5_ネージュのギフト
結論から言って、私の実験は成功だった。
ローズマリーは続けて七時間ほど眠った末に泣き声をあげた。
それを確認した上で、私は使用人・シエラを呼び出す。
「ネージュ様、おはようございます。あの、昨晩のことは……」
「シエラ、ローズマリー様はお腹がすいて泣いているみたい。彼女の食事の準備をしてあげて」
「……! では、ネージュ様のギフトは……!」
「ええ、赤ちゃん相手でもいい感じに効果があるみたい」
今まで眠りが浅くて夜間中も度々起きていたローズマリーだったが、私の睡眠ギフトによって深く眠れるようになったらしい。
その上で、生存に必要な時間になれば覚醒するようだ。
「これからは夜になったらローズマリー様に私のギフトを使うようにしましょう。そうすればみんな夜泣きで目覚めることは無くなるはずよ」
「……ネージュ様。ありがとうございます……! ローズマリー様の夜泣きには皆悩まされてきたのです。なんとお礼をしたらいいか……」
「あ、今は礼とかいいわ。それより寝たいわ。私はこれから寝るから、起こさないでね」
「は、はい! おやすみなさいませ」
私はふらふらと寝室に行き、ベッドに潜り込んだ。
「ふう……」
無理矢理徹夜していたせいで、身体には非常に疲れが溜まっている。
(本来、ギフトは一度発動すれば自動的に効力が一晩持続する。私のギフトで寝かせてもローズマリー様は体調不良にならないと確認出来たから、明日以降はつきっきりにならなくても大丈夫だわ。私が眠るタイミングでローズマリー様にギフトを使えばいい。
徹夜とか夜更かしとか、嫌いだし、出来ればもう二度とやりたくないけど……
こういう、眠気がたっぷりなときに入る寝床は、最高を超えて最高……ね…………)
柔らかいシーツと布団の感触を味わいながら、私は一瞬ですぅ……と眠りに落ちた。
****
それから数日経った。
私が夜の十時頃に自室で本を読んでいると、屋敷の裏口の方から音が聞こえる。
(……!)
部屋を出て音をした方に行くと、見知った顔がいた。
「ロザリー様。お帰りなさいませ」
「……ネージュ様。こちらにいらしたのですね」
ロザリーの捜索は未だに続いていて、今日も多くの使用人は外に出ている。だが、彼女は自主的に帰ってきたようだ。
久々に目にしたロザリーは、屋敷の中にいた頃よりも顔色が良くなっているように見える。
(だけど、彼女は今でもどこか元気が無いというか……きょろきょろして挙動不審なように見えるわ。まあ、あんなバタバタして家を出て行ったから仕方ないけど)
私が考え事をしていると、ロザリーはじっと私の方を見つめて、そして唇を震わした。
「ネージュ様、前に見たときと変わらず達者なようですね。あの子……ローズマリーは、使用人たちが見ているということなのかしら。それとも、もう……」
「ああ、そうだ。ロザリー様にそのことを伝えたかったのです。こちらへ来てください」
「……?」
****
私はロザリーを連れて、子供用ベッドがある部屋へと向かった。
今日のローズマリーを見る係はシエラだった。ベッドサイドのテーブルにいたシエラは、私たちを見て弾かれたように顔を上げる。
「……! ロザリー様、戻られたのですか! 今後はこの屋敷に滞在するのでしょうか。あと、ローズマリー様のことは……」
「シエラ。とりあえず今は今後のことは置いておいて、ローズマリー様の様子を見せてあげたいの。あと、今夜のロザリー様用の部屋を用意して欲しいから、今はシエラはそちらの作業をしてくれるかしら」
「――はっ。わかりました。ロザリー様、こちらです」
シエラは部屋を出る前に子供用ベッドの中を指し示した。
そこにはローズマリーがいて、ぬいぐるみを抱き締めながらすやすやと眠っている。
ロザリーはローズマリーの様子をじっと見ている。
私はそんなロザリーに話しかけた。
「ローズマリー様は眠った顔がとてもかわいらしくて、髪も艶々で美しいとよく使用人たちと話していましたの。これをロザリー様にお見せしたかったのですわ」
「ネージュ様。この子は……」
顔を上げたロザリーは、震えながらこちらを見つめてきた。
「この子は、本当にローズマリーなのですか? 信じられない。ローズマリーは、こんな風に話していたら、すぐ起きてしまう子だった……」
「間違いなくローズマリー様です。最初のうちは夜泣きすることが多かったですが、私のギフトで眠って貰うようにしたのです」
「ネージュ様のギフトで……?」
私は、睡眠ギフトについてロザリーに説明をした。
