11_綿作り―猫を迎えた
私はコットンフラワーの種を買い足した。
この世界ではコットンは人気のある植物では無い。種を買ったところ、「いつもありがとうございます」と店員に頭を下げられた。
何度も園芸店に来てはマイナーな種を買う私は、すっかり「コットンの人」と覚えられたことだろう。
(花が咲いて種が取れるまで無事に成長したら、何度も買う必要は無くなるんだけどな。
また同じように育てても、蕾の状態のときに食べられたら種が無駄になっちゃう。何か対策を考えないと)
そう考えながら、私は街をうろうろと歩く。
私はラウル商会から魔道具を貸してもらえる立場だけど、自分自身でも魔法の練習をしたくて本を読みつつ練習している。
その分の本も探したかったし、街の食事の露店も探してみたかった。
寝ること程ではないけど、私は食べることも好きだ。前の世界とは違う味付けのものがあれば試しに食べてみたいし、眠りにいい食べ物があるかも確認してみたい。
私は食料品店の周りをうろうろした。
「にゃーん」
「にゃーーーん」
「フシャーッ!」
「シャアアアアアア」
「こらこら、やめたやめた!」
……と、何やら揉め事が起きている様子だ。
肉を扱っている食料品店の路地裏で、白猫とシルバータビーの猫が唸り合っている。
互角の勝負のようには見えなかった。丸々と大きな身体をしている白猫と比べるとシルバー猫はは六分の一ほどの大きさだし、ほっそりしていて毛並みも悪い。
店員のストップが入った後、縞猫は逃げるように路地裏の奥を走っていった。
静かになった後、店員は申し訳なさそうに私を見やって言う。
「すみませんね、こんなやかましいところを見せて」
「いえいえ。多分猫ちゃんは肉の匂いに誘われて来たんでしょうね。魅力的な商品を取り使っているのだなと思いました」
「はは……。うちのサラ……あ、この白猫のことなんですが、ネズミやらなんやらからうちの商品を守るために飼ってるんです。魔力を帯びた猫だから小型の魔物たちも近付かないんですよ」
「へー。それは頼もしい猫ちゃんですね」
サラと呼ばれた白猫は、伸びをして店員の足に軽く身体をすり付けた。よく懐いているみたいだ。
店員は嬉しそうに顔をほころばせた後、話を続ける。
「ええ、うちのサラは店を守ってくれます。ですが、最近になってサラに挑む猫が現れた。それがあの銀色のチビです。他の野良猫たちはサラの実力がわかるから容易に喧嘩は売らないんですけど、アイツは果敢に挑んでくるんです。きっともっと小さい頃に親猫に捨てられたんでしょうね。普通なら大人の猫が猫界の常識を教えてくれるでしょうから」
「へえ……」
「まあ、あのチビにも多少は魔力があるから勝機があるって考えたのかもしれないですね。でもあんなに小さいのならサラには叶いっこないや」
「……ちなみに、あの子を一緒に飼ったりする予定はありますか?」
「ないですよ。サラはメス猫なんですが、他の猫に構おうとするとすぐに俺に怒ってパンチしてくる、女王様ですから。魔力持ちの猫は知能も高いから人間の言うことはある程度理解してくれる筈なんですが、個人差があるようですね。ははは、いたたたっ」
サラは素早く店員にパンチを繰り出してきた。確かに人間の言うことは理解しているみたいだ。
****
野良猫が魔力を持っており、今は捕まえようとしている人もいないらしい、という情報を肉屋の店員から得た私は行動を起こした。
私はシルバータビーの猫を捕まえた。
市場で網と餌を買って猫をおびき寄せたのだ。猫は網の中で暫く暴れていたが、私が「睡眠」ギフトを使ったら網の中で大人しくなった。
くるりと丸くなって眠るさまを見て、こういうネックピローを見たことがある気がする――と思ったので、私は猫をピロと名付けた。
ピロをローハイム家に連れて行って、餌と寝床を与えた。
ただし、飼う場所は私の部屋の中ではない。庭園である。
私は庭園に猫用の餌とベッドとトイレを設置した。
