産業基盤整備
【第一次産業復興計画】が5年の月日を経て完了すると、新しく造られた港をサレア港と名付けこのあたり一帯の平野に作られる街をサレアと呼称することが決まった。
サレア港から内陸部へ鉄道と幹線道路を整備すると津波などに備え数段高くなる場所に一区画1000人余りが住む国営団地を10区画建築し、その周囲に一定の面積に区切られた土地を内戦にて活躍した国民を中心に希望者に分配し、建造が全て終わればこの街は、2万人規模の街となる予定だ。また、ここをサレア第一区とし、住宅街の周囲を囲む道路で露店の設置を自由化し、また、様々な分野のものが販売されている大型の国営市場の建設も始まった。
この区画の建築計画は、同盟国からの機材・建材の譲渡、貸与、援助があり、5区画同時設置が可能となった。完成までは、3年の見込みだ。
内戦後9年間で、民間の建設に軍や準軍事組織の関与が不要になったため軍部の建築機材や人員を用いて、新首都の町はずれで簡易的な飛行場の建設を始めた。
工兵用の戦車を改造したブルドーザーや機甲師団の戦車にブレードを付け、地面をならし固めて滑走路とした。また、掩体壕や駐機場を整備し、整備場に簡易工場、対空砲の設置に管制塔などが造られた。こちらは、民間の助力と軍の総動員により3か月で完了した。
また、サレア港には、研究施設が作られ工場や軍港設備、内陸の飛行場などと連携して、官民両方の新技術の研究に邁進するための施設の建設が始まった。戦車や自動車などの開発用に、周囲に、試運転上も作られ科学的なものに関しても問題なく研究できるほどの設備が用意されていた。
ここで働く研究員に関しては、今まで働いてきたものと、国内で
研究活動に熱心であったり、頭脳明晰なものが集められることとなった。この研究施設は、1年で完成するとのことだった。
【サレア新首都計画】開始から3年の月日がたち飛行場と研究施設に住宅・商業区画が完成した。これにより工業・商業・住宅区画が整備されたため次に行政機能の整備と首都機能の移転と水路整備を行い農業区画の整備も計画された。
警察機能は、元民兵が担っているため、消防と病院の整備が必要だったが医療に関しても軍港や軍艦などを使用し、軍部が担っていたため優先順位は、消防>医療>警察となった。また、犯罪を犯したものを等しくさばくため司法の整備も同時に行われた。元法務関係者を雇い裁判官・弁護士・検察官とし、裁判所と議会・内閣府の建設を開始した。また、内閣府に関しては、各省庁と内閣府を合わせた建造物とした。
このころには、【第二次産業復興計画】の期間短縮により、二区画がサレアより2年早く建設が完了した。また早く終わった理由に一つに、内陸での鉱業を中心とした産業復興計画であり、港湾整備がなかったのもあった。




