39.サミ的思考、崇めたてまつれ
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「胸くそ悪すぎや。あのあほうども、清廉潔白なるこのサミに、あんないやらしい言いがかりつけよるなんてッッ」
一般宿舎の裏側にさしかかった辺りで、サミが言う。僕らはそのままずんずん歩き続けて、ひと気のない夕方の荒野へ立ち入ってゆく。赤みがかった暮れ時の空が重々しかった。
他の隊の人間に、……いや。誰にも聞かれたくない話を、変人副隊長としなければいけない。僕もわかっていたから、あたりをさりげなく見回しつつ歩く。
「そんな想像するっちゅうことは、あやつらこそおぞましき背徳願望もってるのかもしれんぞ。おいこらモモ君、これからはわらべ周辺によう目を配って、指揮部のおえらい害虫どもにさらわれんよう気をつけなあかんでッ」
ぎりぎり怒り狂いながら、変人は鼻息あらく言う。その様子を見て、僕は何とか冷静になろうと、自分の怒りを脇にやろうとしている。難しいが。
「他の隊や部外の人が、ホノボ兄弟の警護を押しのけて、裏でそういうことできるとは思わないけどね」
休暇前に新兵イスラが受けていたいびり行為……恐らく特定の人間が続けていた陰湿な嫌がらせ……は、今ではもうなくなっていた。
けれど外見や年齢をねたにして、少年に意地の悪い冗談からかいを投げてくる輩は後を絶たない。新兵自身はさらっと流して気にする風もないが、少年の横にいてそう言った侮辱をしりぞけているハガティとラガティは、逐一僕に報告していた。
「い~や! 支配階級の特権を、ここぞと使ってくるやもしれん。いやらしき貴族根性をなめたらあかん!」
「貴族本人が言うなッ」
と言うか、今回二人の中将がしごく穏やかに質してきたのは、実はサミのおかげだ。
戦線配備で出来の悪い三位とは言え、ど金持ちの名門貴族クイ=シンボ家に配慮して、こんな対応をしたのだろう。変人が庶民出自だったら、もっと決めつけるような詰問を僕らは受けていたのではないだろうか?
「……。まぁ僕らも、休暇が楽しすぎて調子に乗ってた、というのはあるよ。これからはもう少し、目立たないような術連携にしよう」
「うちも、地味にしなあかんか?」
「サミはそのまんまでいい。花形は目立ってなんぼ」
「ふっ、そうやな。さすがモモ君、うちの良さをようわかっとる……。わらべの攻撃がかすむよう、ど派手に春雷かましたるわい」
僕はサミを見上げた。
「けど、サミも変わったね? 年下のイスラのこと、守ってやらなきゃと思うのかい」
「ふん、そらそうや。この先もあの婆やんの下宿に世話になるのやし、せいぜい孫には恩を売って、頼れる上司でいないとなッ」
そこかよッ! 腹黒きサミの計算根性に、僕はがくりとうなだれた。
「お婆や! エネイラや! 素晴らしきうちの次回休暇を、とくと待ち受けるがええッッ」
沈みかける夕陽に向かって、変人はびりびり気合を吐いている……。言ってる中身は純粋なのに、呪詛か何かに聞こえる。気色わるい。
と言うより、そもそもサミはおかしい。正規理術士は恋情を持たないはずなのに、長いことエネイラさんを想ったまま、あの威力の攻撃を放ち続けているのだ。本人曰く、横取りするはずのない純な想いだからなのか、何なのか。この事実を指揮部が知ったら、サミも除隊になるのだろうか?