ただしこの世界は前世ほどペット用品が作られているわけではないから、猫用ベッドなどというものも無く、私は適当な大きさの箱にシーツを入れることで簡易の猫ベッドにした。トイレはシンプルに砂を撒いただけのものだ。まあ、トイレは土に混ぜれば堆肥にもなるし、簡単なものでも問題ないだろう。
シエラは当初自分がピロの世話をすると言ってきたが、自分で世話をしたかったから断った。
私の目的のために、ピロにある程度懐かれておきたかったからである。
「ピロは段々と体格がしっかりしてきたようですね。ネージュ様のお世話の力です」
「私は食事を用意してるだけだけどね。元気になったのはピロ自身の生命力のおかげだわ。で、肝心なのはこれからなんだけど……」
ピロを育てるのと並行して、私はコットンの栽培を再開させていた。
すくすくと育ったピロは、庭園で遊ぶようになっていた。コットンの花壇の周りを歩いては、芽や葉をじっと見つめ、時々ちょいちょいと前足でつついている。
「ピロ。花壇の中で育ててる植物はピロのご飯じゃないからね。食べちゃ駄目よ」
「にゃー」
「あと遊ぶのも駄目。遊ぶならこっちで遊ぶようにしなさいね」
「にゃにゃっ」
私はピロにそう言い聞かせ、猫じゃらしやボールを用意した。私がボールを投げるとピロはボールを追いかけて走って行く。ピロはこの手の遊びが好きな猫みたいだ。
私は一日中庭園にいる訳ではないので、そのうちピロはひとりでボール遊びをする習慣がついたようだった。
そして、コットンの蕾が出来るようになった頃……。
「……ピロ! これ、あなたが捕まえたの?」
「にゃーん」
「期待以上だわ。あなたは優秀なハンターよ!」
コットンの蕾は食べられることはなく、その代わりにピロが自分の寝床の近くにネズミのような生き物を捕まえていた。
恐らく今までコットンを食べていたのはこのネズミ(仮)だ。食べられた蕾から感知出来た魔力と、このネズミの魔力は一致しているようだ。
ピロも魔力を持つ猫だからネズミの攻撃を無効化して、捕まえることが出来たのだろう。
どうやら、庭園を自分の縄張りだと認識したピロが見回りをしてくれてたみたいだ。
ピロが庭園の端に持ってきた獲物は、ネズミの他に、小さなヘビのような生き物もいる。どこからか庭園に入り込んできたのだろう。この手の生き物は食べ物がある場所には出没するものだから。
「でも、天敵がいると認識した場所には近付かなくなるのよね。あなたを連れてきて良かった。ピロはこの庭の守護神よ!」
「うるるる」
花壇の近くでピロを褒め称えると、彼は満足そうに喉を鳴らしていた。
(ピロが見回りもしてくれてることもあって、私が庭園に出来ることは今のところ全部終わったかな。じゃ、一休みするか)
私は伸びをして庭園近くのデッキチェアに寝そべる。
ここは木陰になっており、よく風が吹いて気持ちいい場所なのだ。
昼過ぎに一眠りするにはちょうど良い。
私は目をつぶってうとうとした。
――ズシッ。
「ん……?」
「うるるるる」
寝そべっている私のお腹に、誰かが乗ってきた。そこまで重くはないけど、柔らかな毛が生えているからかちょっと暑い。
目を開けると、そこにはピロがいた。
「ピロ……? どうしたの? 食事はさっきあげたじゃない」
「にゃー」
「遊んで欲しいの? 一人でボールと遊ぶのに飽きたの? それなら、ボールを魔法で動かすようにするから……」
「にゃーー!」
ピロは私の提案を聞かず、私の胸元にぎゅっと顔を寄せ、ゴロゴロしている。
「……私と眠りたいのね」
「ぐるるるる」
満足そうなピロを見て、私は息をついて脱力した。
ピロは庭園を守ってもらうという目的ありきで連れてきた。だから室内で一緒に寝るような生活には変えられない。ピロには夜中も庭園を縄張りにしてもらいたいからだ。
(でも……こうしてたまに昼間にひと眠りするくらいなら、いいかな……)
私は植物の香りがする庭園の中、ピロと一緒に眠りについた。