9_七時間睡眠確保出来ないような仕事はやだ
マーシーの言葉を受けて、私は自己紹介も含めて今後やりたいと思っていることを述べた。
寝るのが好きということ。
睡眠用のグッズのアイデアがいくつかあるので、それを実現するために有効な魔道具が欲しいということ。
私の言葉を受けて、マーシーはいくつか魔道具を机の上に出した。
それはいい、けど……。
(買えないわ)
提示された値段を見て、私は肩を落とした。
ロザリーから多額の謝礼を貰っているけど、魔道具たちにはそれらを上回るくらいの値段が付いていた。
(ちゃんと効果のある魔道具には相応の値段がつくということよね。仕方ない。睡眠グッズの開発はもう少し庶民的な商会とやり取りをするようにしよう)
そう考えてマーシーにお断りをいれようとしたけど、彼は私が辞退しようとするのを静止してきた。
「ネージュさんが商会とのやり取りは初めてというのは本当のようだな。俺の出した値段はあくまでも参考程度のもので、手に入れる方法はいくらでもある」
「……というと?」
「簡単にいえば、“投資”だな。俺はネージュさんが作りたいと言っている睡眠グッズに投資したい。睡眠を専門に商品開発しようという人間には巡り会ったことがなかったが、充分に商機にはなると思う。
ロザリーと打ち解けたのも睡眠を改善したのが切っ掛けという話だったな。大々的に広まるようにするには少し計画を練らないといけないが……きっと貴族も平民も喜ぶはずだ。
今の世では長く寝ることは悪徳と捉えられているが……美味い食べ物が爆発的に広まるように、本能に根ざした喜びをくれる品は幅広く売れるはずさ」
つまるところ、マーシーは私のスポンサーをやりたいと言っているらしい。
これらの魔道具は格安で売るから、代わりに私の睡眠グッズの開発や売り方について口を出したい、そういうことなのだろう。
「ちなみにだが、投資の対象は睡眠グッズに限らなくてもいい。あんたは睡眠に関わるギフトを持っているらしいな。それで商売するのもいいと思う。眠りに特化したギフト持ちも初めて見るから、『眠らせ屋』みたいな活動をすればいい稼ぎになるだろう。
こちらは貴族相手にターゲットを絞った方がいいな。貴族は面子を気にするもんだ。赤ん坊の世話に手を焼いていたり、自分自身も不眠になるような悩みを持っていると明らかになったら、貴族社会に噂が広まる可能性も高い。高い金を出して改善したいと思う人間は多くいるはずだ」
私は彼の話を聞いて、少々考えてから答えた。
「いや。結構です」
「なにっ」
私の返答に、マーシーは少なからず動揺したようだった。
「……おやおや、駄目だったか。俺なりにいい条件を提示したつもりなんだが」
「それは私もそう思うわ。何も実績がない私にここまでしてくれるのは破格だということはわかる。問題はあなたの方じゃなくて、私の方にあるの」
「問題とは?」
「商品開発をして流通させたり、色んな場所に行ってギフトを使うのって……つまりは仕事じゃない。しかも、発案者たる私がかなり頑張らないといけないかもしれないじゃない。なら、お断りするわ。私、七時間睡眠は確保したいのよ」
私は自分の思っていることを素直に言った。
作業をするのも何かに励むのも嫌いではない。でも、ビジネスを初めて他者にサービスを提供することになったら、睡眠を削って頑張らないといけないような場面が出てくるかもしれない。
それにはNOとはっきり言っておきたかった。
(ロザリーを助けたのは、彼女一人の問題に対応すれば良かったからで、私が夜更かしをしたのもギフトの実験をしたあの一日だけだった。でも、みんなにサービスを提供するなら、自分の思う通りに出来るかわからないからね)
私は近くに控えているシエラに話しかける。
「シエラ、今日は一緒に来てくれてありがとうね。買い物は出来なかったけど、仕方ないわ。行きましょう」
「はっ。ネージュ様、こちらに……」
「ネージュさんよ。それじゃあんたは睡眠グッズを諦めるつもりなのか?」
マーシーの問いに、私は首を傾げる。
「え、なんで? 諦めないわよ。他の商会のところへ行って魔道具を探すわ。品質が十全なものになるかは未知数だけど、私一人で使う分にはクレームがかかることは無いでしょう」
「つまりあんた一人での私的利用が目的で作るということか」
「なっ、なるほど。さ……流石ネージュ様です」
残念そうなマーシーとは裏腹に、シエラは私を賞賛している。
が、どこか彼女の目に陰りがある気がする……。
今のシエラは、寝不足で無理しつつ仕事をしてるときと同じ目をしている。
私は彼女に向けて説明を追加したした。
「シエラ。言っておくけど、個人的に使うとはいえ、屋敷の使用人分くらいは作るつもりよ。冷感パッドの時みたいにあなたにも試してもらいたいわ」
「はっ! わ、私が睡眠魔道具を試せるだなんて。ありがたき幸せ……!」
シエラはぱあっと顔をほころばせた。
彼女は普段は感情を表に出さないようにしてるけど、内面は感情豊かみたいだ。
「冷感パッドってなんだ? もう何か作ったものがあるのか?」
マーシーの質問に、私は暑さ対策で作った冷感パッドについて説明した。
「そうかそうか……これからも気温は上がり続ける見込みで、夏の寝苦しさが解消されれば、いい利益に繋がりそうだな。うーん。やっぱり、ネージュの考える魔道具が流通しないのは勿体ないと思うねえ。よし……」
私が開発した魔道具の話を聞いて、マーシーは色々と考え込んでいるようだった。
そして深く息を吐き、私のもとへと前のめりになる。
「決めた。俺は人手を集めることにしよう。あんたが睡眠グッズを作ってくれたら、量産と流通についてはこちらでやるようにするよ。俺の方から課すノルマは特にない。あんたは完全に趣味でやってくれたらいい」
「えっ……? 本当に?」
「無論、利益が出たら相応に分配する。趣味だからといってただ働きはさせないさ」
そうなんだ。
そんなうまい話があるのかな、口だけじゃないかな――と頭の中で考えたけど、マーシーがささっと契約書を作ってくれた。
書類の中には、ネージュ――つまり私に格安で魔道具を引き渡すこと、その代わりに睡眠グッズを作成したら作ったものはラウル商会側の人間で流通を行うこと、売れたものの利益は一定の割合でネージュに入ること、等が書かれていた。
ネージュが睡眠グッズを開発出来なくて契約を破棄することも可能、その際は魔道具および魔道具の効果は失われる、とも書かれている。
(この魔道具そのものが仕事中に貸与される道具のようなものなのね。ま、格安で手に入るのだし、途中で頓挫しても罰金なんかはないみたい。ならいいでしょう)
私はラウル商会と契約をした。




