冗談
ーー白石結衣の不在の、式場。
お盆前。
普段なら慌ただしいはずのフロアは、どこか間の抜けた静けさに包まれていた。
「‥‥‥静かだな」
橘が、無意識にそう漏らす。
「そうですか?」
パソコンに向かっていた森川紗英が、ちらりと視線を上げた。
「私はいつも通りですけど」
「いや‥‥‥」
橘は言葉を濁し、フロアを見回す。
指示を出す声が少ない。
現場の流れが、ほんのわずかに鈍い。
「白石がいないだけで、こんなにも違うものか」
ぽつりとこぼしたその一言に、紗英の手が止まった。
「‥‥‥主任」
ニヤリと、意味深な笑み。
「もしかして」
「なんだ」
「結衣がいなくて、ちょっと元気なくないですか?」
「‥‥‥気のせいだ」
即答。
だが、否定が早すぎた。
「ふーん」
紗英はキーボードを叩きながら、わざと軽い調子で続ける。
「結衣。今、徳島に帰省中なんですけど」
「知っている」
「ですよね。お見合いだって」
「‥‥‥‥」
一瞬、橘の視線が止まる。
「冗談ですけど」
紗英は肩をすくめた。
「主任が徳島まで追いかけて行っちゃったりして、なんて」
「‥‥‥馬鹿なことを言うな」
そう言いながら、橘は視線を逸らした。
否定の言葉とは裏腹に、
その横顔はーー少しだけ、考え込むような色を帯びていた。
「ま、白石が戻ってきたら、また現場も元通りですね」
紗英はそう言って、画面に向き直る。
橘は何も考えなかった。
ただーー
胸の奥に残った、拭えない違和感だけが、静かに広がっていく。
***
結衣は、阿波踊りの灯りの中で、ふっと息を吐いた。
(‥‥‥まさかね)
けれど。
「目の前に立つ橘を見上げて、
その「まさか」が、現実になりかけていることをーー
結衣は、まだ知らない。




