36_光目覚まし
マットレスやベッドパッドの開発と同じくして、私は別のグッズの開発に取り組んでいた。
ロフト部屋はいくつか課題がある。
そのうちの課題の一つが、「朝スッキリ起きづらい」ということだ。
寝室に行くためにハシゴを経由しないといけない部屋のつくりも、ベッドのマットレスが薄くて疲れが取れないものであることも関係しているだろう。
だが、もっと別の要因もあるのだ。
(あのロフト部屋の寝室、窓が無いから太陽の光が入ってこないのよね……)
人間が朝起きるのに大事なのは、太陽の光らしい。
朝の日光を浴びることで身体のスイッチが入り、体内時計がリセットされる。
それによって生活リズムが安定し、夜心地よく眠ることに繋がる。
そんな知識を何度か聞いたことがある。
ローハイム家は窓が大きく、朝になったら自然と太陽光が私の寝室に入ってくる。
だから、朝起きづらいという問題に悩まされることはなかった。
でも、ロフト部屋で寝起きして思った。
――日光が入ってこないというのは、死活問題である。特に冬は。
(冬は日照時間が減ることもあって、朝八時くらいになってもまだ薄暗かったりする。でも、大抵の人はもっと早い時間に起きる必要がある。だから暗い部屋で起きないといけないんだけど……暗い部屋だと、予想以上に起きるのがきついわ)
夏のときは、あまり寝起きが辛いと思うことは無かった。でも、冬の季節は夏の数倍起きるのが辛くなる気がする。
その要因も相まって、ロフト部屋で起きるのは辛いものがある。
――という訳で、私は目覚ましを作ることにした。
この世界にも目覚まし時計はある。
ローハイム家では各々の部屋に時計があったし、寝室には特定の時間に音を鳴らす仕掛けの時計が設置されていた。
それに加えて、毎朝教会が鐘の音を慣らしている。それがアラーム代わりになっていた。
修道院に仕える者など、熱心な信徒はあの鐘の音を合図にして教会に向かうらしい。
この世界は、朝起きるための目覚ましには事欠かない。
が、だからといって朝心地よく起きられるかというと、そんなことはない。
私は目覚まし時計が嫌いだ。
私にとって必要な道具であることはわかっている。
いつも世話になっている。
だが、嫌いだ。
まだ寝ていたいのに目覚ましの音が鳴るとき、私はいつも世界を呪っている。
『人間にとって必要な道具なのに、人間に憎まれている道具』というお題でランキングを作れば、目覚まし時計は相当上位に入ることだろう。
(眠っている人間の目を覚ますにはアラームが一番だけど、折角なら起きた後快適に過ごせるようになりたい。スッキリと起きて、元気よく活動出来る……そんな目覚ましがあればいいよね)
ということで、光目覚まし時計を作ることにした。
光目覚まし時計というのは、目覚まし時計に光る機能がついたものである。
枕元に光目覚ましを置いておくと、起きる時間になったら時計のライトが光る。部屋が暗くても朝日を浴びるのと同じ効果を得られるという訳だ。
この世界の目覚まし時計は、機械仕掛けの動力で動いているものが多いが、タイマー機能のある魔石を組み込んだ魔道具のものもある。後者の方が高価にはなるが、特定の時間になると映像を映し出したり、音楽を流したりと、機械の時計よりも豊富な動作を起こすことが可能になるのだ。
貴族が家族に買い与えることを想定されているのか、「声を吹き込んであなただけの目覚ましを作りましょう」と謳われた商品が魔道具屋に売られているのを見たことがある。
私はそれを購入し、改造することにした。
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ローハイム家の寝室で、私は魔道具の時計を机の上に置いて考える。
(この魔道具は、タイマー機能の魔石と、短時間の録音機能のついた魔石で構成されてる。録音機能の方を引っこ抜いて、熱と光を発する魔法を記録させた魔石をはめ込めばいいはず。サンプルの光目覚ましが出来上がったら、ラウル商会に見せて商品化出来るか提案してみよう)
睡眠グッズを開発することになってから、私はコツコツと魔法の勉強を続けていた。
何体もの魔物を倒すことも出来る冒険者や、本職の魔術師には遠く及ばないだろうが、シンプルな魔法なら反復練習でものにすることが出来た。
ラウル商会のツテを頼れば魔術師に力を借りることが出来るが、自分でも魔法が使える方が好きな商品の開発をしやすくなる。勉強しておいて良かったと思った。
