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【第二話】伝説の細身、その名は直人

 静寂が支配する神殿の中、俺は戸惑いながらもダンベルを持ち上げた手を見つめていた。


 「こ、これが伝説の……!」


 僧侶たちは息を飲み、驚愕の表情を浮かべている。


 「伝説の細身……その名は?」


 一番前にいた僧侶が神妙な面持ちで尋ねてきた。


 「え、えっと……俺は直人、大塚直人おおつか なおと。ごく普通の会社員だ。」


 「伝説の細身・直人殿……!」


 僧侶たちが感動に震えながら名前を反芻する。


 「いや、待て。なんだその称号は!? 俺はただの一般人だぞ!?」


 「そんなことはありません、直人殿!」


 一歩前に出たのは、一際逞しい筋肉を持つ僧侶だった。彼は拳を胸に当て、堂々と自己紹介を始める。


 「私はグラド! 鉄肉神教の聖騎士にして、神殿の護衛を務める者! 筋肉とともに生き、筋肉とともに戦う!」


 「いや、何その自己紹介……。俺はただの30代の普通の会社員だ。運動もほとんどしないし、筋トレなんて高校以来やってない。なのに、なぜ俺がここに召喚されたんだ?」


 俺の言葉に、僧侶たちは顔を見合わせた後、一人がゆっくりと口を開いた。


 「それは……神の預言によるものです。細身の者こそ、この世界を救う存在であると。」


 「いや、意味がわからん。」


 俺は深くため息をつきながら、状況を整理しようとする。だが、理解すればするほど謎は深まるばかりだった。


 そんな中、僧侶の一人が意を決したように言った。


 「直人殿……あなたが持つのは、ただの力ではありませんぞ。」


 神殿の奥から、厳かな声が響く。グラドが静かに前へと歩み出ると、僧侶たちは神妙な面持ちで道を開けた。


 「それは……伝説の力。筋肉の神が授けし、最も神聖なる加護。その名は――マッスルリンク!」


 「マッスルリンク……?」


 俺は僧侶たちの真剣な顔を見つめた。なんかまたすごい名前が出てきたぞ。


 「遥か昔、筋肉の神がこの世界に力を与えし時、たった一人、この国を救った英雄がいたのですぞ。その英雄こそが、『伝説の細身』と呼ばれた存在……。


 彼は強靭な筋肉を持たずとも、マッスルリンクの力を用いることで、あらゆる戦士の力を引き出し、戦場を駆けたのですぞ!」


 グラドの言葉に、周囲の僧侶たちが一斉に頭を垂れ、神妙な雰囲気が神殿に満ちる。


 「しかし、その力を発動できる者は、長きにわたり現れなかった……。


 だが今、神託は告げていますぞ! 伝説の細身の血脈を継ぐ者が、再びこの地に召喚されると!


 そう、直人殿……あなたこそが、その力を宿す唯一の存在なのですぞ!」


 俺はゴクリと唾を飲み込んだ。


 「……で、それはつまり、どうすればいいんだ?」


 「試してみるしかありません!」


 「え?」


 「直人殿、その力……伝説の細身にのみ許された神の力、マッスルリンク。それがどのように発現するのかは分かりませんが、伝説の細身がこの世界を救った時、同じ力を使ったと記されています。」


