胸のざわめき
夜の挙式のロビー。
昼間の喧嘩が嘘のように静まり返り、柔らかな照明が床を照れしていた。
打ち合わせを終えた結衣は、報告書を手に事務所カウンターへ戻る。
「今日の件、まとめておきました」
「ありがとう。助かる」
橘は短く言って、資料を受け取った。
その仕草が、いつもより少しだけ優しい。
気のせいなのかもしれないーーそう思いながらも、
結衣の胸の奥がほんのり熱くなる。
「さっきの判断、悪くなかったよ」
「え?」
「新婦への対応。冷静だった」
「‥‥ありがとうございます」
主任の声は穏やかで、どこか柔らかい。
それだけで、結衣の頬が少しだけ緩んだ。
ーーその光景を、偶然目にした男がいた。
相沢だ。
差し入れを持ってロビーを通りかかったところで、
ふと、結衣と橘主任が向かい合って話している姿が目に入った。
楽しげに微笑む結衣。
それにわずかに目を細める橘。
見慣れたはずの二人の距離が、今はやけに近く感じた。
手にしていた紙袋の取っ手を、無意識に強く握ると
中の缶コーヒーがカタリと鳴った。
「‥‥‥主任、最近よく白石さんと話しているな」
独り言のように呟いて、相沢は小さく息を吐いた。
胸の奥がざわつくのを、どうしても抑えられなかった。
ーーあんな顔、俺には見せたことなかったのに。
そんな思いを残したまま、
相沢は踵を返して、廊下の奥へと歩いていった。
背後で、結衣の笑い声が小さく響いた。
その音が、胸のどこかに刺さったまま離れなかった。