だが、今回は魔法をひとつだけ使う訳ではない。
複数の魔法を組み合わせないといけないのだ。
光を発しつつ、その熱量は通常の光が持つもの以上にして……太陽が照っているときと同じくらいに暖かくさせる。
(……昔から魔法に馴染んでいる人ならなんてこと無く出来るんだろうけど、私にとってはちょっと難しいかも)
魔石に何回か私の魔法を記憶させてみたけど、光の加減がいまいちだったり、暖かさが物足りなかったりして、中々思うような結果が得られない。
気合いを入れて魔力を注ぎ込むと、逆に時計の発する光の熱が強すぎるものになって、失敗する。
(私が出力している魔法は、冬の太陽か夏の太陽という感じね。でも、それだと目的は達せないわ。いい感じに目覚めるのが第一の目標なんだから……私は春の太陽を再現したい)
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何度か失敗を繰り返した後のある日、私は気分転換に中庭に出ることにした。
今は午後の二時半で、太陽が庭を照らしている。
照らしている……といっても、今は冬本番の時期だ。太陽の光は暖かい季節と比べると弱い。
(私が作っている光目覚まし……眩しさは再現出来たと思う。でも太陽の暖かさを再現するのがどうもうまくいかない。ずっと寒い季節が続いているから、春の太陽の暖かさがうまく再現できないな……)
最初から再現出来なくても、温度を機械的に上げて調整すればいいと思ったけど、中々思うようにいかなかった。
恐らく、魔法を複数組み合わせているせいで、微調整がうまくいっていないのだ。
(一般的に貴族は多くの魔力量を持って生まれてくる。だから魔術師には貴族出身が多い。一応貴族出身とはいえ、私も私の家族もみんな魔力量は低かったから……私が魔法で苦労するのも無理はないわね。まあ、実家で沢山寝るのを許してくれただけで、私にとってはこれ以上なくありがたい家だったけど)
陽の光を見つめながら中庭のデッキチェアで物思いに耽っていると、ニャーという鳴き声が聞こえた。
「あ、ピロ。庭を回ってたのね」
「んにゃう」
私に軽く返事をすると、ピロは中庭に敷いてある清掃用のブランケットに身体を擦り付けた後、デッキチェアに横たわっている私の上にぴょんと飛び乗ってきた。
私の腕にピロの体重がずっしりと乗ってくる。
ピロはいつも中庭で運動しているから太ってはいないが、それでも身体相応の重みはある。出会った頃はまだ小さい子猫だったが、季節が変わるにつれて成長したのだ。
(毛布なんかと同じで、重みがある方が熱を感じやすい気がする。ピロを抱き締めていると暖かいわ)
ピロをぎゅっとしながら、中庭に入る陽の光を浴びる。
暖かいな……。
…………。
「……これだ!」
「みー?」
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「出来た……」
ローハイム家の寝室のカーテンを閉め、朝になっても太陽光が入ってこない状態にした上で、光目覚ましをセットしてみた。
闇の中で眠っている私のもとに、太陽の熱が届いた。
すっと目を開けて、身体を起こして、時刻を確認する。
今は朝だ。
「アラームの音を聞かなくても起きられたわ……」
私はその事実に少しばかり涙ぐんだ。
魔法というものはイメージが大事らしい。中庭でピロの熱を感じながら太陽を浴びた結果、作り上げたい光目覚ましの姿が頭の中に明確に浮かんだのだ。
通常の冬の太陽よりも暖かい状況にいたのが功を奏したらしい。
ロフト部屋で寝泊まりしているとき、目覚ましがないと起きられなかった。加えて、目覚ましがあっても起きるのは苦痛なものだった。
でも、この光目覚ましがあれば朝は苦痛なものではなくなるだろう。
(マーシーに連絡して、この試作品をもとに商品化出来るか掛け合ってみよう。あと、私のロフト部屋に置くのとは別に、もう少し試作品を作ろうかな。使用人の部屋の中には私の寝室よりも薄暗い部屋があるから、起きるのに苦労しそうだし……)
私がこれからのことを考えていると、不意に音が寝室の中に鳴り響く。
設定していた時間にアラームが鳴ったのだ。
(寝ている最中にアラームが鳴るとあんなに煩わしいのに、覚醒している状態で鳴ると……なんてことはないわね)
そんなことを考えながら、私は目覚ましを止めた。




