40.鎮まらない威力の源
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「何や、面倒な話きいたね……。大丈夫かい、イスラ?」
『うん』
翌日の夕方、ようやくひと気のない荒野にひとり歩き。僕とイスラはまともに話すことができた。
やはり戦線生活では、身体をなくした親友と気ままに話すのは難しい。他人にイスラの声は聞こえないのだから、僕ははたから見たら、ぶつぶつ独り言を言っている危ない輩としか思われないだろう。
それにイスラの声を聞くために、気合と熱のこもりまくった詠唱声調で「イスラ~~」と呼ぶのを、誰かに聞かれてはまずい。
囁き声であっても危険だ。新兵イスラと僕ら第六十三隊員が、指揮部に勘繰られているとわかった今は特に。第一、新兵本人に聞かれたら非常にやっかいな事態になりそうだ……。ああ、個人の尊重なき五人一室……。
イスラの気配は、常に僕のそばにあった。
何となく温かいもやもやが、髪をくくったすぐ下のうなじや肩、手のところに感じられるから、そこにいるなとわかる。
それにイスラ自身は僕の言うことも、他人の言っていることも全部聞いてわかっている。僕が見聞したことは、ほぼ全部イスラも経験して共有している。あとから説明する手間は省けた。
『……俺、はりきり過ぎた。もともと優秀なイスラ君の身体にのりうつって、全力の風刃攻撃、やたらかましてもうた……。これから控えるわ。ごめん、モモイ』
「僕も調子にのり過ぎたよ。イスラが謝ることないんだ」
乾いた浜草のまじる砂っぽい荒地を、僕らはゆっくり、黙々と進む。
「……お互い、また会えたのが嬉しすぎて。力出しまくっちゃったよね」
『……うん。せやな、……』
イスラは何だか、歯切れ悪く答えた。その先いろいろ言いたいことがある、けれど僕にはっきり言えないでいる。そんな感じだ。
『……でも。でっかい兄やんの威力増しはわかるな。エネイラ義姉やんのこと、改めてぎっちり好きになってるから、それで調子もええんや。正規理術士としては偏ってるけど、かたよったなりに攻撃きわめてんのやから、結局は優秀な人やで』
変人と天才は布一重かもしれない。その辺は僕も同意する。
毎日毎日、全力の攻撃を連打して、それでなおかつ大事な女性への想いを失わずに維持できているサミの持久力耐久力は、とんでもないのだ……きっと。そういう活力を、変人はいったいどこから供給しているのだろう?
『それにー……。兄やんの場合は人妻やけど、女の人を好いとんのやから。万が一指揮部にばれても、除隊ってことにはならへんよ。たぶん』
「うん。それもそうだ」
倫理的にどうなのかは置いておいて、実際一緒にならない限り、サミはエネイラさんを想っても罪にも何にもならないはずなのだ。今まで通り規格外理術士として、定年まで兵役を続けられるだろう。……まあ、他に何かどえらい失態でもしでかさなければ、の話だけど。
『兄やん、あれでけっこう良えやつやな。また次の休暇も、婆ちゃんとこに一緒に行けるとええな』
ふふふ、と僕は笑う。
「……あんまり世話やきたくないけどね。僕はイスラと一緒なだけがええよ」
答えが返ってこない。あれ、引いた?
「うそうそ、また皆で一緒に行こう。半年後」
『……あの、な。モモイ』
うなじの後ろで、もぞもぞと低い囁き声がする。
『俺って。学校にいた時から、偉い人に目ぇ付けられてたんやろか……?』
僕も唇をかたく結んだ。
「今の新兵イスラみたいに、ってことかい?」
『うん。たとえばあの日のことがなくって、俺が生身の正規理術士として戦線に来てたなら。偉い人達は俺のことを、つっついて回ったんやろか』
いかにも異民族の風貌に、誰もの上をゆく理術の才能。どうしたって、目は付けられていただろう。
「……教官たちに何か変なこと言われたりとか、したん?」
『いや、特にはないぞ。んー……ただな、学校の先生らと言うたら、逆に……』
「?」
『なんでいつも、希望が通るんかなとは思っとったけど』
十歳の時に東区の第四錬成校に入って以来、僕とイスラはずっと仲が良かった。同い年だから級が同じなのは当たり前だけど、小分けになって郊外活動や実習に出る時も、常に同じ班だった。
『俺はモモイと一緒やったら楽しいなー、とぼんやり思っとったけど、別に先生らに直接希望言ったりしたことはない。それやのに、何でかいっつも同じ班の割り振りやってんか? 成績ええから、その辺へのご褒美なんかなと当時は単純に喜んでてんけど……。あれって、えこひいきやったんかな?』
「ああ……。そういえば、そうやったね。けどそれは、僕の成績の伸び具合で説明がつくよ」
