33_ロフトには致命的な弱点がある
寝具店の様子を見に行ったり、開設予定の二号店の土地を見に行くに当たって、最近の私は王都に行く機会が増えていた。
その結果、あることを考えるようになった。
(家と王都を往復するの、骨が折れるんですけど)
私が普段の住処にしているローハイム家と王都は近い距離にある。宿を取らずとも移動手段を選べばその日以内に行くことは出来るのだ。
しかし、一日や二日ならいいとして、何度も行くとなるとそれなりの負担になった。
(使用人たちは、私が望む活動なら何でもして欲しいって言ってくれてる。でも、いちいち馬車の手配をさせるのも申し訳ないし、私だけ行くにしてもシンプルに長時間移動は大変だし……。王都には宿もあるけど、宿もそれなりに埋まってるのよね……)
諸々考えた結果、私はマーシーに「王都に空いている部屋が無いか」と質問した。
王都は住民が多い。故に、土地や住宅も埋まっているものが殆どであるように見える。
それでも、色々な業界に詳しそうなマーシーなら物件を知っているのではないかと考えたのだ。
私は豪奢な家は望んでいない、ただ泊まれるような部屋があればいい――。
そんな風にリクエストした。
その結果、マーシーはあるアパルトマンを紹介してきた。
王都のめぼしい物件は土地が高価故に賃料も高く中々手を出せないが、主に若者が下宿に使う集合住宅があるのだという。そのうちのひとつの部屋を王都で商売するとき用にラウル商会が押さえていた。
今は利用者がおらず、部屋が空いているらしい。
ということで私はそこの部屋を使わせてもらうことにした。
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四階建てのアパルトマンの三階の部屋、三○四号室。それが私が臨時で使う部屋だ。
私は鍵をドアノブに挿して回し、扉を開けた。
「わあ……」
その中には、モデルルームのように片付けられた部屋が広がっていた。
キッチンや簡素な風呂が入り口近くにあり、その先にはリビングがある。
リビングに置かれているのはソファに本棚、そして小さなテーブルだ。
ただし本棚には何も本が入っていないし、ソファの周りにクッションやぬいぐるみといったものは置かれていない。
生活用品といったものは何も無かった。この部屋を以前に使っていた人は、日用品類を全て撤収して去って行ったのだろう。
このアパルトマンは限られた土地に沢山の部屋を作っている。故に、ひとつひとつの部屋の面積は狭い。
一人……ぎりぎり二人なら一緒に住むことは出来るだろうか。
それ以上の人数となると、お泊まり会をするぐらいのことは出来ても、生活を共にするのは厳しそうだった。
だが、この部屋は私が今まで使ってきた住宅にはない特徴があった。
部屋の隅から上に向かって伸びるハシゴだ。
そう、私が紹介して貰ったアパルトマンはロフト部屋で構成された建物だったのだ。狭い敷地で少しでも部屋を広くしようとした結果、この構造になったのだろう。
ロフトの二階は物置や書斎など様々な目的で使われるようだが、この部屋では寝室として使われることが想定されているようだ。
ハシゴの先のロフト階にはベッドが置いてある。寝る時間にはハシゴを登って寝に行くようだ。
今はまだ昼間の時間だが、試しに寝室に行ってみることにした。
ハシゴを登ってベッドに辿り着く。
ロフト階は天井に近く、光が入る窓も無いからか、寝室は昼間であっても暗い。その中にうっそりとベッドが佇んでいる。
(……こういう部屋、秘密基地みたいでちょっとわくわくするよね)
私は笑みを浮かべてベッドに身体を横たえてみる。
難点を言うなら、ローハイム家のベッドよりもベッドの質が低いところか。ここは若者向けの物件であることもあって、ベッドのマットレスの厚みが物足りなかった。
(私がこの物件をいつまで使うかわからない。だから物を持ち込み過ぎるのも気が引けるけど……マットレスを持ち込むならいいよね)
今回のことに限らず、身体の自重を全て受け止めてくれて、かつへたらないようなマットレスが欲しいと前々から思っていた。
マーシーに相談して、マットレスの開発を進めよう……。そう改めて決意した。
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(ロフトには致命的な弱点があるわ)
この部屋で何度か寝泊まりした朝、私はそう確信した。
起きたばかりの朝は頭に血が回らず、ぼうっとしている。
寝床から起きて、顔を洗って温かい飲み物を飲んで、と諸々行動していくうちに段々と覚醒していく。
最初からずっと元気でいられる人もいるだろうが、私のいつもの朝はそういうものだった。
ローハイム家で起きるときはそれでよかった。
が、このロフトつきの部屋に寝泊まりするとき、私はロフト階のベッドで目覚める。
そして洗面所に行くためにはハシゴを降りないといけない。
私は、寝起きの頭が働いていない状態でハシゴを降りるという動作をしなければいけなくなる――。
これが怖いのだ。
(こんな生活をずっと続けていたら、いつか転倒して落ちるわ)
私はそう思った。
今のところそういったことは起きていないが、それでもハシゴの昇降をするとき、身体に緊張感が走る。
朝から緊張するのは絶対に良くない。朝はゆっくりと目覚めていきたいものだ。
それに、朝だけでなく夜もハシゴを移動しなければいけない。
眠気が身体を覆ってきた中で気を遣うアクションをしなければならない。
寝床に辿り着く頃には微妙に身体が覚醒していて、入眠するのに時間がかかったりする。
これが、なんともいえず怠いのだ。
ロフトは、睡眠に向いていない――。
私にとっては致命的過ぎる弱点だった。
(基本的に、睡眠は毎日やること。その前後でアクションが増えるとこんなにも辛いのね……。最初ロフトの部屋に来たとき、秘密基地みたいだってワクワクしたけど、考えてみたら秘密基地で毎日寝るとかないもんね。あれはゲリラで使うためだし、ロフトも普段遣いには向いていないわ)
向いていない、といえど、今後も私は度々この部屋を使うことになるだろう。
王都に二号店を出す計画は着々と進んでいるのだから。
ロフトを寝やすくするにはどうしたらいいんだろう。
部屋の下の階のソファでベッドのように眠ることは出来ないか。
あるいはソファの隣にマットレスを敷いて布団のようにして眠れないか……。
一番いいのは、ベッドのある場所まで瞬間移動することだ。ハシゴの昇降をカット出来れば私の悩みは大体解決する。
まあ、瞬間移動魔法のやり方はまだ確立されていないから、今の段階でそれを叶えるのは難しいだろうけど。
(でも、ある意味でこの部屋を借りられて良かった。色んな睡眠の課題があるって知れたもんね。……この世界でみんなに寝るのを大事にしてもらうためには、なるべく沢山の課題を解決していった方がいいんだろうな)
私は、やろうと思えばこのロフトでも快適に眠れる。睡眠ギフトがあるからだ。
でも、折角だから他の人と同じ条件である程度住んでみたい。その方が今後の商品開発に役立つかもしれないから。
私は朝食を準備しながら、頭の中でつらつらと思った。