 グラドは真剣な眼差しで俺を見つめ、拳を握りしめた。


 「文献には記されていますぞ。自らの窮地、そして友の危機に際して、その力は発動すると。」




 だが、その時だった。


 突然、神殿の扉が激しく開かれた。


 「緊急事態です!」


 一人の僧侶が息を切らしながら駆け込んできた。 突然の叫び声に、神殿内の空気が一変した。


 「何事ですぞ!」


 グラドが鋭く声を上げる。いつも冷静な彼が声を荒げるのは、よほどの事態に違いない。僧侶たちも一斉に顔を上げ、駆け込んできた僧侶を見つめる。


 「無力の呪いが、この神殿の近くに迫っています! すでに周囲の森では筋肉の衰えを訴える者が現れ、神殿の外郭にも影響が及び始めています!」


 空気が一気に張り詰める。


 俺の目の前に突きつけられた、異世界の危機。


 俺はまだ状況を理解しきれずにいた。




 「伝説の細身・直人殿。もはやあなたに頼る他ない。」


 グラドが俺に語りかけてくる。




 「いやいや、待てって。俺がどうにかできるとは限らないだろ?まだ発動条件もわかってない訳だし・・・。」


 僧侶たちは真剣な顔で俺を見つめている。


 「しかし、直人殿の力がなければ、我らはこの脅威に対抗できないのです……!」


 「おいおい、責任重大すぎるんだが……。」


 まだ迷いはあったが、俺の力が本当に役立つのならば、何かできるかもしれない。俺はゆっくりと息を吐き、僧侶たちの視線を受け止めた。


 「……とりあえず、もう少し話を聞かせてくれ。」


 グラドが静かに頷き、一歩前に出た。


 「では、改めて申し上げますぞ。現在、我々の国『鉄肉王国』は、無力の呪いによる深刻な危機に直面しておるのですぞ!」


 「無力の呪いって……さっきも聞いたが、要するにどういうことなんだ?」


 「それは、鍛えた筋肉が急激に衰え、脂肪へと変わってしまう恐ろしい呪いですぞ! すでに鍛えた肉体であっても、呪いの影響を受けると筋繊維が衰え、たるんだ身体になってしまう。 筋肉を頼る我々にとって、まさに死を意味する呪い。最初は辺境の村で発生しただけでしたが、今では主要な都市の一部にも広がりつつありますぞ。」


 「筋肉が衰えて脂肪に変わる……って、そんなにヤバいのか?」


 「直人殿、筋肉は我々にとってただの身体の一部ではなく、誇りであり、信仰そのもの! しかし、この呪いにかかれば、誇り高き筋肉はたるみ、脂肪へと変わり果ててしまうのですぞ……! それは戦えないだけではなく、我々の生きる意味そのものが否定されることを意味するのですぞ……。それこそが、我々にとって最大の試練なのですぞ!」


 俺は僧侶たちの真剣な表情を見て、呆気に取られた。


 (いやいや、鍛え上げた筋肉が急激に衰えて脂肪に変わるだけで、ここまで深刻な話になるのか……? こいつら、本気で自分の存在を否定されたような顔してるぞ……)


 その瞬間、僧侶の一人が無言で立ち上がると、近くにあった巨大な岩へと向かった。


 「これが、我々の筋肉の証です!!」


 彼は拳を握りしめると、一息に柱へ叩きつけた。


 ――ドゴォン!!


 硬い柱は一部が崩れ、粉塵が舞い上がった。


 「……すげぇ。」


 思わず俺がつぶやくと、僧侶は拳を握ったまま振り返った。


 「ですが、この呪いが広がれば、この誇り高き肉体がたるみ、戦うことすらままならなくなるのです!!」


 力強く叫ぶ彼の言葉に、俺は改めて彼らの危機感を理解し始めた。


 「……つまり、俺はその呪いに対抗するために召喚された、ってことか?」


 グラドは力強く頷いた。


 「はい。そして、直人殿のマッスルリンクこそが、その解決の鍵になると考えています。僧侶たちが持つ筋肉は呪いによって発揮しにくくなっていますが、直人殿がそれを借り受けることで、戦うことが可能なのですぞ!」


 俺はまだ事態を完全に理解できたわけではなかったが、彼らの話から、この世界にとって筋肉がどれほど重要かは分かってきた。


 だが、その時だった。


 ドォォン!!!


 轟音とともに神殿の扉が吹き飛ぶ!


 「な、なんだ!?」


 砕け散った扉の向こうから、黒い靄をまとった異形の影がゆっくりと歩み出てきた。痩せこけた体躯に、不気味な笑みを浮かべる顔。両腕の代わりに、黒い瘴気のような触手が蠢いている。


 「鉄肉神教の者どもよ……貴様らの無意味な筋肉崇拝も、ついに終焉を迎える……」


 「貴様、何者ですぞ!」


 「我が名は“無腕の闘士”アームレス・ウォリアー……無力の呪いを司る者の僕なり。」


 僧侶たちの表情が一気に硬直した。


 「なんと……この呪いの元凶の配下が現れるとは……!」


 「フフフ……長きに渡り鍛え上げられたその筋肉も、もはや何の意味も持たぬ。貴様らはもう、拳を振るうことすらできぬのだ……!」


 「ぬうっ!」


 僧侶の一人が拳を握りしめ、アームレス・ウォリアーに向かって突進した。だが――


 バシュッ!


