ノルドー包囲戦
ノルドー前部には、川が流れており、その川には、橋が架かっていたが敵軍により破壊されていた。しかし、川はそこまで深くないので強行突破を考えたが対岸の街には、土嚢や鉄条網といった防衛陣地が築かれており、我々は、進軍を止めることとなった。
その一方で、民兵及び、貴族軍の側面からの攻撃は、有利に進んでいた。そこで、遊軍となっていたマーレイの指揮する別動隊を側面に移動し突破を支援することとなった。
マーレイが切り開いた前線から続々と側面に展開していた部隊が攻勢をかける結果として、周囲を取りかもまれる危険性を考慮した敵軍は、川岸から後退した為、主力も渡河することができた。
我々は、その後着々と町の中心の地区の外郭地区から制圧し、ついに、城壁によって守られた中心街を包囲することに成功した。
わが軍の航空隊は、上空より、5日後までに非戦闘員及び、交戦の意思のないものは、街より退避するよう通告するビラをまいた。また、その裏では、野戦砲部隊を街に向けて射撃する位置に展開した。
また、マーレイ麾下の特殊部隊員を城壁内部に夜間に侵入させ破壊工作を行った。襲撃の対象は、食料庫や弾薬庫とした。これにより、要塞の交戦能力は、数か月あったが数日間の工作活動によって著しく交戦能力は低下した。町の人々は、食料が不足することを恐れて、逃げ出す人々も出たがノルドーの首長は、逃げ出す人々をとらえるよう命令を出したようだった。そのさなかで恐るべき事件が起きた。それは最終日の夜、退避経路封鎖直前に街から一気に脱出しようとした民衆に街の守備隊が発砲したのだ。民衆には、多大な死傷者が出た。この事件は、『ノルドー大虐殺』と、言われノルドーの町では、民衆の不満が高まり、町中各地で暴動が起こった。
暴動を起こした民衆に、賛同する意見を持つ兵士達も合流し、ノルドーには、二つの勢力が存在する状態となった。
この状況で、攻撃を開始することは、私を支持する民衆に矛を向けることになると、国王陛下が攻撃開始を待つよう伝えたためこれまでのように破壊工作を続けることとした。
その破壊工作員に、ノルドーの反逆者が接触してきた。明日の早朝に、正門に攻撃を集中し、その攻撃に紛れて正門を内側から開門するとのことだった。
早速、工作員は情報を持ち帰ると、速やかに全軍は、城壁や城門に攻撃を集中した。そして、そのさなかに城門は開門した。




