20_ギルベルトの襲来
今日は寝具屋がオープンする日だ。
陽も傾き始めた午後、私はひとりで王都はずれの寝具屋に向かう。
店員はマーシーが手配してくれているし、私が行かなければいけないということは無いけれど、睡眠グッズの発案者としてはみんなの反応が気になるからである。
睡眠グッズを売るに当たって、マーシーには色々と準備をしてもらった。
マーシー曰く、睡眠グッズは既に浸透している商品ではないから、事前に『こういうものを売ります』というのを知ってもらう必要があるという。
そこでラウル商会のツテを使って、あらかじめ王都に控える兵士たちに睡眠グッズの提供を行ったらしい。
兵士たちに備品を卸しているギルドは既にあるため、ずっと取引をして使ってもらうことは出来ない。だが、期間限定で睡眠グッズを試して貰ったのだという。
購入を希望する者は王都に新しく出来る寝具屋へどうぞ――と宣伝を行ったのだそうだ。
(眠るのはどんな人間にとっても大事だけど、日々身体を鍛えている兵士ならばより一層大事なはず。寝具を変えたことで、睡眠の重要性がわかってくれたらいいんだけど)
この世界において、新商品を世に浸透させるためには、貴族からの支持がほぼ不可欠なのだとマーシーから聞いた。平民の間で盛り上がったものがあっても、商売の世界で権力を持つ貴族が否と言ったら流通が制限されてしまうからだという。
王都に控えている兵士の中には、貴族の家の出の者もいる。今回マーシーが手配した部隊には上級貴族はそこまでいないという話だけど、それでも私たちにとってはありがたい話だった。
兵士たち一人一人だけじゃなくて、家族も含めて買うようになってくれる――それに加えて、貴族たちにもいい評判が広まる。そうなったら万々歳だ。
もちろん、客が全然来なくて閑古鳥という可能性もある。客が来たとしても商品を買ってくれなくて売上が上がらないだとか、そういうことも考えられる。
――それならそれで、落ち込むようなことではない。新しい商品を売り出すなら最初はうまくいかないのは自然なことだ。
反応を見た上で、今後どうするかはまた考えることにしよう。
ちなみに、私がひとりで行動しているのには理由がある。
私が睡眠ギルドに参加するにあたって、私は「名も無き下級の女性貴族のネージュ」という設定で進めることにしたからだ。
睡眠グッズがどう受け取られるか未知数の状態で、ローハイム家……結婚先の家の表明はしたくない。
かといって、家族に迷惑をかけたくないから、実家の名前も出したくない。
よって、私は護衛の使用人も付けられないような困窮している貴族である――という設定にしてある。そのため、シエラは連れてこなかった。
シエラは私についてきたがったけど、「護身用の魔導具を身に付ける」と言ったら、渋々納得してくれた。
私が行かなくても、マーシーや彼が手配した人間が店番をやってくれることになっている。
だから、私が顔を出す必要は必ずしもないんだけど……。
でも、行きたかったのだ。
純粋に寝具屋が好きだから、行きたかったのだ。
この世界は睡眠グッズは不足しているが、物資が何もかもないという訳ではない。労働が美徳とされていることもあって、生活に困らないだけの商品は揃っている。
そのうちの一つが、照明だ。
「勉学を進めるためには灯りが必要」という知識は広く共有されており、照明用の魔道具は安価で店に並んでいた。
基本的には白い照明が一番ポピュラーだけど、青系や赤系など、他のカラーバリエーションもある。魔道具に込める魔術の系統によって色を変えることが出来るらしい。
私は、寝具屋の照明をオレンジに指定した。
昼に活動する分には白い照明がいいんだけど、入眠前には柔らかい色のオレンジの照明がいいらしい。夕焼けの太陽の光に近いのはオレンジだから、それに近い色に照明を合わせると身体がリラックスモードに入るのだそうだ。
