6.中将たちの呼び出し
・ ・ ・ ・ ・
新兵イスラは出しゃばらない性格だし、僕もあえて目立たせないよう指揮をしていたつもりだった。
けれどやはり、他の隊の兵士達への印象は違っていたのかもしれない。それはそうだ。見慣れて忘れかけていたけど、あの容貌ではどれだけ中身が地味でも、ティルムン人の中では必然的に浮く。
「役に立ってんのかよ、あんな小僧?」
ある日の宿舎廊下にて。あまり仲のよろしくない、第六十八隊の年上三位兵士が聞いてきた。
敵を作らない主義の僕、モモイガ・モシャボが嫌われているんじゃない。原因はサミだ。変人が入営した時に一緒だったらしいが、サミの奇行のせいで散々ひどい目に遭わされたと言う。苦労の末に、ようやくサミを第六十八隊から追い出すことに成功したと、口はばからずに吹聴している人なのである。
「あんたもついてないな、モシャボ三位。でっかいでくのぼうと、子どもと、お荷物ばっかり負わされたらいつか戦死しちまうよ。隊で全滅よ」
「はぁ、おかげ様で現在は生きのびております」
いつも通り、僕は得意とする無害平和なまぬけ笑顔(要するに地顔)で受け流し対応をしようとした。その時、予備役の事務伝令らしき人が僕を呼ぶ。
「第六十三隊長モシャボ三位、基地本部へ行ってください。指揮部に呼ばれています」
・ ・ ・ ・ ・
戦線基地本部の談話室に通されて、僕は腰掛の上でもぞもぞ身じろぎする。
どこまでも日干し煉瓦の積まれた平屋建、僕ら一般兵の宿舎建物と変わり映えはしないが、平生は来ないところである。こうして特別に呼ばれでもしない限り、貴族出自の中将以上でない者は入れない場所なのだ。
一人で待たされているのをいいことに、僕は一度髪をほどいて、もう一度くくり直した。すごく緊張しているから。
やがて現れた中将たちを見て、僕は腰掛からとび上がった。とりあえず、全く知らない人達であることにはちょっとだけ安堵したけど、どうしても顔がこわばる……平和悠久であるはずの僕の顔が。呼ばれた理由が全然わからない……。サミが何かやった??
「すみませんね、貴重な休息の時間帯に呼び出してしまって。悪いことではないので、どうか楽にして下さい」
卓子の向こう側に並んで座った二人のうち、若い方の中将がごく丁寧な話し方で言う。
え、と僕は両眼をしばたたいた。
「モシャボ三位。今日はきみのところの新入兵について、内々に聞きたいところがあって来てもらったのだよ」
年輩の方も、ずいぶんと和やかな態度で僕を見ている。二人の貴族理術士には、高慢ちきなところなんてちっとも見当たらなかった。サミの方がよっぽど高飛車だ。いや、あのやしの木変人はどうしたって他の人間を見下ろすしかない背丈だから、上から以外の目線はそもそも無理なんだけど。
「こんど来た、バルボ五位のことでしょうか……?」
「うむ、何も深刻なことはないんだ。ただね、あれだけ若い新兵も珍しいから、上層部としても心配しているところがあって……。しばらくの間は定期的に、彼の状況経過を聞かせて欲しい」
――なあんだ。
要は、錬成校の飛び級制度と早期入営が本当に機能しているのかどうか、指揮部の偉い人達は確認したいらしい。なるほど!
「モシャボ三位の目から見て、バルボ五位はどうでしょう? 実際の戦線、配置地点において、第六十三隊の他の隊員たちの足手まといになっていませんか?」
細面の若い中将に聞かれ、僕はもそもそと答える。
「足手まといということは、全然ありません。ただ彼は来たばかりですし、……年齢も年齢ですから。位置的には他の隊員らの補助役として、使っています」
「理術の威力は、どうです?」
「問題ありません、攻守ともに均整がとれています。一般的な正規理術士として、十分に通用していると思います」
……なぜだかわからないが、僕はイスラについてありきたりの評価しか口にしなかった。
冗談級の威力を誇るあのイスラの風刃攻撃を、お前いったい何年戦線立ってんのとサミがぼやく程の老練な落ち着きっぷりを、どうして隊長として得意気に話さなかったのか。
中将二人はうなづき合って、僕に微笑した。
「どうもありがとう、モシャボ三位。現時点では、うまく行っているようですね」
「引き続き、気をつけてバルボ五位を観察してもらいたい。もし何か気になることがあったなら、ぜひ事務を通して連絡するようにね。小さなことでも、構いませんよ」
宿舎に帰る道すがら、僕はまたしても髪をほどいた。今度は完全に、安堵したから。
貴族階級の中将……指揮部の人々と話すなんて、僕にとっては本当に珍しい機会だ。しかも彼らは、少年兵の経過を確かめた。一般兵は上層部にとって配置地点の駒でしかないのだろうと、僕も含めて誰もがそう考えている。だから中将たちが年少のイスラの安否を心配しているのだとわかって、何だか嬉しかった。ティルムン軍の上層、指揮部の中にも、そういう温情を持った人々がいるのだ。
・ ・ ・ ・ ・
「え、長期休暇なんてあるんですか?」
いつも通り数札を並べて遊んでいるのだと思ったら、ホノボ兄弟は新兵イスラと、休みの話をしていたらしい。
開け放した第六十三隊室の扉近く、廊下の物入れの前で僕は聖樹の杖を磨いているところだった。
「へえ、十日も休めるんだぁ……。うちに帰ってもいいの? やったぁ!」
屈託のない新兵イスラの声だけが、甲高く響いてくる。返すハガティとラガティの声は、ぼそぼそと低くて聞き取れない。
「ラガティさんは、家の手伝いするの? ……むぎ刈りって何、どうやるの? ハガティさん」
そう言えばじきに休暇だな、と僕もようやく思う。明日の配置地点と時刻のちょっとだけ先に、未来が広がり見える。僕にとっては珍しい事象だ。
油をしみ込ませたぼろ布で、杖の先の部分……こぶこぶが連なったところを丁寧にこする。その三つのこぶの下段くびれ部分にはめてある、金の環を拭きかけて僕は手を止めた。
僕自身の顔がなめらかな表面に映り込んで、ぼやけた表情で見返してきていた……。ただでさえ広いおでこが、さらに悠久な広さに拡大されて見える。
――かんにんしてなー、モモイ。ぽそっと置いといたら、どっちがモモイので、俺の杖やったか、わからんくなってもうたー。は、握った感覚でわかるぅ? んなもん一緒やろ。ちゅうかそもそもが支給品やしー、おんなしや~ん? 名前書いてあるわけやなし……。あのな、この杖二本はな、おんなし一本のお母ちゃん聖樹から来た……ん~、まぁ兄弟みたいなもんやん? それを兄弟同然の俺とモモイが使うてんのや、杖どもかて嬉しいやろ! 安心するわ! ……へりくつ? ふん。ほんじゃこうしよ、これから俺らの杖は二本一緒に置いといて、かわりばんこで使えばええやん。な! ……あかんかー? ああもう、しばらくは俺が毎日手入れしとくしー、いいかげん許さんかい。こらー。
親友をなくしたあの日から、僕はこの杖を離さずに生きてきた。イスラのだったかもしれない……いいや、一緒に共有していたのだから確実にイスラのものだったこの杖を、僕は頻繁に油布で磨く。
金環の内側には紐をかたく結び込んで、絶対に他の杖とごっちゃにならないよう、注意深く保管している。……