8_ラウル商会へ
綿を作る、といっても諸々の下準備は必要だ。
約束の日、私は荷造りをしてラウル商会へ行く準備をした。
(商会は荷物を家に届けてくることもあるだろうけど、持ち帰れるものは自分で持ち帰っちゃおう。どんな商品があるのか早く確認したいし、これはローハイム家としての活動じゃなくて私の趣味の活動だから、使用人たちを巻き込むのは忍びないし)
もともと今日は街の方に行くと使用人には伝えてある。
私は一人で玄関の方へ行った。
「あれ?」
そこには、シエラがいた。
いつもはメイドとしての制服を着用しているシエラだが、今は外出用の服を身に付けている。すらりとした長身が映えるロングスカートの服だった。
シエラは深々と礼をして私に言った。
「ネージュ様。本日はラウル商会へ向かうのですよね? 良ければお供させて下さい。そちらの荷物鞄は私が持ちます」
「この鞄、今は空なのよ。軽いから私一人でも持ち運べるわ」
「ですが、商談を行う際に女性一人では危険です。私は護身のための魔法も学んできましたし、いざとなれば体術で相手を抑えることも出来る。私も行かせて下さい」
「でも、私が商会に行くのは睡眠グッズや魔道具を作りたいっていう私の趣味のためなのよ。だからシエラに来て貰わなくても……」
そういう言うと、シエラが背をかがめて私に耳打ちする。
「ネージュ様。今まではあまり言わないようにしてきましたが……私も眠るのが好きなんです。私もより良い睡眠生活を送りたい。だから一緒に行きたいのです」
「シエラ……」
彼女がここまではっきりと意思表示をしたのはこれが初めてかもしれない。
私が戸惑っていると、シエラは私に向かって微笑んだ。
「正確にいうと、ネージュ様が来てから私の眠りに対する意識は変わりました。今までは睡眠は最低限にして、起きている時間を最大限に延ばして勤勉に勤めるべし、と考えていました。
ですが……ネージュ様がローズマリー様の夜泣きに対処してくれた後、よく眠れるようになって仕事の効率もぐっと上がったのです。冷感パッドを作って下さった際も、こんなに快適なものがあるんだと初めて知りました。
私だけでなく、ローハイム家の使用人たちは皆ネージュ様に感謝していますし、ネージュ様について行きたがっていました」
「そうだったのね」
「当初は睡眠時間が減っても大丈夫と言うようにしていましたが……本当は大丈夫ではありませんでした。眠い状態がずっと続いたのは、辛かったです……」
「わかる~。ずっと寝不足だとそうなるわよね」
ローズマリーが夜泣きしているときは使用人一同寝不足の顔をしていた。今はみんな溌剌としているように見える。使用人たちはあまり感情を出し過ぎないように訓練されるのが常だから、今までは気付きづらかったけど。
使用人たちはずっと慢性的に寝不足の状態で、ローズマリーの一件があってからしっかり眠ることの尊さに気付いたらしい。
私にとっては嬉しいことだ。
――でも、ちょっと気がかりなこともある。
「……シエラ。それってアロイス様の方針には背くんじゃない? 私は基本的には何をしてもいいって言われてるから趣味を優先するつもりだし、もし離縁されて家に帰されることになっても後悔は無いけど。あなたたちの場合は……」
「家を維持するための作業は毎日滞りなく行っています。ネージュ様の外出に付いていっても仕事に支障が出ているとは言われないでしょう。それに……仮にアロイス様の不興を買って解雇されることになったとしても、私は後悔はありません」
「……!」
「私がどこにも所属しない使用人になったとして……もしネージュ様が私の助けを必要としてくれるなら、私を個人的に雇っていただけますか?」
「――ええ、勿論よ。シエラの洗ってくれたシーツは寝心地がいいからね。私が別の場所に行くことになっても洗濯は欠かさずにしてもらうわよ」
私の返答を聞いて、シエラは顔を綻ばせたのだった。
****
商会といえば都会の中にあり、人が沢山行き交って活気づいている場所、というイメージがあったが、ラウル商会の場合は違った。
私がロザリーから教えて貰った住所は確かに栄えている街の中だったが、指定された場所は人気のない路地裏だった。
「シエラ、本当にここで合ってるのかな?」
「確かにこの住所です」
「そうだよね。じゃあ、商会の人が迎えに来るのかな。ロザリー様の手紙だと、これを持っていけって言ってたけど……」
封筒の中には、持ち歩けるタイプの香り袋が入っていた。私はそれを持って該当の場所に行ったのだ。
(これが目印になるのかなって思ってたけど、わざわざ香り付きのものにしたのは何でなんだろう。……ん?)
暗がりの中から焼きたてのパンのような色味の首輪をした中型犬が出てきて、私の香り袋をくんくんと嗅いだ。
そして、犬は私たちの周りをぐるぐると回った。
犬は一方向を頭で指しながら、何か言いたげに私たちを見ている。
「ついてこいって言ってるのかな?」
「ええ。行きましょう」
****
私たちが小麦色の犬についていくと、看板の無い倉庫のような場所についた。
端っこにある扉に犬が近付き、首輪に反応したのか扉が開いた。
「――いらっしゃい。その匂い袋を持っているということは……あんたたち、うちの取引先だな」
中にはソファやテーブルが置かれているこざっぱりとした部屋があり、街に歩いていたら一瞬で雑踏に溶け込んでしまいそうな見た目をした中年の男性がいた。
彼はマーシーと名乗った。
「設立者は別にいるんだが、主に客とやり取りをするのは俺ということになっていてね。こんなしょぼくれたオッサン相手で悪いが、いい取引を出来るように願ってるよ」
「よろしくお願いします。こちらこそ……と言いたいですが、私自身はこのような対面での取引は初めての素人なので、ご希望に添えないかもしれません。この建物についても、ラウル商会が貴重な品を扱っていると聞いたことはあるので、もっと沢山の人が守っている大きな場所を想像していました」
「ま、一般的な商会ならあんたの言う通りだな。街に建っている商会は新規の客も積極的に呼び込んでいかないといけないから、建物も綺麗に構える必要がある。ラウル商会は基本的に常連の紹介でのみ客との取引をしているから、建物自体はこんなんでも問題ない。だが商品の保管にはしっかり金を掛けるようにしているぜ。ネージュさん、あんたは何が欲しい?」
「ええ、そうですね……」
「あ、そうだ。貴族の家では色々あるんだろうが、ここでは砕けた喋り方をしてもらって構わないぜ」
「そうですか。――じゃあ、お言葉に甘えることにするわ」
私はそうやって口調を改めつつ、何が欲しいかを頭の中で整理した。