初め、僕は全ての教科においてあんまり出来ない子だった。けれどイスラと友達になったあたりから、学科も実技も教養でも少しずつ取れる点が増えて行って、まんべんなく及第点をもらえるようになったのである。
「進級できるかどうかも危なかった僕が、優等生のイスラといることで安定したんやから。先生たちとしては、組ませておけば僕が落ちこぼれなくって良い、と思ってたんとちがうかな?」
『うーむ……』
納得いかなさげな声である。
「……それに、僕から見たら担当の先生たち皆、優しい人ばっかりやった気がするけど。イスラの粗さがししてた感じは、全然なかったな」
『……』
こぶしにものを言わせるらしいイリーの騎士団と違い、理術士は脳みそ耐久力の問われる兵士だ。頭ごなしに怒ったり、体罰でもって育てるやり方というのはとうの昔に滅びている。理不尽な怒られ方をした記憶はないし、感情にまかせて生徒を罰する先生も見たことはなかった。
……だからイスラの何となく不安そうな態度は、不思議だった。イスラが心配性なのは、やっぱりずっと変わらない……。小さなことが引っ掛かり続ける性格なのだ。
『……とにかくイスラ君の身体を借りるんはやめて、当分はおとなしゅうしとく。モモイがあらん疑いを引っかけられて、除隊追放にでもなったらおしまいやもん……』
「なったらなったで、イスラとどこか遠くへ行くだけさ」
『はぁッッ!? 何言うねん、モモイッ』
あはは、と僕は明るく笑った。
長いあいだ目の前の未来しか見てこなかった僕には、そういう遠い先の不吉な≪もしも≫は、あまり不安材料にならない。想像しにくいから効かないのだ。もっと現実的に迫ってきてから慌ててもいいんじゃないの、と切り捨てられる。
僕は左右の手を首の両脇にかざして、その辺りにわだかまっている温かさに触れた。
『ぎゃはッ、いきなりモミモミすんなや! こそばゆいぞうー』
機嫌をなおしたイスラの声が笑う。
「イスラ、ついてくるかい? 僕が追放されちゃったら」
『あったり前やろー、一人にしとけるかい! ……ま、モモイと一緒やったら、どこ行ったって楽しいわな』
「そうそう。……冷えてきたし、そろそろ室に戻ろうか。本の続き読もうよ」
『読もう読もう!』
夕闇に吞まれかける紫がかった藍色の空の下を、風に追い立てられるようにしながら、僕らは宿舎へ足を向けた。
首から肩まわりがぐるりと温かい、なんだか大きな毛織首巻きがふかふかしているような感覚がする。……そしてうなじの一点その箇所に、特にやさしい温もりが押しあてられているのがわかった。
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あっという間に、ひと月ほどが経った。
その間、新兵イスラとホノボ兄弟の理術はそれぞれ少々、威力を落とした。
……と言っても秀でているのには変わりはない。少年はきれきれな青き風刃を≪敵≫にぶち当てて切り刻む。ハガティとラガティのかたい防御は、今日も海竜の突進を余裕ではね返している。
けれど三人とも、家族と過ごした休暇の余韻が薄れて、通常仕様に戻っていた。
「朱き春雷となれぇぇ」
サミだけは、あからさまに派手にびかびか雷を落としている。けれど軍内に広く行きわたった変人評価のおかげで、改めておかしいと言い立てる者はいないようだった。もともとおかしいサミが多少変異したところで、誰も目新しいとは思わないのだろう。
「百と千の根となりて……憎く悪しき敵の核を貫け」
僕は今までの僕らしく、防御中心に展開する。……と見せかけて、サミと新兵イスラの痛めつけた海竜に水面下でとどめを刺すべく、黒い“恨み根っこ”の特大釘を下側からだけぶすぶすぶすと打ち込んでいた。
本来なら待ち受けるだけの罠が積極的に飛びかかってくるという、実に根暗でいやらしい攻撃である。
こういう展開をすることに、僕は何の迷いも疑いも持たなかった。むしろ、ぶつけようのない指揮部への怒りを海竜にぶつけて、多少すっきりしている。
休暇中に親友イスラと再会できたことは、奇跡みたいな幸運だったと思う。一方で、こんなに大切な友人を奪っていった≪敵≫に対する憎しみは、僕の中でずっと静かに燃え盛っている。
言葉にできない、その僕の黒ぐろとした怒りを反映してか、はたから見ても根っこはさえざえと暗黒色だった。
「いざ来たれ 群れなし天駆ける光の粒よ、高みより高みよりいざ集え」
イスラの存在を肩やうなじや手の甲に感じながら詠唱をすると、声調に気合がみなぎり過ぎて、抑えるのに苦労した。
イスラがそこにいるという喜びと、イスラを見えない人以外のものに変えてしまった海竜たちへの怒りが僕の中で拮抗して、ぎりぎりの均衡を保っている。
「百と千の、根となりて……!!」
休暇の終わりから、こんなに時間が経ったと言うのに。
僕の理術の威力は、何をどうしても鎮まることがなかった。




