逃げ場を探して
前菜が運ばれてきた。
白い皿に、彩よく盛り付けられた前菜。
見た目も香りも申し分ないはずなのに、結衣の喉はなぜか詰まったままだ。
(味、わかる気がしない‥‥‥‥‥)
「望月さん、こちらの前菜は季節の食材を使っとるんよ」
母がにこやかに説明する。
「は、はい‥‥‥とても綺麗ですね」
望月さんは丁寧に相槌を打つ。
悪い人ではない。むしろ、かなり気を遣ってくれるているのが分かる。
だからこそ、余計につらい。
「で、望月さん。将来的には資産形成はどう考えてまして」
父が静かに、しかし確実に踏み込んだ。
「ちょっと、お父さん‥‥‥‥」
「いや‥‥‥‥大事なことだ」
(今!?今それ聞く!?まだ始まってすぐ!!!)
望月さんは一瞬言葉に詰まりつつも、真面目に答える。
「ええと‥‥‥堅実に、ですね‥‥‥」
「ほら!堅実!結衣、聞いた?」
母が満足そうに頷く。
結衣はナイフとフォークを置いた。
(‥‥‥‥‥無理)
このまま座っていたら、
仕事の話、住む場所、結婚後の生活、
全てが"決定事項"として進められてしまう気がした。
「‥‥‥‥すみません。少し、お手洗いに」
結衣は立ち上がる。
「大丈夫?」
望月さんが心配そうに声をかける。
「はい、すぐ戻りますので」
そう言って、ほとんど逃げるように席を離れた。
***
廊下を出た瞬間、結衣は大きな息を吐いた。
「‥‥‥‥息、できる‥‥‥」
壁に手をつき、天井を仰ぐ。
(仕事なら、こんな状況でも笑顔で回せるのに)
家族が絡むだけで、
どうしてこんなにも冷静さを失うのか。
「‥‥‥白石さん?」
背後から、落ち着いた女性の声がした。
振り返ると、そこにいたのはーー
式場スタッフの制服を着た、五十代くらいの女性。
「‥‥‥あ」
見覚えがあった。
「もしかして‥‥‥高校生の時、ここで働いていた白石さん?」
「‥‥‥‥はい。白石です」
「やっぱり!あなた、よく走り回っとったよね」
女性は穏やかに微笑む。
このレストランでベテランスタッフの藤井さん。
高校時代、何度も助けてもらった人だ。
「久しぶりやね!東京でプランナーしてるって聞いたわよ」
「‥‥‥はい。でも今日は‥‥‥」
言葉に詰まる結衣を見て、藤井はすぐに察したように言った。
「お見合い、ね」
「‥‥‥は、はい‥‥‥」
「顔に書いてあるわ」
クスッと笑われ、結衣の肩の力が少し抜けた。
「無理しなくていいのよ。
ここは"幸せな場"だけど、我慢する場所じゃない」
「‥‥‥‥」
「あなたは昔から、周りのことばっかり考える子だった。
でもね、今日は"あなたの時間"でしょう?」
その言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなる。
「少し、落ち着いてきなさい。
戻るかどうかは、それから決めてもええんちゃう?」
「‥‥‥‥ありがとうございます」
結衣は深く頭を下げた。
廊下の向こうから、
母の元気な声と、父の低い声が妙に聞こえてくる。
(‥‥‥‥戻る、戻らない)
その選択を迫られながらも、
結衣は今、ほんの少しだけ深呼吸を取り戻していた。




