ブライダル課の朝は、コーヒーの香りと噂話から。
ーー翌朝。
「ねぇ結衣、あんた昨日、大変だったらしいじゃない?」
カップかた立ちのぼるコーヒーの香りと同時に、
同僚の声が降ってきた。
顔を上げると、ウェディングプランナー仲間の
森川紗英が、イタズラっぽく口角を上げていた。
「誰から聞いたの?」
「厨房チーム。花嫁さんが逃げたって聞いた瞬間、みんなパニックだったって。
でも結衣が落ち着いて対応したって有名になってるよ。"ブライダル課の守護神"だってさ」
「やめてよ‥‥守護神とか。縁起でもない」
結衣は苦笑いしながら、書類を机に戻した。
昨日の疲れがまだ抜けきっていない。
それでも、手帳のページにはすでに次の新郎新婦の名前が並んでいる。
「でも、あんたほんとタフだよね。
私だったら、途中で胃に穴開けてるわ!‥自信持って言える!」
「自信持たれてもなぁ‥‥まぁ‥慣れかな‥‥
それに、ああいうトラブルの方が、あとで印象に残るの」
「プロだねぇ。で?噂の見習いくん"とは"どうだったの?」
「‥‥‥誰のこと?」
「惚けないで。厨房の相沢くん。昨日、ずーっとあんたのこと心配してたって。
"白石さん、ちゃんとご飯食べましたか?"だってさ」
コーヒーを飲もうとした結衣は、思わずむせた。
「そんなこと言ってたの?」
「うん。かわいいよね〜年下男子。あんた、いいじゃん!あの子。今どき珍しくまっすぐでさ〜」
「やめてよ、仕事中にそういう話‥‥」
そう言いながらも、昨日、ガーデンで泣く花嫁を励ましてくれた悠人の真っ直ぐな瞳が、ふと脳裏に浮かぶ。
ーー"白石さんの作る結婚式が好きです"
その言葉だけが、なぜか心に引っかかっていた。
「‥‥ま、いいけど」紗英が肩をすくめる。
「うちの橘主任も、あんたのこと気にしてるっぽいし。"職場恋愛禁止"ってルール、そろそろ改訂されるかもね?」
「なにそれ、もうやめて‥‥!」
周囲のスタッフがクスクス笑う。
結衣は頬を赤くしながら、そっと手帳を閉じた。
仕事も恋も、計画通りにはいかない。
それでも今日も私は、誰かの幸せをプランニングする。
ーーそして少しずつ、自分の幸せを探しながら。




