【第一話】伝説の細身、召喚される
初投稿です。よろしくお願いします。
眩しい光が収束し、足元の魔法陣が消えていく。 目を開けた瞬間、俺は自分がまったく知らない場所に立っていることに気がついた。
広大な神殿。高い天井には巨大なシャンデリアが輝き、壁には金色の装飾が施されている。まるで神話に出てきそうな神聖な空間……なのだが。
目の前にいるのは、ブーメランパンツ姿のムキムキの僧侶たちだった。
「……は?」
まず確認したい。これは夢ではないのか? 俺は確か、普通の会社員として日々の業務に追われ、週末には家でゴロゴロしながら動画を見て過ごすという、ごく平凡な人生を送っていたはずだ。それが、どうしてこんな光景を目の当たりにしているんだ?」
思わず声が漏れる。僧侶たちは身の丈二メートル近い巨躯を持ち、全員が黒光りする筋肉を誇示するかのように仁王立ちしていた。しかも、彼らの体は単に大きいだけではなく、全身の筋肉が彫刻のように綺麗に浮き上がり、動くたびにその膨張した筋線維がきらめくのだ。まるで鍛え抜かれた神々のような姿だった。腰には申し訳程度の布、そして肩から垂れ下がる僧衣の掛け物。
いや、どこをどう見ても筋肉以外の要素が見当たらない。
そんな俺の困惑をよそに、一番前に立つ長身の男が拳を握りしめ、感動に震える声で言った。
「ついに……ついに現れましたぞ!」
「えっ、え?」
「我々が長年待ち望んだ、伝説の細身なのですぞ!!」
伝説の細身!?
何を言っているのかまったく理解できなかった。
周囲の僧侶たちも「おお……!」「まさしく伝説通りの体型……」「この細さ……まさに奇跡!」と口々に称賛の言葉を漏らしている。
俺は自分の体を見下ろした。
(いやいや、こんなのが伝説の細身ってどういうことだよ……? 俺、普通の体型だよな?)」 ……確かに、運動不足気味の俺は、ここにいるゴリゴリのマッチョどもと比べたら圧倒的に細い。
いや、それどころか普通の体型のはずなのに、僧侶たちらの目には異様なまでに細く映っているらしい。
「すばらしい……こんなにも鍛えられていない肉体を、我らは見たことがない……!」
「これこそ、神話に記された『細き者』……!」
僧侶たちが感極まって涙を流し始める。
「……えーっと? 何かの撮影現場か何かですか?」
俺は思わずそんなことを呟いてしまう。だって、どう考えても異様すぎる。この黒光りするマッチョたちの集団を前に、どうリアクションを取ればいいのか分からない。
混乱する俺の前に、先ほどの長身の男が一歩進み出た。僧侶たちは真剣な表情で拳を握り、堂々と宣言する。
「我ら『鉄肉神教』は、長きにわたりこの世界の均衡を保ってきた。しかし、今……世界には危機が迫っている!」
「き、危機……?」
「そう。我らの筋肉が通用しない存在……鍛えた筋肉を使うことさえ制限する呪いが、徐々に広がっているのだ……」
「えっ、ちょっと待って……ってどういうことだ?」
俺は異世界に召喚されたってだけでも理解が追いついていないのに、今度は筋肉信仰? しかも、俺が伝説の細身? そもそも筋肉が衰える呪いってなんだ? いや、それ以前に、目の前の黒光りする僧侶たちが涙を流しながら俺を崇めている状況が一番理解できねぇ……!
