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26_約束の日(ギルベルト視点)

 王都はずれに現われた怪しい店――寝具店。

 そして、店のオープンに先行して寝具店から軍に渡された数々の寝具。



 軍の兵士の中にはそれらの寝具をありがたがった者もいた。

 店が開いたら我先にと寝具を買いに行く者もいた。



(実に堕落しているな)



 そう考えた俺は、寝具店を買いに行った兵士たちをマークした。

 その上で、寝具店の営業を禁止した。

 軍を堕落させる存在は放置してはおけない。兵士たちの練度が下がった上で何かが起きたら遅いのである。




 そう告げると、寝具店の人間たちは抵抗してきた。

 擦れた雰囲気の男のマーシーと、ふわふわした髪の毛と同様にどこか掴み所のない雰囲気を持つ、若い女のネージュ。

 この二人が睡眠グッズの開発に携わり、寝具店を主導で経営しているらしい。



 かの者たちは、「鍛錬に役立つ寝具を作れたら認めて欲しい」などと言ってくる。

 俺は、その言葉を了承することにした。

 誇り高きアーネンフェルト家の人間は、弱きを守る者でなければならない――。

 そう言い聞かされてきたからだ。



 人間にとって勤勉こと善、怠惰は悪と言われている中で、倫理に反する道具を開発する者たちはどう考えてもまともではない。悪徳商法をやるにしてもまともな者ならもう少しやり方を考えることだろう。

 だが、そのような弱者に対しても一度は手を差し伸べるのがうちの家の流儀だ。



 無論、悪い商売をしている者をずっと保護し続ける道理はない。

 俺が決めた期限までに成果を出せないのなら、その際は潔く商売を辞めてもらうことにする。

 それでも抵抗するようなら、権力を使って捕まえてもいいだろう。

 我がアーネンフェルト家の面目躍如だ。




 ****


 期限当日になって、我が隊に荷物が届いた。

 送り元は例の寝具店だ。



 俺は隊の雑用係に質問をする。



「これはなんだ?」

「は。手紙が添付されていましたが……リカバリーウェア、だそうです」

「リカバリー……? ウェア? 回復する衣服ということか?」

「はい。ゆくゆくは寝具店で新商品として売り出す予定のようですね。ここに広告が載っています」



 どうやら例の寝具店の面々は、再び我が隊に先行で商品を使って欲しいらしい。手紙にはそう書いてあった。

 まだまだ生産が追いついていないが、いずれはアーネンフェルト様以外の隊の方々にも楽しんで欲しい――そんな風に書いてあった。




 その手紙を見て、俺の手は怒りに震える。




「黒い商品を軍に広めようというのか……! これは挑発行為だ!」

「ギルベルト様。これは怪しい商品なのですか?」

「これは回復用のウェアだと書いてある。だが、回復魔道具にある筈の認定章が無い。無知な人間ならば騙されたかもしれないが、俺にはわかる。これはモグリの商品だ!」

「本当ですね。つまり、我々はインチキを掴まされたという訳ですか。このまま送り返しますか?」



 そう聞いてくる雑用係に、俺は首を振る。



「これは明確な悪事の証拠品だ。だが、だからこそこれは我が隊の者に使わせた方がいいだろう。あの寝具店が取るに足らない連中だとわからせるためには、効力の無い商品を使わせるのが一番いい」

「な、なるほど……。……ちなみに、私が使っても問題ないでしょうか!?」

「ああ、存分に使え。多くの隊員の意見があった方が、寝具店のやつらも諦めがつくだろうからな」




 部下とそう話しつつ、俺は内心で改めて決意する。

 ――この寝具店を必ずやしょっぴく!




 マーシーとネージュ、どちらも捕まえる。

 二人の身分ははっきりとはしていない。が、こんな商売に手を出す者だ、恐らく二人とも身分の低い貴族、もしくは平民であろう。


 そして、身分が低いからといって情けをかけていい訳がない。

 睡眠グッズに関わった者がこの二人だけで済むとは思わない。他の人間たちも捕まえよう。

 悪質な道具で軍に混乱をもたらしたことは重罪であるとわからせた方がいい。



 ****


 寝具店から届いたリカバリーウェアは、隊の者たちに配った。そして使用感を報告するように伝えておいた。




 それから、数日が経った。




 朝方、俺は寝台で目を開ける。




 アーネンフェルト家の朝は早い。今は軍の宿舎で暮らしているが、それでも目覚めの時間が早いことは変わりがなかった。

 俺が目覚める時間は朝の4時半。今日も寸分違わぬ時間で目覚めることが出来た。




(そうだよな。俺が目覚める時間を違えるはずがない……)




 時計を見つめて幾ばくか安堵したのには理由がある。

 目覚めたとき、いつもよりも長時間寝たような感覚があったからだ。

 もしや朝寝坊をしてしまったのかと危惧したが、そんなことは無かった。



(いつもと違うことといえば……これか)



 俺は例のリカバリーウェアを身に着けて眠るようにしていた。

 数日前からそうしていたが、どうもいつも眠りがすっきりしているような気がする。

 朝起きたときに疲れが取れているような気がする。

『眠りすぎたか』と誤認してしまうくらいだった。

 そして、その効果は日々強くなっているような気がする。



 …………。



(これはつまり……俺の長年の鍛錬の成果が出たのだろうな!)




