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18_ネージュの理想の睡眠

 今後の方針が決まったところで、マーシーと私たちは解散――とはならなかった。

 アクシデントが起きたのだ。


 ラウル商会で話しているうちに、急な大雨が降って道路状況が悪くなった。行きのように馬車で移動することは難しいらしい。

 ただし雨の日でも移動可能な馬車はあるようで、シエラはそれを確認するために急遽ひとりで街へと歩いて行った。



 私とマーシーは商会の事務所に二人になる。

 マーシーが一旦事務所の奥の方に引っ込み、その後淹れ直した紅茶のカップを持ってきた。




「良かったら二杯目も楽しんでくれ」

「ありがとう。でも、こんなに注いで貰わなくて結構よ。シエラが状況を確認したら、私はお暇させてもらうから」

「そう焦ることはない。あの使用人さんを交えてでも構わないが……ネージュさん、俺は、あんたとお喋りがしたい気分なんだ。ゆっくりしていきなよ」

「なんで?」




 思わずマーシーの言葉に突っ込んでしまった。




 彼とは睡眠グッズを巡って色々と協力してもらっている。いいビジネスパートナーだと思っている。

 それはそれとして、ゆったりお茶会をしたい相手かというとそうではない。彼もそれは同じだと思っていたんだけど。




 マーシーは肩を竦めて言った。




「ネージュが商品開発を続行すると言ったのは、あの使用人のためだな?」

「……まあ、それはあるわね。私の家の使用人は、やせ我慢しがちなところがあるから。それを楽に出来るならとは思ったわ」

「主人としては美しい話だな。だが、俺はこうも思ったのよ。俺が睡眠グッズを売っていきたいと思っていることはあんたの重石にはならないんだな――と。商品開発が中止されたら、俺だって残念ではある。だが、俺はあんたから近しい人間という判定はされていないんだなと」

「ふつうはしないんじゃない? 買い物先の屋台の人間を身内判定することはそうそうないでしょう。それと同じよ」

「俺も普段はあんたと同意見だ。――だが、気が変わった。商談を進めていくに当たってはある程度仲良しでいた方がスムーズにいくこともある、ってな。という訳で、雑談をしよう」




 要するに、マーシーは「もう商品開発やめます」とか言わせたくないがために私と仲良くしたいらしい。

 そういう目的があるなら納得がいく。




 仲良くしたいと切り出されてからの雑談で本当に仲良くなれるなんて思わないけど――まあ、無下にはしない方がいいだろう。

 私だってラウル商会にはお世話になっていることだし、取引先とはほどほどに友好関係でいたかった。




「いいわよ。……といっても、私は特段面白い話なんて出来ないわ。あなたに睡眠グッズの話を持ち掛けてから、家でずっと研究していたようなものだから」




 睡眠グッズを作り始めた当初から数ヶ月経った。暖かい季節、暑い季節の峠は越し、今は徐々に寒さが忍び寄ってきている。

 その間、私は本を読んで、寝て、ピロと遊び、寝て、魔法の練習をし、寝て、睡眠研究をして……他諸々。

 私目線では実に充実した時間だったけど、他人に聞かせて楽しい話かというとそうではないと思う。



 だが、マーシーは首を振って言う。



「俺の知る限り、そんなに睡眠に拘泥してるのはあんただけだ。その話を聞かせてもらうだけでも楽しいとは思う……が、そうだな。ここはひとつ、『理想の睡眠』でも話してもらおうか」

「理想の睡眠……?」

「うちの商会に話を持ち込んでくる人間は、概ね叶えたい理想像やらがあるもんだ。だがネージュさんにはまだ聞かされていないなと思ってな。現実の睡眠研究は置いておいて、何かあるか? あんたにとって、これが一番の睡眠、叶ったらもう悔いはない、みたいなものは」

「はあ。それを言ったらラウル商会が叶えてくれるために色々してくれるとか、そういうことが起きるの?」

「そんなサービスはしないね。これはあくまでも雑談だ。夢でいい。現実離れしてる話でもいいんだ。現実に即してないといけないなら、商談になってしまうからな」




 理想の睡眠……。




 マーシーの言葉を聞いて、私は目を閉じて考える。





 夏だろうと冬だろうと、スヤスヤ寝れるならそれだけで素晴らしい。

 毎日スッキリ寝れるだけで百点満点なのであり、睡眠のシチュエーションに優劣はない!



 ……という気持ちに、嘘はないのだけれど。



 全部が全部好きだと答えるのは、ある意味何も答えていないようなものだ。

 折角だから、こういう質問には特定のシチュエーションを答えた方がいいだろう。





「――じゃあ、言うわね。もう現実には叶わないことになってしまうけど、それでもいいなら」

「ほう。もう、ということは……一度は実現したということか?」

「そうよ。私が一番幸せに眠れたのは……子供の頃、親にベッドまで運んでもらったときよ」





 物心つくかつかないかの頃だと思う。親と一緒にお出かけをして、家についたら本を読んで。

 そうしてエネルギーを使い切った私は、疲れて書斎で眠ってしまった。

 それを見つけた親が、私を抱いて運んでくれた。


 親が歩を進めるのに従って身体がゆらゆらと揺れるのがすごく心地よくて、ベッドに運んでもらって毛布を掛けてもらったとき、ここが世界で一番暖かい場所なんだって思ったことを覚えている。





「ふーん。ちなみに、あんたの実家の家族は……」

「今も健在よ。でもね、同じように親に再現してもらったとして、あのときの感覚は二度と味わえないわ」




 私の身体はあのときより大きくなってしまったし、運んで貰っても『他人に迷惑をかけてしまった』っていう気持ちで、緊張して身体が強張ってしまうかもしれない。

 相手が親じゃなくて、私よりも体格が良くて力が強い人間であっても、『落とされるかも』とか、『申し訳ない』という気持ちはどうしても湧いてくるだろう。




 子供の私がとろけるように眠れたのは、私がまだまだ無知で、自分を脅かすものなんて何もないって思えてたからだ。

 決して遠い夢の出来事ではないけど、あのベッドはもう私の手の届かない場所にあるのだ。





「……ま、そうかもな。食べ物なんかと同じだ。美味いものには旬があって、それを逃すと同じ味に出会うことは二度と無い。それでも、必ずあれを再現してみせる、なんなら超えてみせるって息巻くやつ――そんな商売人も沢山見てきたな、俺は」

「バイタリティがある人はそうなんでしょうね。でも、私はあれをどうしても再現したいという気持ちはないわ。今の私は別のアプローチでいい夜を作れるようになりたいし、スヤスヤ寝れるならシチュエーションに優劣はないのよ」

「……そうか。ま、それくらいの気持ちでいた方が、商品の種類を増やすにはいいのかもな。ちなみに、俺の理想の睡眠は、『六時間眠ったかと思いきや四時間半しか眠っていなかった』というシチュエーションだな。時間を得した気分になるんでね」

「……邪道だわ。それって、主軸が睡眠じゃなくて、損得に置かれているじゃない。あなたは睡眠グッズを売りたいと言う割に、沢山寝たい気持ちは無いのね」

「ぐっすり寝るのは好きだ。それはそれとして、さっさと目覚めて仕事をしたい気持ちもあるぜ。こういう需要が多分いちばん……おっと、これだと商談になってしまうな。忘れてくれ」




 マーシーと他愛のない話をしているうちに、シエラが戻ってきて帰りの馬車の手配をしてくれた。

 こうして、ようやく私たちはラウル商会を後にした。

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