30_いつか作りたいわ、ホテル
ギルベルトからシーツ掛けの魔道具の技術を譲ってもらった。
権利料は取らないとのことなので、格安で魔道具を作ることが出来るらしい。マーシーがほくほく顔で話していた。
日々のベッドメイキングの時短になるので、店に出したところ人気が出ているらしい。お忍びで買いにくる使用人もいるそうだ。手先が不器用な人間にとっては需要があるのだろう。
私の寝室でも使ってみたところ、確かに寝心地の良いベッドがごく短時間で準備出来た。
シーツを綺麗にマットレスに掛けるのは意外と神経を使うものだし、しかもベッドメイキングは一年で毎日やらないといけないことだ。魔道具でその手間を省けるのなら商品の人気が出るのも頷ける。
しかもこの手袋、マットレスのシーツだけじゃなくて寝具全般に使える。当初の想像よりも便利なものだった。
枕カバーも、キルト――掛け布団のカバーも、この魔道具があれば一瞬で寝具に綺麗につけることが出来る。
(こういうのって洗濯した後だとカバー内の寝具の綿が偏ることも多くて、それがストレスだったのに。数秒で終わるのは便利だわ……)
そんな便利なギルベルトの魔道具だが、うちでは毎日使っている訳ではない。
ギルベルトの魔道具についてシエラに話したところ、「確かにこれはすごい品ですが、でも私どものベッドメイキングの腕もこれに負けないくらいに磨きたいと思っており……」などと言われた。
うちの使用人たちは私の快適な睡眠のために頑張りたいと思っているらしく、そこを魔道具でスキップされてしまうことには複雑な思いがあるらしい。
私としても、今までのシエラや使用人たちのベッドメイキングに不満がある訳ではない。だからギルベルトの魔道具はプライベートではそんなに使わないようにしている。
(それはそれとして、せっかく貰った技術なんだから、何かに利用出来ないかなとは思ってるけど)
夜にベッドに寝そべって天井を見つめつつ、私はそう考える。
ベッドメイキング魔道具は寝具店で売れているらしい。それはいいことだ。
でも、もっと使い道があるような気がするんだけど――。
――。
****
あることを思いついた私は、寝具店に行くことにした。
閉店後のバックヤードで、私はマーシーに提案する。
「マーシー。ホテルを作るのはどうかしら」
「ホテル……?」
怪訝な顔をするマーシーに、私は頷く。
私はホテルが好きだ。
この気持ちは前世の経験からくるものである。
旅行の魅力は色々あるものだが、私が一番好きなのは、外出に疲れて帰ってきた後に綺麗なホテルで眠りにつけることだ。
前世では若くして亡くなったこともあって、星が何個もついているようなグランドなホテルには泊まったことがない。
――それでも、ホテルの寝床はクオリティが総じて高かった。
(ビジネスホテルでも、旅館でも、旅先の宿って普段よりもよく眠れるのよね。日中に活動してるからいい感じに疲れが溜まっているとか、宿が綺麗に整頓されているとか、色んな要因があるんだろうけど)
前世の私は、睡眠を軽視していた時期も長かった。
けど、そんな中でもホテルに泊まったときは寝ることに集中したものだ。
――そんな経験から、睡眠ギルドの商売に役立てられることを思いついた。
「ホテルの部屋の寝具をうちのギルドの商品で統一するのよ。服が自分に合うかどうか調べるには、試着するのが一番でしょ? 同じように、寝具も実際に寝てみるのが一番だと思ってるの。睡眠グッズに抵抗がある人でも、宿で寝てみたら『悪くない』って思ってくれる可能性だってあるし。どうかしら」
私はそうマーシーに提案した。
寝具店で寝そべって寝具を試して貰うのは難しい、貴族は体面を重んじるから――。
マーシーにそう聞いたとき、どうすれば試して貰えるようになるか考えた。
宿の部屋に寝具を置くようにすれば、その懸念は解決するだろう。
そう思ったのだが、マーシーのリアクションは思ったよりも渋かった。
「ホテル……ホテルねえ。ちょっと難しいかもな」
「そうなの? でも、宿屋ならそこそこ沢山あるように見えるんだけど」
「そうだな。だが小さな宿屋ならともかく、大きいホテルは貴族が利権を握っている。うちのホテルに泊まったなら友好関係ですよね――みたいなポーズを取ることが出来るからな」
「そうなんだ。新しくホテルを開く場合でもそうなの……?」
