第三十六話『オマエは。アンタは。』
次の日は、一言も喋らなかった。
窓から吹く春風はまだ4月なのに。ほんの少しだけ寒く感じた。
「……クシュンッ。」
「……。」
(風邪かな。 窓閉めた方がいいかな…。)
そう思ったけど、結局俺は何もしなかった。
いつも通り淡々と、教師の声を聞いてノートに書き写す。
外の景色は変わっても、俺の日々は変わらない。
机の落書きが変わっても、俺への態度は変わらない。
何日も、何日も、何日も。
変わることは無かった。
いつしか、ソレが当たり前に思うようになっていった。そして、そんな俺自身に、俺の存在価値を問うことさえ──
出来なくなっていた。
笑うって。なんだっけ。
怒るって。なんだっけ。
悲しいって。なんだっけ。
他の感情が無くなっても。
泣くってことだけは、忘れられなかった。
「……ぅう。っうぅ……なんで……」
いつからか、川沿いにある橋の下で泣くようになっていた。
そこは、車の音で声がかき消されていたから。
誰かにバレる事なんてなかったから。
「なんで……俺が…。」
心の中は孤独で、誰にも助けを求めることが出来なかった。
しないんじゃない。出来ないんだ。
自分なんかが、誰かの迷惑をかけてしまうのが、しんどくて、辛くて、負の感情ばかりが頭をよぎる。
だから、この気持ちに蓋をするんだ。
そうしたら、誰かに迷惑をかけずに済むから。
我慢すればいい。
そうやって、残りの人生を生きていけば良いんだって。自分に言い聞かせなきゃ、家には帰れなかった。
俺のために頑張ってくれる母さんに、負担をかけたくなかったから。
「──よっ!」
「─ッ!!」
突然聞こえたその声に、俺は驚いて目を見開いていた。
「なんで……。」
「なんでって? ん〜〜。」
雨が降る中、周りには人がいないと思ってた。
雨のおかげで、この涙も消えると思ってた。
雨のおかげで、全部流れると思ってた。
でも──
「雨が降ってたからかな!二ヒヒッ!」
「……!」
雨のおかげで、またキミに会えた。
「なんで我慢するの?」
「え…?」
「なんでって……」
「何か悪いことしたの? 違うよね?」
「あれから色々聞いたよ。」
「……。」
「いじめられっ子を庇ったんでしょ? それから、次の標的になった。」
「なんで相談しないの?」
「このまま、やられっぱなしでいいわけ?」
目の前で立つ雨音の目は真っ直ぐ俺を見つめていた。
コイツもびしょ濡れなのに、なんで。
「……誰かの分を、俺が引き受けてるだけだ。」
「………。」
「何それ。」
「くっだらな。」
「は!?」
「オマエに俺の何がッ──」
「分かんないわよッ!!」
「ッ─。」
「アンタ一体、何様なわけ? 引き受けてるって……アンタはただの意気地なしなだけじゃない!!」
「助けを求めてるのに我慢するのがいじめを引き受ける?」
「ふざけんなっ!!」
「助けを求めることが、ダサいみたいなことしてんじゃないわよッ!!」
「この世界には、助けが無いと。生きていられない人だっているんだからッ!!」
「助けを求めるのがカッコ悪いんじゃない。無理してボロボロになっていくアンタの姿の方がダサいわよ!!」
「……なんだよ。オマエはッ!!辛い人生をして来たことがねぇからそんな事が言えんだよ!!」
「──なっ!!」
「アンタに───」
「どけよっ!!」
俺は思いっきり、彼女を突き飛ばした。橋の陰の外まで転ぶ彼女は、水たまりに体を濡らしていた。
俺はその時の事を、今でも後悔している。
図星を突かれてイラだっただけなのに。アイツが、自分のことを分かるハズもなかったのに。
そして、ソレを自分がしてしまったことに。




