52.モモイスラ
・ ・ ・ ・ ・
「……」
柔らかい青い光がちらつく中、僕は目を開ける。
そこに安心が見えた。
『モモイ!』
「イスラ……」
なんで泣いとるん、と笑おうとした声が……湧きおこる激痛にとりつぶされた。
「うあ、ぐは、あああッッッ」
何だ……何だ、これ! 左脚の……膝下あたりに、気ッ色わるい感覚がつめたい。
『動いたらあかん! 落ち着いて、……応急処置の術かけるんや。モモイの左の足が裂けて、出血しとるんよ……!』
イスラの青白い輝きに照らされ、僕はどうにか肘をついて、上半身をちょっとだけ起こす。
周りは真っ暗闇。イスラ以外に見えるのは、ぼんやり理術発動中の白い発光を示している聖樹の杖だけ。僕の左足は変な方向に曲がって、膝下のところで股引が裂けていた。そこが冷たい……、冗談にならないほどの痛みが、血と一緒に湧いて出ている。
「イスラ……、ここって……」
『……モモイの“百万恨み根っこ”球の壁内側。それごと俺ら、海竜にのまれた』
気が遠くなる。それでも聖樹の杖を握りしめてはみた。
「いざ来たれ 群れなし天駆ける光の粒よ、高みより……」
はぁっ……激痛の波が僕の喉を閉じさせる。詠唱が続かない。
「だめだ……イスラ。攻撃級の根っこ維持しつつ……、集中治療は、むりだ」
ちかちか、途切れがちになる意識にどうにかすがりつきつつ、僕はうめいた。再び、どすんと地べたに突っ伏してしまう。
『いや! そこんところをな、どうにかきばってふんばるんやー! モモイぃぃ!』
小技級のならともかく、僕にでっかい同士の理術重ねがけは難しい。ましてや今のこんな瀕死状態では、……ああ痛い。寝たいけど寝ちゃだめだ。“恨み根っこ”を解除して治療できればいいけど、僕と海竜体内を隔てる壁がなくなれば、それもそれで死んじゃうではないか!
『モモイ……モモイ、モモイぃ。今の俺では、身体のない俺では、理術つかわれへんのやぁぁ。頼むから! 何でもしたったるから! 今ここで、こんな風に死なんといてや……治療してなー!!』
焦りまくったイスラの泣き声が遠くなったり、近くなったりする……。ぼろぼろ落っこちる青い涙が、僕の頬をすり抜けていった。僕は全力をふりしぼって、イスラに問う。
「……イスラなら、できる……よね?」
『はい?』
「“恨み根っこ”維持しながら……集中治療。身体があったら、……できるよね?」
『あ~~……? やったことないけど。まぁ、やってみせるで? 身体さえあれば』
「じゃあ、やってみて。 僕の身体……、魂の中、入ってごらん」
どうにかこうにか呟いた僕を見つめる、イスラの目が点になった。鼻水が出ている。あおばな……。
『いや、あの……。俺はイスラ君の中にしか、入られへんて……』
「……」
突き抜けるような痛み、にじむ涙をばしばしまぶたで乱暴にはたいて、なんとか僕は言う。
「これだけイスラのことを想ってる、今の僕なら。 ……僕の魂になら、イスラが入ってくるよぶんは、絶対にあると、思うよ……うー……!」
ふがあ、もうだめだ。低くうめく僕を見て、イスラはぷるっと青く震える。
ふるえてから、僕の胸の上に覆いかぶさってきた……。
他の誰かに本当に抱きしめられる感触、と言うのを僕は知らない。孤児院にいたとき、たくさんの大人たちに抱きしめられてはいたけれど、僕はその人たちの名前を憶えていない。
≪やったー、モモイ!いっしょ進級やでぇ≫
≪へいき、平気、全ッ然だいじょぶやモモイ。このっくらいの失敗、なんでもなーい≫
≪よくやったど~、俺ら。モモイとイスラ! モモイスラや!≫
僕の名を繰り返しくりかえし呼びつつ、僕をぐうと抱きしめて、ぱっと離して、それで笑ってくれたのは……僕史上それをずっと続けてくれたのは、イスラだけだった。
今、その頃のイスラに抱きしめられる感触が、僕の中に広がる。
いいや、身体じゃない…… 僕の中、内側にある何かが、イスラに抱きしめられていた。そしてイスラはぱっと離れていかない……。ずっとずっと抱きしめたまま、そこにいる。
「いざ来たれ 群れなし天駆ける光の粒よ、高みより高みよりいざ集え」
僕の声が聞こえる。けれど僕の喉を使い詠唱しているのは、力強い底力で術の発動を押し上げているのは、僕自身ではない。
「集い来たりて 我が生命を、その癒しにて此処に押しとどめん。我が生命を、その天命のもとに押しとどめんッッ」
横になったまま左手がぐぐっと握った聖樹の杖、こぶこぶ中央からかッと白い光が流れ出た。
どこからやって来るのか、……僕らを救い護り、励ましてくれるあの無数の白い光の粒がそこらじゅうにあふれる。光の奔流が、僕の視界と身体を包み込んだ……。僕のすべてを、やさしく力強く抱きしめている存在ごと。
「……」
光がすういと弱まってどこかへ去る。それとともに僕の左脚から激痛が遠のいて、……やがてそれも去っていった。
『……どや?』
「イスラ。……今、どこにいるん」
僕のまわりは真っ暗闇。大きく上下する胸の上にのせた聖樹の杖、先頭こぶこぶだけがぼんやり白く発光していて、イスラの青い輝きはどこにも見えない。
『モモイん中。モモイが言うたとおり、はいれた』
「さっすが、イスラ」
僕らは笑った。ひとつの身体、僕の身体を使って、一緒に微笑した。
『さすがなんは、モモイやろ? 眠りもせんと全部わかりつつ、俺に場所あけてくれるて……。どんだけ、たましい広いねん』
……イスラが新兵の魂に入った時、少年の意識は瞬時ねむって、だから何が起こっていたのか彼は知らないはずだった。けれど僕は覚めていて、身体の奥深い内側にイスラの存在をしっかり感じている。この場所が、たぶんイリー人や東部ブリージ系が言うところの≪魂≫……なのだろう。僕の僕自身としての核、僕の心は、イスラの心と一緒にそこにいた。
「そんだけ、イスラが好きなんやねんか」
胸の上の左手がふいに杖を放して、そろそろっと右手の上にのっかった。僕は、……僕も右手を杖から離して、青くぼんやり光りはじめたその左手を握り返す。
つなぎ結ばれた両手のなかで、僕ら二人は、ひとつになれた。




