29_ギルベルトの贈り物
私はギルベルトに向かって、そっと話を切り出す。
「アーネンフェルト様。私は、あなたとは認識が違います」
「……? そんなこと、今さら言われるまでもない。お前は俺と違って、眠るのを好むのだろうから……」
「そういうことではありません。アーネンフェルト様がそこまで卑下することは無いと言いたいのです。だって――考えてもみて下さい。私が今、突然他国の兵士に襲われたら、すぐに捕まって殺されてしまいますわ」
「はあ……?」
ギルベルトは、何の話だ、という目線を向けてくる。
私は構わずに話を続けた。
「私は毎日七時間は睡眠を取るようにしています。おかげで、健やかに生きられていると自負しています。でも、どんなに睡眠を取っていても対処できないことは沢山あります。ですが、ギルベルト様が同じ目に遭ったら、恐らく問題解決出来ますよね」
「は、当たり前だ。俺を誰だと思っている!」
「それに、仮に街の人間みんなにいい寝具を配布したとしても、家の中に強盗が入り込んでくるような治安だったら眠るどころではないはず。ですが、寝具を買う人々は、今宵の夜の睡眠を楽しみにしているようでした。これは何故かというと――アーネンフェルト様をはじめとした軍の方々が街を守っているお陰です!」
「!!」
私がそう締めると、ギルベルトは驚きの顔を見せた。
そして、「そうか……そうなのか? そう言われたらそうな気もしてくる……」とぶつぶつと独り言を言っている。
あと一押し――。
「アーネンフェルト様。寝具を開発するように主に提案したのは私ですが、決して私ひとりでは成し遂げられなかったのです。寝具を作るための材料はギルドのメンバーに集めて貰わなければどうにもならなかった。そして、安定した商品の流通が行われているのは、今現在この国が平和であるが故です。つまり……私どもが寝具を作れたのは、軍人の皆様方、そしてアーネンフェルト様のお力でもあるのです!」
「お、俺も? そ、そうだったのか……!?」
「――そうです。なので、そこまで卑下されると私は悲しくなってしまいます。願わくば、あなたには壮健に生きていただきたいです……!」
私はそう言い、目を伏せた。
「……わかった! そこまで言われたら、俺も落ち込んではいられんな……!」
そう言って、ギルベルトはガバッと顔をあげる。
……ギルベルトの目に光が戻った。
そして、ガシッと私の手を握る。
「俺は少々自分のことを見失っていたかもしれん。……思えば、剣術や戦術も、太古の昔から少しずつ改良されてきた。睡眠に関する接し方が変わったとして、それで俺や俺の家が無価値になる訳ではない。むしろ、俺がより強くなるために役立てればいいのだ。……ありがとう、ネージュ。俺は大切なことを気付かせてもらったようだ!」
「いえいえ。お元気になられたのなら何よりです」
「……いや。まだ本調子ではないのは確かだ。だが、ずっと胸にあったわだかまりが取れたような心地がする。だから……」
「……?」
ギルベルトがこちらをじっと見つめて、無言になる。
私が不思議そうに彼を見ると、「すまない。準備しないといけないことがある」と言い置いて、バックヤードを出て行ってしまった。
****
日を改めて、ギルベルトは寝具店を訪れた。
店を閉めてから三十分程経って、バックヤードでマーシーと話していると、ギルベルトが訪問してきた。
「これはこれはアーネンフェルト様! 何か私どもの寝具店にご用でしょうか!?」
マーシーはさっと笑顔をつくってギルベルトの前につく。
(マーシーは高位貴族の客が来ると俊敏に動くわよね。まあ、店の売り上げのことを考えるとそうした方がいいのはわかるけど)
ギルベルトはマーシーの挨拶もほどほどに、私の方へと歩いてくる。
そして、深く礼をして言った。
「……ネージュ。諸々のことがあったが……今は、貴公に感謝している」
(何かしら。貴公って……)
ギルベルトの言葉遣いが変化している。ギルベルトに寝具を認めて欲しいとか、うちの寝具を使った以上は元気になって欲しいという気持ちはあったけど、ここまで変わるのは予想していなかった。
まあ、こちらに好意的になっている分には別にいいか――と捉え、こちらこそありがとうございます、と流しておく。
「最初にこの店に乗り込んだとき、とても無礼なことをした……。店の再開の署名はしたが、それだけでは許されないことだ。今までの非礼を詫びると共に、これからは睡眠ギルドに協力すると誓おう」
「そうですか。お力添えを頂けるならば何よりです」
「強い者が弱き者を助けるのは当然のことだ。貴公は力が無い状態から新たな事業を立ち上げ、我が軍の助けになるまで至った……そのこと、誇っていいぞ!」
私が正体を明かしていないこともあって、ギルベルトは私のことを経済的に困窮している人間だと見做している。その上で私のことを評価してくれているようだ。
――それは誤解なのだけれど、私は黙っておくことにした。
この世界には睡眠グッズに反対する人間がまだまだ沢山いるだろう。それに対抗する為には、貴族の助けはいくらあっても困らないから。
私の素性を知っているマーシーも、「ありがたき幸せ」などと言ってニコニコしている。貰えるものは貰っておこうというモードになったようだ。ビジネスパートナーとこういうところで気が合うのはやりやすくて良いと思った。