このギフトでローズマリーの中途覚醒を減らせるようになり、夜泣きが収まったこと。
ローズマリーの体調不良は特に無いこと。
「ロザリー様。恐らくあなたは、ローズマリー様の世話で睡眠不足に陥っていたのではないですか? それで追い詰められて、この屋敷に来てローズマリー様を置いていった」
「……!」
「ロザリー様の家で何らかの事情があってローズマリー様の世話を出来る人間がいないなら、ローハイム家のつてで使用人たちを派遣出来ないかと、そう話し合っていました。ですが、ロザリー様のお話も聞いてみないといけないと思ったので……。どうでしょうか、ロザリー様?」
ロザリーの家にはかつてローハイム家の人間が世話になったらしい。
アロイスの伝言は、「ロザリーへの対処はこの家の者として失礼の無い程度に」というものだった。
つまるところ、ロザリーに良くすることはアロイスの伝言に反することではないだろう。これくらいの援助なら問題ないと判断した。
ロザリーは私の言葉を聞いて、暫く呆然としたように瞬きをしていた。
そして、絞り出すように声を出す。
「あなたは……」
「はい」
「あなたは、私のことを助けようとしてくれるのですか。私は……ローズマリーの世話をあなたたちに押しつけて、逃げてしまったのに。ローズマリーも私も追い出されて断交されるのは免れないと思っていたのに」
ロザリーはぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。
(ま、最初はそうすることも検討したけどね。ローハイム家としては既にロザリーを屋敷に迎える形で援助していたんだし、こちらに大きな負担を強いてくる相手にいつまでも優しくする義理はない。けど……)
私は眠っているローズマリーをちらりと見つめて、ロザリーに言葉を続ける。
「ロザリー様。この国では睡眠というものはあまり重視されていないようですが、私にとっては違います。眠れずにいると余裕が無くなって、普段はやらないようなことをやってしまう……。過度な睡眠不足は病を患うのと同じことです。
私は幸い睡眠時間を取れる環境にありますが、だからこそ辛い立場にいる方は助けたいと思いました」
「……!」
「ロザリー様には、ゆっくり静養を取って欲しい。そう考えたため、差し出がましいようですがこの提案をさせて頂きました」
私はそう語った。
(私は睡眠不足の生活の辛さを知っている。自分だけぐっすり眠れたとしても、周りの人がボロボロの状態だと寝覚めが悪いもんね。私の健やかな睡眠生活のためにも、やれる範囲で助けていきたいわ。
ロザリー様の行動には問題があったけど、それはそれとして睡眠時間をきっちり取らせることはしたい。
その上でまだ問題の行動を起こすときは……また考えるようにするわ)
私が話し終わると、ロザリーは暫く無言で下を向いていた。
彼女は嗚咽を漏らしているようだった。
「……ネージュ様。これは出来ることなら、秘密にして欲しいことなのですが……」
「はい」
「私が嫁いだ家は、夫が仕事のことを優先する人間で。遠い地方で腰を据えて商談を進めるために、ほとんどの使用人を連れていってしまいました。赤ん坊の世話は母親……つまり私が専門的にやるべき、そうしないと子がうまく育たないと信じているので、使用人には赤ん坊の世話を禁じました」
「……そうですか。大変なご家庭なのですね」
「『ローハイム家に赤ん坊を連れて行けば発育にいい』などと使用人に言って、私はここに来ました。ローズマリーはとにかく寝ない子だけど、家が変われば何かが変わるかもと思った。でも、ここでも夜泣きが止まらなくて……。
私がこの子を置いて家を出たとき、この子が生きられなくなったとしても、もうどうなってもいいと思ってしまったのです……」
ロザリーは、そう言った後に眠るローズマリーの頬を指で触った。
「この子が生まれたとき、何を置いても守ると思ったのに、いつからか消えてしまえばいいと思うようになってしまった……。私は、本当にどうしようもない人間ね……」
「ロザリー様。先程も言いましたが、睡眠が足りていないと冷静な判断は出来なくなるものです。それは努力でどうにかなる問題ではありません。
それに……自分が悪い立場になると予想していた上で、あなたはここへ戻ってきた。恐らく、ローズマリー様が心配になって戻ってきたのですよね。ロザリー様は母親として深い愛情を持っていると思いますよ」
私の言葉に、ロザリーは涙を流し続けた。