「ああ。ホテルを開くには認証がいるんだが、そのギルドの権利を貴族が握っているんだ。建物を建てるだけでなく、そこのホテルで備品を使って貰う場合も貴族たちにお伺いをたてないといけない」
マーシーの説明を聞いて、この世界のホテル業界の仕組みを知る。
……私の想像よりも大変そうだ。
「ホテルで商売したいなら、その権利関係をクリアしないとダメってことなのね。……個人的には別に大きいホテルじゃなくてもいいんだけどな」
「だが、小さい宿屋なら採算が取れるかというと、そう単純な話じゃないぞ。俺たちの目指すところは寝具の需要を増やすこと。そのために宿で商品を使ってもらって、良さを実感してもらうことだろう?」
「そうそう。それに追加で、寝具の評判を広めてもらったらもっといいなって」
「それなら大きい建物で宿をやった方がいい。宿泊出来る人数が増えるからな。だが、大きなホテルで商売したいなら、さっき言った問題が出てくるぞ」
「うーん」
考えれば考えるほど難しそうだ。
私は肩を落として呟く。
「マーシー。この間ギルベルトに貰ったベッドメイキングの魔道具があるじゃない」
「ああ、そうだな」
「普通の商品として売るのもいいけど、あれをホテルに使えないかなって思ったの。作業の手間が省けて、人件費もある程度節約出来るじゃない」
「……なるほど。言われてみればそうだな」
「あと……そうね。私は単純に、ホテルが好きだからこんな提案をしたんでしょうね」
私はそう呟き、自嘲の笑いを浮かべた。
「出先で宿を取ったとき、ハイクオリティな寝具が待ってたらどんなに嬉しいかって想像しちゃったの。だからやってみたいなって思ったの。子供の夢と同じね」
「…………」
「ごめんなさい。難しいなら、この話は忘れてくれていいわ」
「……ネージュ。俺は別に、ホテルを諦めろと言った訳じゃないぞ?」
「えっ?」
マーシーの方を見つめると、彼はメモ帳にペンでカリカリと何か書いている。
そして、私の方へとよこしてきた。
白いメモ用紙の下の方に、【新商品】【人員の追加】【新店舗】などと書いてあり、それらから上に矢印が伸びて、【金】【実績】【権利】と繋がっている。
「なんなの、この俗っぽいメモは……」
「あんたがやりたいことのためには何が必要なのかざっくり考えてみたんだ」
「えっ?」
「今のままでも儲けは好調だが、ホテルを開きたいならまだまだ色んなモノが必要になる。店が賑わっているうちに新たな商品を出して更に客の心を掴んでいきたいし、王都はずれのここじゃなくてもっといい場所に店を開くのもいいだろう。充分な金に、権力者からの後ろ盾が出来れば……ホテルの権利を得るのも夢じゃないかもな」
滔々と語るマーシーを前に、私は少し怖じ気づく。
「……本当にホテルを開くなら、そういうことも必要なんだろうけど。やっぱり、色々と大変よね。そこまでするのは……」
「大変だろうが、俺は無理とは思わん。ネージュに頑張って貰う必要はあるだろうが、あんたがやりたいことなら俺も協力したい。やるとするなら、既にあるホテルに寝具を売り込むだけじゃなくて、一から建てていきたいな。その方が融通がきくからな」
「……そこまで出来るかな。ホテルはちょっとした思いつきよ。私の昔からの念願とかじゃないのよ?」
「うちの寝具を用意した宿で寝てみたいって言ってただろう? それを聞いて、俺もいいなと思ったんだ。お高く止まっている貴族さまが気持ちよく寝る部屋を用意する……それが出来たら、数々の権力者を支配したも同然じゃないか? 中々楽しそうだ」
「マーシーは、自分も寝てみたいとかは思わないのね……」
「俺とて寝るのは好きさ。だが、自分が寝るよりも人を寝かしつける方法を考える方が好きだってだけだ。催眠術は掛けられるよりも掛ける方にいたい派なんだな」
――まあ、それはちょっとわかる。
私も寝ることは好きだけど、他の人がいるところで寝たいかというとそうではない。
なんなら、使用人たちに寝顔を見られるのもそこまで好きではない。
寝ることが大好きだからこそ、一人で静かに堪能したいというか……。
(一緒に寝ても何も抵抗がないのは、ピロくらいね)
前世は庶民で今世でも元貧乏貴族だった私ですらこうなんだから、体面を気にする貴族ならますます人前で寝れないだろうな――と思う。
(マーシーもこう言ってくれることだし、やっぱり開きたいな、ホテル。いつになるかはわからないけど)




