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21_寝過ぎは鍛錬の邪魔になるってお思いですか?

 ギルベルトの言葉に、私は一瞬沈黙した。



(そんな訳はなくない?)



 ギルベルトは軍の関係者らしい。マーシーが寝具を兵士たちに手配したことを知っていてもおかしくはない。

 だが、寝具をグレードアップしたら軍の弱体化に繋がるという主張はおかしい。



 困惑している私を助けるためか、マーシーが会話に入ってきた。



「旦那……アーネンフェルト様は、兵士たちがうちの寝具を使った結果睡眠時間が伸びたというお話もご存じなのでしょう? それは身体を休めることに繋がったのではないでしょうか?」

「何を言うか。睡眠時間が伸びたから問題視しているのだ!」

「……そうなのですか?」

「我が国の美徳は勤勉であること。王都を守る軍においてもそれは強く適用されるべきだ。我が家のような貴族は、弱き者も強く育てるために皆を導かねばならない。堕落に繋がるようなことは切り捨てるべき。お前たちの店は俺たちの理念に反する存在だ!」



 ギルベルトがカウンターをバンッと叩いた。カウンター近くに陳列していた小さな商品がその衝撃で揺れる。だが、ギルベルトは意にも介していないようだった。




「俺たちは王都を守るために強くあらねばならない。故に通常の鍛錬に加えて、自主的な鍛錬も推奨している。だが、お前たちの寝具が来てから軍は堕落した……! 朝と夜の鍛錬の時間が睡眠に置き換わってしまった。睡眠時間が約一時間伸びた! これは由々しき事態だ。しかも、支給された道具が元に戻った後も、あの寝具を求めて店に行く者まで出てきた! 俺は軍の弱体化に繋がることは見過ごせん。即刻店を閉じろ!」

「それが旦那の主張ですか」

「そもそも、俺は店が開く前段階から警告していた。それを無視して開店に踏み切った時点で貴様らは罪人だ!」




 ギルベルトの言葉を聞いて、私はマーシーが言っていたことを思い出した。

 睡眠ギルドにクレームを付けてきた貴族たちがいたという話があったけど……そのうちの一人が、ギルベルトだったんだ。




 睡眠グッズを良く思っていないだけならともかく、ここまで真正面から商売を邪魔しに来るのは意外だった。

 でも、この世界での睡眠の扱いを考えたら、そう不思議なことではないのか。

 未成年に対してアルコールや煙草を売るのを禁ずるみたいに、寝具の販売を規制することはこの世界では悪事とは見做されないのだろう。むしろ美徳と思われてもおかしくない。だからギルベルトも堂々と家名を名乗って商売の邪魔が出来るんだろう。



 でも……。



「――アーネンフェルト様。少しよろしいでしょうか」



 私はギルベルトに向かって発言する。

 彼は忌々しそうに言葉を吐いた。



「何だ。まだ俺に物言いを付けるか?」

「私どもの商品を使った兵士たちは、睡眠時間が伸びた――そう言われましたね。ですが、その影響で鍛錬に支障が出たという証拠はあるのですか?」

「証拠? 自主練の時間が減ったというだけで充分な証拠だろう!」




 ギルベルトの声が大きい。声の圧で耳がびりびりとする。

 ……折角寝具屋さんをリラックス出来る空間にしたのに、台無しである。

 でも、ここで引き下がる訳にはいかない。



 私は傍らのマーシーに確認する。




「マーシー、うちの寝具を兵士たちに使ってもらった期間は?」

「二週間だ。それから三日と経っていないな」

「アーネンフェルト様。この期間中、兵士たちに対する体力試験や、王都の防衛の仕事はありましたか?」

「いいや。今は有事に備えるための鍛錬を続ける期間であり、特別なイベントは起きていない」




 そうだろうと思った。

 私が知る限り、王都は至って平和だったからだ。王都に危機が迫っているなら、こんなに穏やかに暮らせることは無かっただろう。

 軍の内部で試験をやったという話も無いらしい。それなら、私の主張を通しやすくなる。




「アーネンフェルト様。それならば、眠りすぎによって兵士たちの練度が落ちたという証明は出来ませんよね。むしろ、私は【眠りすぎではない】と主張したいです。【適性な睡眠時間を取れるようになった】のではないかと……」