「慈悲深きアーネンフェルト様、例えばどのようなことをして下さるんですか?」
「我がアーネンフェルト家は経済的な支援を行うと約束する。それに加えて、秘伝の技術も贈ろう」
「秘伝の……技術?」
私たちが首を傾げていると、ギルベルトは彼の大きな荷物からあるものを取り出し、バックヤードの床の上に組み立てた。
――ベッドだ。
(軍では移動先で睡眠を取るために寝袋とか折りたたみのベッドを使うって聞いたことはあるけど、実際に折りたたみベッドが組み立てられるところは初めて見た。耐久性に難があるんじゃと思ってたけど……意外と丈夫そうね。身体を鍛えている人間が使うものだから、そこはちゃんと作ってあるのね)
そして、ギルベルトは鞄から布を取り出した。
――シーツだ。
ギルベルトは腕を伸ばして布の皺を広げ、そして折りたたみベッドに一気にシーツをかけた。
――寝心地の良さそうなベッドが完成した。
私はその様子を見て瞠目する。
(は、速い……! 私もベッドメイキングにはこだわりを持っていたつもりだったけど、完敗だわ。それどころかうちのシエラや他の使用人より、ずっと速いわ。手品を見ているようだった……)
マーシーの方をちらりと見ると、彼も驚きに目を見張っているようだった。
少し遅れて、賞賛の言葉を口にする。
「なんたる早業。これは魔法でしょうか?」
「違う。軍に入った者はまず自分自身の身支度を徹底するように仕込まれる。ベッドメイキングもその一端だ。家には使用人がいても、軍属の者はみんな自分でこの作業を行えるように訓練する。中でも俺は名門アーネンフェルト家の出だ。家にいる頃から訓練を受け、軍の中でもトップの腕前だと賞賛されてきた」
「流石ですわ、アーネンフェルト様……!」
私はそう発言し、きらきらした目でギルベルトを見つめた。
今までギルベルトをヨイショするとき建前が入っていることも多々あったが、今回のこれは本心である。
私が実家にいるとき、寝る前にベッドを整える度に、もっとササッと出来たらなあと思っていた。この素早さで出来るなら、ギルベルトは手先が器用なのだろう。
私の褒め言葉ににやけていたギルベルトは、ふっと真面目な顔になって私に目を合わせる。
「これは魔法ではないが……だが、魔法として技術を使うことを許可しよう」
「……それは?」
私が聞き返すと、ギルベルトが手に何かを持って私に見せてきた。
家で作業をするときによく使う、手袋だ。
そして、その手袋はきらきらとした輝きを放っている。ふつうの手袋には見えない。
(このきらめきに似たものを見たことがある気がする。これは……魔道具?)
「俺はこの手袋にベッドメイキングの技術を読み込ませた。この技術は長いこと門外不出だったが、今回は貴公らに迷惑をかけた詫びだ。この技術を無償で商売に使っていいと約束しよう」
****
ギルベルトからの贈り物に、マーシーは大層感激していた。
魔道具の需要は高いが、大抵の場合、魔法を道具に吹き込んだ人間の権利料を要求される。ギルドが流通させた魔道具の商品が売れてもその利益は魔道具の開発元の人間に流れていくから、中々思ったように儲けを出せないことも多いらしい。
今回、ギルベルトは権利料を取らないと言った。これはギルドからするとかなり嬉しい宣言なのだという。
(色々あったけど、最終的にギルドの利益に繋がりそうなら良かったわ)
ローハイム家に戻った私は、ギルベルトから貰った手袋を嵌める。
魔道具の技術自体はマーシーがコピーしてギルドで量産出来るように取り計らっている。私はサンプルの手袋を貰ったのだ。
シーツを持った私は家の中庭に出た。
中庭にはピロ――うちで飼っている猫がいる。
綿花づくりのときにピロにパトロールさせて以来、この場所はピロの遊び場、兼寝床になっている。ピロは魔力を持っている猫なので、時々は狩りをさせることでいいエネルギー発散になるのだ。
私が入ってきたことを認めたピロは、鳴きながら近付いてきた。
中庭にはデッキチェアを置いてある。ピロも人間も寝そべって日向ぼっこすることが出来る優れものだ。
私はデッキチェアのそばに寄り、手袋の魔道具を発動させる。
折り畳まれたシーツは、ファサリとデッキチェアに乗った。
自然な風で乗った場合は、シーツがデッキチェアからはみ出たり、一部に皺が寄ったりして、綺麗な状態にはならないだろう。
今のデッキチェアは、ギフト用の包装がなされた商品のようにピシリとシーツが敷かれている。
しかも、風が吹いても飛んでいかないのだ。「外でベッドメイキングをするときも美しくシーツをセットするように訓練されている」とギルベルトは言っていたけど、まさに魔法のようだ。
「ピロ、これが今回の戦利品だよ」
「んなー?」
「せっかくだから試してみて。寝具店が人気になったのは、ピロの協力のおかげなんだからね」
「にゃっ」
私の話を聞いたピロはひょこりとデッキチェアの上に乗っかった。そしてシーツの上でぐぐぐぐっと伸びをする。
ピロの目はじわりと閉ざされて、動きが止まった。
よくよく見ると呼吸で身体が薄く上下しているが、恐らく無意識下での動きだ。ピロは眠りについたのだろう。
午後の太陽の日射しのもとで、シーツの上でピロが伸びて眠っている。
「気持ちよさそうね……」
ピロをじっと見つめていると、私も眠くなってくる。
少しだけお昼寝をするついでに、私も試してみよう――と、二つ目のデッキチェアにシーツをかける準備をした。




