14_帰って五秒で寝たい①
前世の睡眠グッズを再現するのに加えて、私には前世にも無かったあるグッズを開発したいと思っていた。
それは「即席寝支度グッズ」である。
睡眠は人間にとって必須の営みであるが、社会の発展によって「寝る前に最低限これをしないといけない」という事が沢山ある。
風呂に入り、髪を乾かし、歯を磨く……などなど。
「家に着いた時点で眠気が限界」というときも、私はこれらのことを欠かさずにやってきた。
これらを欠かすと、翌日以降もっと面倒なことになると知っていたからである。
ただ、お風呂に入った時点で眠気は飛ぶし、髪を寝癖にならないくらいに乾かすにはそこそこの時間が必要だ。結果、中途半端に目が冴えてしまって、睡眠時間が充分に取れなくなることもよくあった。
旅や遠出から帰る際などは大体において夜遅くに自宅に戻るから、そこから身体を清潔にする作業をしなければいけない。
この作業が面倒で、遠出は避けていたくらいだ。
(でも、この世界は前世と違って【魔法】がある。前世では出来なかったことが出来る。なら、前世では無かった道具を作れる可能性はあるよね)
寝支度……といっても、その殆どが「身体を清潔にする」という作業だ。それさえクリア出来れば、帰って五秒で睡眠という私の野望は叶うことだろう。
私は身体清掃の魔道具が無いか探した。
結果、それらしい魔道具はあった。
私はそれを取り寄せてみた。だけど……。
(駄目ね……この魔道具を発動すると、効果が強すぎるのか目が冴えちゃう。髪を乾かす効果もあまりない。それに、髪にも負担がかかるのかキシキシになるわ)
この身体清掃用魔道具は、主に軍隊で使われているものらしい。軍では定時に宿舎に帰れない事も度々あるので、出先でも身体を清潔に保てるようにこの魔道具が開発されたのだ。
仕事の最中に使用する想定で作られたこともあって、目が覚めるくらいに清掃効果は強く設定されているらしい。
その上、魔道具に使われている薬剤が洗浄力が強いものだからか、髪がきしむ。肌もいつもより乾燥している気がする。
総じて、寝る前に使うには向いていないようだ。
(自宅で睡眠を取る前に使うものは、もっと効果を変えるようにしなきゃね)
そう考え、私は魔道具を新たに作ることにした。
魔道具を作るには、本来魔力や魔法の長年の修練が必要になる。魔法の効果を道具に定着させて誰でも使えるようにするには、魔力を注ぎ込むことが必要になるからだ。
私の持つ魔力はそこまで多くない。
だが、私はラウル商会から【魔道具作成キット】なるものを貸り受けていた。
これは既に潤沢な魔力が魔道具に注入されたもので、使用者が魔法を使うことでオリジナルの魔道具を作れるものである。
基本的に、魔道具は魔法を使うのと同時に魔力で効果を道具に固定するという手順で作る。だから後から魔法を使って道具を完成させるキットを作るには、特殊な魔力が必要らしい。作れるのは少数の人間だから、一般市場には流通しておらず、ラウル商会のような限られた場所じゃないと手に入れられないようだ。
身体を一瞬で清掃するのは、「生活魔法」の効果らしい。清掃に使われる魔術を人に転用することで一瞬での清掃の効果が得られるのだという。
私は使用人たちに生活魔法のやり方を聞いた。
使用人として働く人間の多くが生活魔法を親から伝授されている。家事を効率的に行えるからである。
ただ、魔力は警備のために温存しておく使用人も多いので、生活魔法に頼り切ることは少ないらしい。ローハイム家の使用人たちも、生活魔法のやり方を知ってはいるが、日常的には使っていない者が多かった。
だが、私が「身体を清潔にする魔法を教えて欲しい」と言うと、快く教えてくれた。
「えいっ」
私は教えて貰った魔法を自分自身に掛けてみる。
シャワーを浴びたときのように、身体がスッキリとした。
(これだけでも中々の進歩ではあるけど、まだまだね。魔法を使うのはそれなりに集中力が要るから、魔力を練って魔法を使うだけで目が冴えるわ。やっぱり魔道具で一瞬で寝支度を終わらせるようにしたい。眠気はそのままで、すぐに布団に入れるように…)
そう考えつつ、とりあえず清掃魔法を魔道具キットに登録することにした。
次に探したのは、「身体への負担が少ない洗浄剤」である。
私が最初に使った清掃魔道具は、身体への負担が大きかった。
安価で洗浄力も強いが、その分刺激が強い――そんな洗浄剤が魔道具の原料として使われていたからだろう。
清掃魔法は、魔法そのものに加えて洗浄剤が必要なのだ。使う洗浄剤の成分によって効果も変わるらしい。
(身体に優しくて保湿も出来るようなものが欲しい。となると……オイルを使った石鹸かしら)
この世界にはボディソープの類いはある。が、広く流通しているものは安い材料を使っているからか、身体への刺激が強いのだ。植物や家畜から採れる油を複製魔法で劣化させて使っていると聞いた事がある。
だから、天然成分たっぷりの石鹸を試してみようと思った。
「ロージー、ちょっと重いけど詰めるだけ詰めれる?」
「無論でございます、ネージュ様」
私は、男性の使用人のロージーを連れて南の方角にある街へ行った。
ロージーは、二十五歳程度の寡黙で体格のいい男性だ。特徴としては、よくメモを取っている、ということだろうか。私から命令を受けたときだけではなく、なんでもない時もメモを取っているのをよく見る。日記などの記録をつけるのが好きなのかもしれない。
私は主に女性の使用人と話すことが多いけど、ロージーは「力仕事があれば自分に任せて欲しい」とよく言っていたので、今回は彼に頼ることにしたのだ。
ロージーを連れてきたのは、その街の名産品、ローレルとオリーブを取ってくる為である。
ローレルもオリーブも、海が近く日当たりがたっぷりある場所でよく育つ植物だ。
そして果実から油を取ることが出来る。
この世界でも、これらはよく栽培されていた。
ただし、ローレルはその葉を香料に使うこと、オリーブは実をそのまま食べたり油を料理に使うこと目的で、つまるところどちらも食用目的で生産されているのだ。
(製造元の街に来れば保湿用オイルの一つや二つお土産で売ってるかなと思ったけど、無かったわ。ここでは食用のオイルは味付けのために塩やらなんやらが入っているのよね。身体につけるものならもっと純粋な油が欲しい)
考えた結果、私は名産品のローレルとオリーブの果実を買えるだけ買い、ローハイム家に持ち帰ることにした。
産地がすぐ近くだからか、この街では質のいい果実がお安く手に入るのだ。この機会に沢山買っておこうと思った。