 突然、彼の動きが止まる。


 「ぐっ……身体が……重い……!」


 彼の鍛え上げられた体躯は今までのようにゆうことを聞かない。

 それはまるで長年ポテチを貪り、コーラをかきこみ、部屋に引きこもり続けたような肉体へと変化していく。


 「フハハハ! そう、それが無力の呪いの力!我らが主より授かりし力!すでに鍛え上げられた筋肉は、この呪いにより急激に衰え、たるみ、脂肪へと変わるのだ!」


 「ぐおおっ……! 我が筋肉が……こんなにも急激に衰え、太っていくとは……!?」


 俺はその光景を見て、言葉を失った。たった今まで完璧な肉体を誇っていた僧侶が、わずか数秒のうちに異様な変化を遂げていった。筋肉がみるみる萎縮し、張り詰めていた皮膚がたるみ始める。かつて鋼のように引き締まっていた身体は、見る間に膨張し、脂肪が層を成していく。


 気づけば彼の四肢は丸太のように太くなり、腹部は異常に膨れ上がり、ついには支えきれなくなった身体が地面に転がった。まるで筋肉を失った豚のように、床に横たわるその姿を、僧侶たちは息を飲みながら見つめる。


 (筋肉が衰えて脂肪に変わるだと!? そんなの、この国の僧侶にとっては精神的に耐えられるわけがねえ……! いや、それ以前に、まるで別人みたいに太って転がるとか、戦闘どころじゃねえだろ!?)


 アームレス・ウォリアーがゆっくりと俺の方へ視線を向ける。


 「貴様は……? ふむ、その身体……鍛えられた筋肉がない。まるで意味を持たぬ軟弱な肉体……」


 「いや、勝手に軟弱扱いすんな!」


 「……だが、その力、少々興味がある。試してやろう……!」


 アームレス・ウォリアーの触手が一気に伸び、俺へと襲いかかる!


 「直人殿! 避けるのですぞ!」


 「言われなくても――うわっ!?」


 咄嗟に飛び退いたが、触手の勢いは凄まじく、俺の目の前の地面が抉れるように削り取られた。


 「ちょっ、こんなん俺が相手していいレベルじゃないだろ!?」


 「直人殿! マッスルリンクをお使いください! 今私と心を合わせ、触れあば使えるのではないですか!」


 「……マジかよ!」


 俺は僧侶の腕に手を当て、マッスルリンクと心で強く思った。


 その瞬間、俺の手に伝わってきたのは、岩のように硬く膨れ上がった筋肉。まるで鋼鉄の塊のように盛り上がった腕は、血管が浮き上がり、汗が煌めくほど張り詰めている。


 (うわ……すげぇ……というか、熱い……!そして、ねちゃっとしてる……!)


 俺の手に吸い付くような感触。いや、それだけじゃない。汗が滴り落ち、粘ついた感覚が手のひら全体に広がっていく。


 (うわああ……! なんだこれ……! まるで油を塗りたくられたかのような感触……!)


 ゴツゴツした筋肉の表面に、微妙にぬめり気のある汗が絡みつく。皮膚の奥から脈打つ血流が伝わってきて、思わず手を引きたくなる衝動に駆られる。


 (ぐっ……気持ち悪い……いや、俺が悪いんじゃない! これは状況が悪いんだ! こんな汗だくマッチョの腕に触れることになるなんて、予想できるわけねぇだろ……!)


 手のひらにじわりと広がる汗の感触に、俺は一瞬たじろいだ。グラドの逞しすぎる筋肉を直に感じることになるとは思わなかった。


 (いや、なんか……嫌な予感がする。マッスルリンクってこんなに密着するものなのか?)


 ほんの少しばかりの嫌悪感を覚えつつも、俺は覚悟を決めて力を込めた。


 ――ズンッ!!


 全身に力がみなぎる感覚。特に右腕に異様なまでの圧力を感じた。まるでそこに僧侶たちの筋肉が凝縮されたかのようだ。


 俺の右腕が脈打つように膨張し、異常なほどの重量感が生まれる。まるで自身の腕が別の存在になったかのような錯覚を覚える。見ると、皮膚の下で筋線維が蠢き、僧侶たちの鍛え上げられた筋肉が、俺の体に直接流れ込んでいるようだった。


 右腕だけ異様に分厚くなり、拳を握るだけで周囲の空気がビリビリと震えた。俺は恐る恐る腕を動かしてみるが、その動き一つで筋肉が躍動し、まるで別の生命を宿したような感触が広がる。


 「おおっ……これなら……!」


 「その力をもって、奴を撃退するのですぞ!!」


 「やってってやらぁぁ!!」


 俺はマッスルリンクで得た力を込め、アームレス・ウォリアーに向かって突進する!

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