していたところなんです」


「それはそれは」

橘は軽く笑った。


「白石は、地元だと意外に無頓着でね」

俺は白石のことは、なんでも知っているぞ、という

言わば、権勢もこもっていた。


「主任!」

思わず結衣が声を上げる。


「そんなこと‥‥‥」


「冗談だ」


そう言いながらも、橘の視線は結衣から離れない。


まるで、

"どこまで踏み込んでいいか"を測っているようだった。



「ーーお二人は?」

橘が、望月に視線を戻す。


「"お見合い"、だったと聞きましたが」


結衣の心臓が、跳ねる。


(言うの、そこ‥‥‥!?しかも、なんで主任が知ってるの!?)

だが望月は、表情を崩さなかった。


「ええ。今日はその帰りでして」

そして、静かに付け加える。


「とてもいいお見合いでした。

 もっと白石さんの事、知りたくなりました。」


橘は、一瞬だけ結衣を見る。

何かを確かめるように。


「‥‥‥そうですか」

短い返事。

けれど、その声は少し低くなっていた。


太鼓の音が、再び近づく。


「踊り、始まりそうですね」

望月が、結衣に視線を向ける。


「それでは、行きましょうか。」

結衣は頷きかけてーー


「白石。」


橘の声が、重なる。


「少し、話せるか」


二人の視線が、同時に結衣に集まる。


阿波踊りの灯りが揺れ、

結衣の逃げ場を、ゆっくりと奪っていく。



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