僧侶たちは拳を握りしめ、神妙な顔で頷く。
「その名も『無力の呪い』……! それに触れた者は、鍛え上げた筋肉が急激に衰え、脂肪へと変わってしまうのですぞ!」
「筋肉が衰えて脂肪に変わる呪い……? うーん、それってそんなにヤバい話なのか? いや、確かに太るのは嫌だけど、それよりもこの状況の方がよっぽどヤバくないか?」
筋肉が衰えて脂肪に変わる呪い……? それってどれくらいのスピードで進行するんだ? いや、そもそもそんな現象が現実に起こり得るのか? たった数日で鍛え抜かれた肉体がぷよぷよになるとか、まるでゲームのバッドステータスじゃないか……。
俺は自分の腹をさすりながら考える。もしこの呪いにかかったら、自分も一瞬でお腹がたるんでしまうのか? そう考えると、じわじわと恐怖が湧いてきた。
しかし、目の前の僧侶たちにとっては、それが単なる恐怖ではなく、信仰の根底を揺るがす大事件なのだろう。鍛えた肉体こそが全てというこの国で、筋肉が無力化されるというのは、存在そのものを否定されるのと同じ……。
「……いや、俺に言われても困るんだけど……」
俺は額を押さえ、なんとも言えない気持ちになった。
「これまで我らは幾度となく試練を乗り越えてきた。しかし、筋肉を封じられた我々では、それに対抗する術がない……。そこで! 伝説の細身であるお前こそが、その呪いに立ち向かう唯一の存在なのですぞ!!」
堂々とした声の主は、先ほどから俺に話しかけていた長身の僧侶――いや、もはや筋肉の塊と言っても過言ではない男だった。
そう言っているのはみた感じ高僧であり、見るからに鍛え抜かれた体躯を持つ屈強な男だ。その全身の筋肉は黒曜石のように光り、動くたびに筋線維が波打って見えるほど異様に発達している。
そんな彼が、感極まった表情で俺を見つめながら、こぶしを握りしめた。
「伝説の細身よ! お前はこの世界に選ばれた救世主! 我らが長きにわたり待ち望んだ、唯一無二の存在なのですぞ!」
「ええええええ!? ちょっと待って、話の飛躍がすごい!! 俺、普通のサラリーマンなんですけど!?」
俺はただの一般人だぞ!? 何が『伝説の細身』だ、俺は普通の体型の凡人で――
「さあ、まずは神聖なる洗礼を受けよ!!」
僧侶たちが一斉に拳を握りしめ、その黒光りする筋肉を震わせながら俺を囲んだ。その様子は、まるで儀式を前にした聖戦士たちのようだったが……。
「いや、ちょっと待て! もう少し説明を……」
俺が後ずさろうとした瞬間、一番近くにいた僧侶が俺の腕をがっちりと掴んだ。その手は岩のように硬く、びくともしない。
「説明の必要はない! これは神の意志!」
「ちょっ……おま、力強すぎる!! 痛い痛い痛い!!」
もはや抗うこともできず、俺は僧侶たちによって肩車のように担ぎ上げられ、荘厳な別室へと運ばれていった。
言うが早いか、俺は僧侶たちに囲まれながら、別の部屋へと連れて行かれた。そこには荘厳な台座があり、その上に巨大なダンベルが鎮座していた。
「このダンベルは、鉄肉神教の歴史において、誰一人として持ち上げることができなかった伝説の聖具……!言い伝えではこれを持ち上げることができるものこそ、我らの求め続ける伝説の細身!」
「え、そんなすごいものを俺が持てるわけないだろ! どうしてできると思うんだ!」
「だが、伝説の細身であるお前ならば、きっと……!」
僧侶たちの視線が一斉に俺に集中する。
仕方なく、俺は恐る恐るダンベルの取っ手に手をかけた。
すると。
軽い。異様に軽い。
「は? 軽っ……!? え、これ伝説の聖具なんだよな……?」
俺は思わず、そのままダンベルを持ち上げてしまった。
神殿が静寂に包まれる。
「……っ!!」
「な、なんとおおおおおおお!!!!!」
僧侶たちは驚愕し、絶叫した。
「まさか、本当に持ち上げることができるとは……!」
「伝説は紛れもない真実だったのですぞ……!」
その瞬間、俺の身体に電流のようなものが走り、脳内に情報が流れ込んできた。
――能力解放『マッスルリンク』
俺の頭に、ある概念が刻み込まれる。
それは――他者の筋肉を借り、自在に扱う力。
「な、なんだこれは……!」
僧侶たちが息を飲む中、俺の中に確かな力が目覚めようとしていた――。