「……あとなあ、モモ君。老害たちが最後に言いかけたこと、……何や引っ掛からんかったか?」
「ああ……ティルムン人じゃない、外国の血が濃い理術士は、どうとかって話?」
それこそ言いがかりだよ、と鼻で笑い飛ばそうとしたら、やしの木変人はまじめな顔をしていた。
「ほれ、定年になったクスボのおっさんが前に言っとったやん……。憶えてへんか? キヴァンの理術士の話」
「はぁっ!? 何それッ」
僕のぎょっくりした声に、かえってサミの方がびっくりしたらしい。
「えっ……!? あ、ごめん。クスボと違うて、第六十八隊にいた頃に他のおっさんから聞いたんやったかも~……。とにかくな、うちらのちょい上くらい前の世代に、キヴァン出自の理術士が居ったんやって。顔じゅういっぱいほくろつけて、色みの濃ゆーい肌と、銀色の髪やったんやと」
「へええっ」
好奇心まる出しで、僕は声を上げた。“白き沙漠”の向こう、イリー世界の北側に広がる険しい山岳地帯に住む人々だ。東部ブリージ系と同様に謎に包まれた人々で、イリー諸国とは多少交易があるらしいが、僕はもちろんお目にかかったことはない。ほとんどのティルムン人が、会ったこともないはずだ。
「強かったのかな? ……待って、居ったってことは……」
「せや、居なくなってもうたんや。おっそろしく優秀だったらしいけどな、……上司だか同僚だかを好いてんのがばれてもうて。軍どころか、ティルムン追い出されたちゅう話」
「……」
「そういう前例が、ひょっとしたらちょいちょいあったんのと違うか? だから指揮部のやつら、外国人っぽい理術士がおると、目ぇ付けてんのやもしれんぞ」
サミの言葉に、僕はすーっと血の気の引く思いがする。……外国人の血が濃い理術士……。目を、つけて……。
「……イスラにも、はじめっからそういう見方をしてたかもしれない、ってことかい」
それを、年少の飛び級新兵がちゃんとやって行けているのか、温かい目で見守っているのだとばかり思っていた僕。自分のお人好しさに、改めて溜息が出る。
「優秀なやつは特に、でないの。ほいで誰ぞ男に惚れとったり、惚れられたったりな証拠つかんだら秒で追放、と」
僕のうなじで、温もりがかすかに震えた。
「……上のすることは、わけわからんよな。ティルムンの法に反する罪人ちゅう取り方はわかるけど、追放されたんは優秀な理術士やったんやで? こんだけ人手不足なのに、使える人間のあらをわざわざ探し出して、削るっちゅう方針は頭わるすぎや。うちが将軍ならなー、何をどうでも隠し通せとよくよく説教して、しこたまこき使ってから早期退職させるな!」
「それもそれで黒いぞ」
「使えるもんは使わな損やん。けど……どうにもけったいな話や。むしろ、なあなあで目をつぶりそうなもんやのに……。何ぞ他に、都合のわるい理由でもあるんかいな?」
サミと一緒に触角を……ちがった、頭をひねったけれど、僕にはさっぱりわからない。
でも、うなじの辺りにいる見えないイスラの動揺はわかっていた。僕は髪をくくり直すふりをして、その辺の温かいもやもやをなでる。
「それになあ。こんな旧い法規、いいかげん時代にあわせて変えるなりほかすなり、しないとあかん。べっっつに、誰がだれ好きやったって構へんやん? 当人まじめやったらな? それを病人よばわりしよったり、子どもできひんから男どうし女どうしはつき合うたらあかん、て……。あほくさ、理由になってへん。その線で言うたら、子持ちだんな持ちのエネイラを大事にお守りみたいに想ってるうちは、無産不毛の大罪人になるんやないかい。冗談やないで! 毛ならふさふさ、ようけあるわ!」
「声がでかいよ、サミ……」
近くに人はいないが……。念のため、僕は変人をたしなめた。ぷー、とサミは高いところで溜息をつく。
「ほんとに、なー。何で皆わからへんかな? ながい人生、損得ぬきで大事に想える誰かに出会えたっちゅうそのこと自体が、冗談級の奇跡なんや。生殖性欲とまじめ顔でぬかす前に、その幸運を崇めたてまつるがええんや」
地響きのような低音気っ色わる声で伝わってきた言葉に、僕はぞくぞく寒気をおぼえたが、その中身にはなかなか納得している。
「はっ。そういやモモ君も、休暇のあとにやたら術の威力上がってるでないの。もしや好いた女子でもできて、それではりきってるのかえ?」
「なわけないだろ」
こーん!
夕食開始を知らせる鐘の音が、宿舎から響いてくる。
とたん大いなる食欲が全ての疑惑を押しやる……。僕らはそそくさと向きを変え、空腹の征伐にむかって早足で歩き出した。




