今日も誰かの恋を、プロデュース中。
「白石さんっ!新婦が、ドレスのまま控室からいなくなりました!」
その一言で、控室の空気が一瞬で凍った。
花嫁失踪ーーブライダル業界で一番聞きたくないワードだ。
「‥‥え?いなくなったって、どこに?」
「わ、わかりません!トイレにもいなくて、外にも‥‥!」
白石結衣(30)は、思わず頭を押さえた。
朝から完璧に仕上げてきた進行表が、音を立てて崩れ落ちる。
式まであと十五分。披露宴会場では親族がすでにスタンバイ中。
ーーなのに主役がいない。
「落ち着いて。新郎にはまだ伝えないで。あの人、泣くタイプだから」
「は、はいっ!」
結衣はスマホを片手に走り出した。
ヒールの音がチャペルの廊下に響く。
この音を聞くたびに思うーー
今日も、私は誰かの恋を支えている。
そして、自分の恋はまた後回し。
「まったく、どうして私は"他人の恋"ばっかり追いかけているんだろ‥‥」
小さくため息をついた、その瞬間。
「白石さん!こっちです!」
厨房の方から手を振る青年がいた。
白いコック服に、まだ新品みたいな帽子。
見習い調理師のーー相沢悠人(23)。
「え、悠人くん?どうしたの?」
「外のガーデンで、新婦さんが泣いてて‥‥"結婚したくない"って」
「‥‥‥!」
冷たい風の中、ウェディングドレスの裾を抱え、しゃがみこんで泣く花嫁の姿があった。
結衣は一瞬、ため息とともに笑った。
「‥‥‥まったく。現場、恋愛リアリティ番組かっての」
その言葉に、悠人は首をかしげる。
「リアリティ番組?」
「昔よく見てたの。"あいのり"とか"テラスハウス"とか。
みんな泣いて、笑って、恋をして、修羅場になってーー
結局、誰かが幸せになる。
でも現実の結婚式は、泣いてる人が出ちゃダメなの」
悠人は静かにうなずき、
そっと白石の隣にしゃがみこんだ。
「でも、白石さんの作る結婚式って、なんか"幸せ"にしたいって思えるんですよ」
その言葉に、胸が少しだけ跳ねた。
彼の瞳は、真っすぐで、少し熱っぽい。
ーー人の幸せにばかり夢中だった心が、
ほんの少し、自分の方を向いた気がした。
そのとき、背後から落ち着いた低い声が響く。
「白石、トラブル処理は任せた。式を遅らせるわけにはいかない。判断はお前に一任する。」
振り返ると、そこにはスーツ姿の男。橘 晶(35)。
結衣の上司であり、社内最強のプランナー。
冷静沈着、どんなトラブルも"理論で解決する男"。」
「了解しました。必ず、間に合わせます」
結衣はそう答えると、花嫁に向き直った。
「さぁ、もう一度ドレスを整えましょう。今日だけは、あなたがいちばん美しいって証明する日ですから。」
橘が静かに言葉を残す。
「‥‥‥そうやって、お前は誰かの幸せばかり作る」
その声に、結衣の心が一瞬だけ揺れた。
ーー気づけば、また"他人の恋"を完璧にしようとしている。
でも、私の恋はどこにあるのだろう。
チャペルの鐘が鳴る。
花嫁が笑った瞬間、会場が光に包まれた。
その光の中で、私は気づく。
人の幸せを願うたび、
自分も少しずつ、誰かを想いたくなる。
ーーそれが、私に届いた"幸せのお裾分け"。