 俺はそう結論づけることにした。

 朝早起きして鍛錬し、夜が更けるまで鍛錬する。

 そのような生活を続けたことによって、体力が大きく増加したのだろう。

 今日も着替えを行い、軍の規則の時間よりも早くから朝練を始めることにした。



 ****


 やがて軍の仕事が始まった。

 が、この日は、いつもと違うイベントがあった。



「本日は抜き打ち試験を行う。アーネンフェルトの隊も試験の対象だ。各自、指示に従うように!」



 上官にそう命令を受けた。

 軍では時折練度を確認するための試験があり、抜き打ちで行われる。

 今日がそれに当たると言われて、俺は少しばかり焦りがあった。



(あの寝具で、うちの隊は以前よりも睡眠時間が増えている。前と同じ短さに戻すように叱責はしたが、まだまだ完全に前と同じに戻った訳ではない……)



 隊の試験結果が芳しくなくて、俺は糾弾されるかもしれない――。

 寝具店のマーシーとネージュの顔を思い出して、俺は苛々を募らせる。



(……いや。試験ではっきりと悪くなった結果が出たら、寝具店を取り締まる理由になる。俺の管理不足を指摘されたら、今後のために既に動いているところだとしっかり主張することにしよう)



 ****


 果たして、試験は無事に終わった。

 そして、結果は予想外のものだった。



「今回の試験結果は、全体的に練度が向上していたようだが――一番優秀だったのはアーネンフェルト隊だった。皆、見習うように!」



 そう発表され、我が隊は皆の前で賞賛されて拍手を受けることになった。

 解散になった後も、他の隊の人間たちは残り、次々と我が隊に対して近付いてくる。

 それは俺も例外では無かった。


 他の隊長に、「何故アーネンフェルト隊はそこまで練度が高いのか」と問われる。今回の試験結果を受けて、秘訣を聞き出そうとしたのだろう。

 そんなことくらい自分で考えるべきだ――と思わなくもなかったが、我が隊が羨望の目で見られること自体は悪い気はしなかった。



 俺は胸をそびやかしながら答える。



「そうだな。俺を始めとして、我が隊には自主的な訓練を推奨している。長年の鍛錬が身を結んだのだろうと……」

「違います!」

「……なにぃ?」



 俺の説明に部下が割り込んできた。

 俺は部下を睨み付けるも、奴の発言は止まらなかった。



「我々が今日良い成績をあげることが出来たのは、リカバリーウェアの影響です!」

「リカバリーウェア……?」

「なんだそれは?」

「我がアーネンフェルト隊に配布されたウェアです。それを使うことで、普段よりも回復を早めることが出来たのです……!」

「そうだ! あれを身に着けることで凝りや疲れが取れて、寝ているだけで体力が全回復したようになって……!」



 発言をしたのは一人だけではなかった。隊の部下が続々と説明を続けている。

 俺は舌打ちをして、部下の肩を掴んで止めようとする。



「おい、何を勝手に話している。俺の見解とは違うようだが……お前たちは怠惰に流れたいが故に思い違いをしているのではないか? リカバリーウェアの有無のみで練度が変わる訳は……」

「隊長! 恐れながら言わせていただきます。思い込んでいるのはあなたの方です!」

「……なっ」



 上官である俺に対してはっきりと刃向かってきた。俺はわなわなと震える。



「何を言うか! 俺たちが今回評価されたのは何故だ!? いつもやっている鍛錬が身を結んだのだろう! そうでなければ……」

「確かに、我々は鍛錬にいつも励んできました。ですが! 前回の試験のときから鍛錬の内容はさほど変わっていないではないですか。それなのに、今回は我が隊の成績は大きく上向いた。これは寝具店が特製の寝具を配布したことが関係しているのではないですか!?」

「そ、それは……!」

「それに、今回は我が隊だけではなく、他の隊も練度が向上していた。変化があったのは寝具が配布された隊のようでした。これらの事情から、新たな寝具でしっかりと休息を取ったことが練度向上に関係があるのは明白です!」

「くっ……!」



 何か言い返そうと考えるものの、部下の言ったことを否定する材料が見つからない。

 そうこうしているうちに、部下のうちの一人が紙を持って俺へズンズンと近付いてくる。




「アーネンフェルト隊長! 我が隊で寝具についての所感をまとめました。みんなリカバリーウェアで大きな効果を感じています。新商品として発売される暁には是非購入に向かいたいと思っています!」

「ぐっ……!」

「……そして、今、寝具店は休業中であると聞きました。アーネンフェルト隊長から営業をやめるように通達をしたのだと。部下として上官の指示には従うべきと静観していましたが……この状況下では、そうも言っていられません! 隊長! 寝具店に対する嫌がらせは止めるべきです!」

「僕たち、本当は自分用の寝具を買いに行きたくてぇ……! お願いします!」

「まだ寝具店の営業を止めるつもりなら、我々が相手になりますよ!」




 俺が口ごもっていると、部下たちが次々とこちらに進言してくる。俺に対して対立を辞さないと表明した者もいた。

 我が隊だけでなく、他の隊たちも俺に向けて怪訝な顔を向けてくる。

『良い寝具は鍛錬に有用』という意見が出された結果、俺の方針に疑問を抱いているのだろう。



 紙を持った部下が、俺のもとへ更に迫ってくる。



「アーネンフェルト隊長! ここには我々のリカバリーウェアへの所感はまとめられていますが、あなたのものは入っていない。隊長も署名していただけますか?」

「いや、しかし……確かに、あれを着てから睡眠が深くなったような心地はしたが。しかしそれは、長年の鍛錬の……」

「まだ言いますか! あなたは自分自身の鍛錬に固執して、視野が狭くなっているのです。どうか冷静にご判断下さい!」

「ぐうっ……!」




 ここには俺の部下だけでなく、他の隊の者もいる。奴らは俺たちのやり取りを見守っているようだった。

 ――こんな状況で、振り切ることは出来なかった。




 俺は震える手でサイン用の筆記具を手に取った。

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