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26.パンダル君の秘密の事情

 

・ ・ ・ ・ ・



 白河の土手にさしかかった時、僕はおやっと思った。


 棕櫚しゅろの木々の間に置かれた長床几ながしょうぎの一つに、見覚えのある人影が座っている。


 視線を感じたのか、パンダル君は顔を上げて通りかかる僕を見る。手元の本をさらっとまとめて立ち上がり、僕に手を振ってきた。



「こんにちは、モモイさん! 昨日はごちそう様でした。お散歩ですか?」


「いえ、僕のほうこそたくさん教えてもらって。 ……今日は一人ですか?」



 ゆで卵のような、ロラン君の姿が見当たらない。二人が離れているのを見るのは、これが初めてだ。



「ええ……。彼は今、集中して小論文を書いているので、私は邪魔をしたくなくて。一人でへやに置いてきました」



 パンダル君は、ちょっとどきりとするような優雅な身のこなしと手振りで、僕に長床几ながしょうぎを示した。


 それに誘導される形で、僕はごく自然に座る。川風が通って、涼しいところだ。パンダル君も横にかけた。 ……そしてあれ、と思う。“一人でへやに置いてくる”?


 ほんの小さな引っ掛かりだったけれど、パンダル君はやはり機敏に察知した。ちょっとだけ照れたような、決まり悪げな苦笑をして、静かに言う。



「……相部屋なもので。こういう場合は、互いに一人の空間を譲り合うことにしているんです」



 僕はびっくりした。あの下宿は、全室が単身用のへやばかりのはずだ。一人でもけっこう狭いなと感じるあの中に、パンダル君とロラン君は寝台を二つ詰め込んで起居している、と言うのだろうか!?



「そ、そうだったんですか……。あ、でも僕も勤め先では大部屋住まいなんですよ。五人一室なので、よくわかります」



――はッ! この辺も軍機密か、言っちゃいけないのだっけ!?



 言ってしまってから僕はきもを冷やしたが、とくに言呪戒ごじゅげ発動の対象ではなかったらしい。僕は死ななかった、ほっとする。



「ご、五人ッ! それは大変ですねっ?」



 しかし、今度はパンダル君の方が大いに驚いた。賢そうな瞳に、本物の同情をのせて僕にうなづいている。



「……実は。私とロランとは、一人分の留学費用でこちらティルムンに来ているもので……。学費と本以外のところは、どうしても切り詰める必要があるんです」



 パンダル君は低い声で、僕に事情を話した。わかりやすい話ではなかった……。表立ってはっきり言えない内容を、暗に匂わせるような表現で伝えてきた。それを僕が理解したところでは、こうなる。


 ……たぶん貴族のパンダル君は、その身分特権で遠くティルムンへ文学留学をすることができた。


 しかし一人で来るのは絶対に嫌だった。自分と同じく文士をこころざしているのに、私費留学できるほどの経済的余裕がないという理由で、庶民出自の親友ロラン君がティルムンで学ぶ夢を諦めるのに耐えられなかったのだ。


 そこでパンダル君は、国の偉い人々にも家族にも内緒で、ロラン君をこっそり一緒にティルムンへ連れて来たのである。なんと自分一人分の手当で、二人分をまかなってしまおうと言う曲芸的節約に挑んでいるのだ!



「目付役のディルトだけが、実情を知っているのですけどね。あれが何も言わずにいてくれれば、私とロランがこうしていることは故郷くににはばれませんし……。ディルトに頭が上がらないのは、そういうわけなのです」



 うれえたような端正な顔に、多少のはにかみを混ぜて語るパンダル君を、僕は何も言えないままに見つめていた。平らかに打ち明けられたけど、これってものすごいことではなかろうか。



「……本当に、仲が良いんですね。同じこころざしを、持っていて……!」


「私はロランのことを、尊敬しているんです。少々主張は弱いけれど、ものごとを広く大きく、偏らない公正な目で見ることのできる人間です。私自身は強く意見を進めていけるけれど、どうしても視野が狭くなりがちなので……。彼と一緒にいると、学ぶことが本当にたくさんあります」


「うらやましいです」


「……?」


「……僕にも、大切な親友がいました。でも事故で、なくしてしまって」



 パンダル君は眉根を寄せて、まなざしをかげらせた。



「何てことだ。お気の毒に」


「もう、だいぶ前のことなんです。けど僕は、今でもずうっと彼に会いたくて」



 イリー文学青年は、栗色の巻き毛を揺らしてうなづいた。


 ただの直観ではあるけれど、彼にならば話しても大丈夫だろう、と思う。さっき僕に留学の内情を教えたのは、だいぶお腹を割ってくれている証拠だ。遠方で働くティルムン人の僕を、全く縁故のない人間……あまりに自分と異なるがゆえに安全、とみなしているのかもしれない。それは僕から彼を見ても、同じことだ。



「……なので。こんなことを言うと、どうかしていると思われるかもしれませんが……。死んだ親友がまたかえって来てくれないか、と考えちゃうんですよ……。それで……」



 うまく言いつなげられない僕を見ていたパンダル君の瞳が、きらきらっと輝いた。



「ああ! もしや、それであの本、『魂の再来』に興味を持たれたのですか!?」



 さすが、頭の良い人は話が早い。先回りをしてずばりと言い当ててくれたパンダル君に、僕は胸の内で感謝をした。



「そうなんです! ……けど正直、あの本の内容は全然よくわかりませんでした……」



 人は死んだらそれでおしまい、と考えるティルムン人の感覚と異なり、イリーでは身体とは別の≪たましい≫なるものがある、ということまでは何とか理解した。けれどそれが一体いかなるもので、どう機能するのかさっぱりわからない……と、僕はパンダル君に白状した。



――イリーでは、人間は死んだら別のものに変化することがあるのだろうか……。そう、今のイスラみたいに?



 真剣に僕の話を聞いていたパンダル君は、やがて力強く言った。



「安心してください、モモイさん。実は我々イリー人にも、その辺をきちんと説明できる人はいないのです。要するに皆、なあなあでたましいを語っているに過ぎません!」



 ずどーん、と胸に響くどや声! およびどや顔!



「えええッ??」

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