私の知る寝具屋さんは、寝る前のまったりした空間を演出してくれるものが多かった。異世界で店を出すときもそうしたかったのだ。
リラックス出来る空間に訪れた客が、寝る時間も大事なひとときなのだと気付いてくれる……。
そうして、各々の睡眠を大切にしてくれるようになる。
そうなったらどんなに素敵だろう。
(マーシーには色々な要望を出したけど、私の希望は全部叶えてくれた。『こちらも売上をあげるためにやってるだけだから気にするな』なんて言ってたけど、彼が色々頑張ってくれたのは確かだよね)
オープン当日の今日はマーシーが店員をやっているらしい。商品が売れるかどうかはともかくとして、マーシーのことはねぎらいたい。
そう思いながら、私は寝具屋のドアを開けて一歩踏み出した。
「――まだ俺の言うことを聞き入れないのか。こんな店、今すぐ引き払ってしまえ! この悪徳業者がっ!」
――そこには想像と違う光景が広がっていた。
初日から人が沢山きて大盛況! なんて光景は夢想していなかった。
でも、文句を言ってくる客がいるとは思っていなかった。
店内の勘定カウンターにはマーシーがいて、その向かいには若い男性がいる。
マーシーは男性にしては身長が高い方だが、若い男性は更に十センチ程高い。金色の髪に緑色の目の男性ははかっちりとした赤い制服を着込んでおり、細身だが鍛えていることが窺えた。
マーシーは商人だ。身体を特別に鍛えている訳じゃない。
この男に実力行使されたら、同じ男性相手でも危ないかもしれない。
それに何より……
(中でトラブルが発生している店なんて、ハラハラして入りづらいじゃない。何してくれるのよ)
訪れた人にリラックスしてもらえるように……と思って内装やらなんやらを考えてきたことを無為にされたみたいで、フツフツと怒りが湧いてくる。
「――あの、すみません!」
私はさっと金髪の男の近くに寄り、声を掛けることにした。
緑色の目がぎらりとこちらを睨んでくる。
「お前は客か? 俺はこの店の店主と話をしているんだ。この如何わしい商品を買うつもりで来たのか?」
「私はこの店の出資者のネージュといいます。何かこの店にご意見があるのでしょうか」
「おい、ネージュ。ここは俺が……」
マーシーが私を気遣うように前に出ようとする。
だが、私は首を振った。
「マーシー、睡眠グッズの商売に主に関わっているのは私よ。この店で起きていることは私も聞く権利がある。ここは私に話させてちょうだい」
「……そうか。そうだな。――では、紹介させていただきます。こちら、店の出資者のネージュという者です」
マーシーが金髪の男に向けて私を紹介した。続けて私が話し出す。
「お客様――貴方はこの店に何か不満があるのでしょうか。何かこちらの商品や接客に至らない点でもありましたか?」
私は目の前の男に向かってそう聞いた。
男は、こちらを嘲るように鼻で笑って言う。
「お客様、か。俺は断じて客ではない――俺はギルベルト・アーネンフェルト。ここ一帯の治安を守る兵士たち、その上に立つ者だ」
ギルベルトと名乗る男は、そう言って胸を張った。
盾のデザインのエンブレムが入ったその制服を見て、私は気付く。――どうやら目の前にいるのは騎士らしい。
「闇の商売の出資者が若い女だったとは予想外だった……だが、俺は女子供相手だろうと未熟者がやったことと見逃すことはしない。睡眠道具などという如何わしいものを売ろうとしている罪は重いぞ!」
「……罪? 寝具を売ると罪になるのですか? 何故貴方はそう断じるのですか?」
「兵士たちに支給される道具に最近動きがあったことは俺も知っている。そして、彼らを見て俺は悟った。睡眠道具を売ろうとすること……それは、軍を弱くすることに繋がる! お前たちは国の治安をも揺るがす悪徳商人だ!」