「なにぃ?」

「鍛錬はやればやるだけ強くなるとは限りません。私は休息も大事だと考えています。寝具を求めて店に来た客がいたというお話でしたが、それはきちんと睡眠を取ることが鍛錬にも繋がると気付いたからでは無いですか?」

「何を言うか!」



 ギルベルトが目を剥いて私の言葉を否定した。



「商人ならば誰であろうと自分の商品を売り込もうとするもの。その道具を悪く言うことなど無いだろう。お前の言い分は信用出来ない!」

「……私の言葉だけならそうかもしれませんが。他の兵士たちの意見はどうでしょうか? ちゃんと休んだ方が身体にいい影響が出る可能性は否定出来ませんし、彼らにお話を聞いた方が……」

「ならん。寝具を買おうとしている者は、惰眠を貪ろうと低きに流れているだけだ。そんな奴らの言い分など聞く価値はないわ! お前も言うような軍の試験が行われたとき、そこで練度が落ちたことが発覚してからでは遅いのだ。人々を守るためには、睡眠など返上して鍛えるべし。俺とてそうして強くなったのだ!」




 ……駄目だ。この人、話が通じない。



(ギルベルトは睡眠返上で強くなったって言ってるけど……やっぱり寝不足は駄目ね)



 私はしみじみ思った。

 寝不足だと頭が回らなくなるし、他の人の意見も耳に入らなくなっちゃう。私自身の経験がそう言っている。




 この調子だと、兵士の皆も総じて寝不足なのだろう。

 街を守る兵士が常時寝不足気味というのは、怖いことである。

 何とかして、ギルベルトの主張を覆したいところだけど……。




 私が頭を捻っていると、マーシーが一段前に出てギルベルトに向けて言った。




「アーネンフェルトの旦那。それなら……私どもの寝具が鍛錬に役立つと明確に効果が出たら、認めていただけますか?」

「……なに?」

「街を守るために兵士を強くさせるという目的が達成されれば、彼らを率いるアーネンフェルト様自身の名声も上がるものかと思います。私は、アーネンフェルト様の人々を思う気持ちに感服いたしました。出来れば、私どもの寝具で貴方様のお力になりたいのです……!」



(マーシー、適当なおべっかを言ってるわよね)



 マーシーは倫理的な人間に感じ入るだとか、そんな性格はしていない。純粋に商品を売り込みたいからそうなる道を探しているだけだろう。

 だが、褒められること自体に悪い気はしないのか、ギルベルトはマーシーの言葉に耳を傾けるようにしたようだ。




「……ふむ。そうだな。仮にそんな商品を生み出せるのならば、少しは認めてやっても良い」

「本当ですか!」

「ま。期待はしていない。どうせ適当な道具を掴ませてくるのがオチだろうがな。ハッキリと悪徳商人という証拠を残してくれるならば治安を守る者としては楽というものだ」

「いえいえ。私どもは誠心誠意やらせて貰いますよ」



 マーシーの追従に、ギルベルトはニヤリと笑う。

 そして、店の入り口に近づき――【閉店】の札を表に出した。



「旦那様?」

「言ったよな? 軍のため俺のため、力になりたいと。それなら、その商品の開発に全力を注ぐはずだ。こんな店をやっている暇はないはず」

「……!」

「俺は忙しい身だ。一週間後に有益な商品を示せなかった場合、正式にこの商売を終わらせるように動くことにする」




 ギルベルトは、この寝具店が商売をすることを邪魔したいんだ……。

 やはり、睡眠グッズに対してはよく思っていないらしい。




「……わかりました。アーネンフェルト様のご慈悲に感謝を!」



 マーシーは、私に目配せしつつ礼をした。

「ここは俺に従ってくれ」と彼の目が言っている。

 私は彼と同じく、ギルベルトに頭を下げた。

 ギルベルトは勝ち誇った様子で店を後にしたのだった。

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