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24.露台をのぼって、会いに来たよ

 

・ ・ ・ ・ ・



 こつ、こつ、こつ……。


 何かを……、かたいものを指で叩いているような、小さな音がする。


 薄い暗闇の寝台の中、くるまっていた毛布の中からもぞついて頭を出しても、僕には何も見えない。


 こつ、こつ……。


 しかし音は続いている。


 鳥か何かが窓辺にいるのだろうか。僕は寝ぼけまなこで上体を起こし、そちらを見る。ほのかな明るみが、窓にはめ込まれた鎧戸よろいど板のすきま線を通って、へやに差し込んでいる。



「モモイ、俺や」



 囁き声がそこから聞こえた気がして、僕は次の瞬間、寝床からとび出した。


 そうっと鎧戸の板を外す、……。



「早くにすまんのー」


「……!」



 僕は思わず、板を取り落としそうになる。窓枠の外に新兵イスラの顔が笑っていた。


 ……いや違う。この笑い方は、親友イスラ・・・・・の方だ!


 慌てて鎧戸板を床に置き、さしのべられた手を引っ張る。ずるん、と入りこんで来たイスラは、すたりと床の上に立った。



「意外とせまいな、ここんちの窓……。イスラ君がほそみで助かった。でぶちゃんやったら、つっかえたぞ」



 ぼそぼそ声だが、相変わらずの早口。



「イスラ……どうやって……」


「あー、“くものぼり”の小技使つこうてん。モモイが本の中のねた・・実践しとるから、俺もまねしてみた。会うんに人目をはばかる時は、露台からゆくべし、とな……」


「露台なんてないよ、ここ!」



 ふいと窓の外を見やって、僕はひやりとする。二階ではあるけれど、地面との間をへだてるものが何にもない。足場もないところなのに!



「しー、声でかい。心配するなや、モモイ。俺かてイスラ君のとうとい身体には、気ぃまわしとるわ。大事にお借りしとるのやからなー」


「借りる……って……?」



 僕に構わず、イスラはするりと寝台の上に腰を下ろす。



「いざ来たれ 群れなし天駆あまがける光の粒よ、高みより高みよりいざつどえ 来たりて我がごんをまもる厚き不可透みえずの壁となれ。 また来たりて照らすほむらとなれ」



 そしてすさまじい早口で、“音ふせぎ”と“火着け”の小技を連続詠唱する。小卓上の蜜蝋みつろうに炎がぷりッと復活して、暗いへやの中にイスラの笑顔がはっきりと浮かび上がった。



「そこ窓閉めてな、モモイ。うん。ほいで、このまかふしぎな現象の話しよかー」


「摩訶不思議本人が言うの?」


「まぁ聞け。じつは俺にも全ー然、わからへんことばっかりなんよ。俺は確かに十四年前、北海岸でしんでしまったのだが……。となり、かけへん?」



 僕はイスラの隣に、どすんと腰かける。



「身体はなくしてもうた。しかし何でか、俺はモモイのそばにいることができてん!」



 口を開け眉根を寄せ、目をばちばちさせて、僕は全身全力で疑問符を表現してみる。



「せやし、ずーっと話しかけたりしててんけど……。モモイ、ぜんぜん聞こえへんかったやろ?」


「……」



 僕の目に、……いや、誰の目にも見えず、誰の耳にも聞かれない存在になってしまったイスラは、とりあえずだいたい・・・・僕の周辺にいたらしい。


 疲れることも、眠ることもなくなった。自分自身の身体はなくなってしまって、音や匂いはわかるものの、ものに触れて動かすこともままならない。お腹も減らない、ただ在る・・だけになった、とイスラは言う。



「……ちょっと、待ってっ」



 もしゃもしゃにもつれた寝起きの髪をうしろにまとめてくくりながら、僕は猛然と状況をのみ込もうとする。



「じゃあ……しょっちゅう夢の中で、ぺらぺら喋ってたんは! あれやっぱ、イスラやったんかッ」


「何や。聞こえてたんなら、合いの手なり突込みなり、入れてくれたらよかったのに」


「夢ん中で、どうやって突込みいれるのッ」


「うむ、確かにそれは難易度が高いな。ほいで、何でこうやってしゃべれるようになったか言うとー」



 新兵イニーシュラ・バルボが入営した時、僕の後ろにいたイスラは、僕同様にぶったまげたのだと言う。


 見えないのを良いことに、在りし日の自分そっくりの少年の顔かたちをじろじろ眺めまわし、ぐぐっと近寄ってみた。



「その瞬間にな、……入れちゃったんよ」


「何に?」


「イスラ君の中に、や。生きてた時みたいに身体があって、声だせて、色んなもんにさわれるっちゅーねん、何やなこれ!? ほいでー、そのあとすぐに緊急総配備。声も出せるんやし当然理術の詠唱もできるやろ、って試してみたら案の定や。あとはモモイも、見たろが?」



 僕はうなづいた。



「けどな、ずーっと入りっぱなしってのは出来ひんねん。長くいてると、どうもイスラ君の身体に負担がかかるっぽいしな。ちょろッと入ってすぐに出てー、ゆうのを繰り返しとる」


「……何でもっと早くに、教えてくれなかったの!」


「……」



 自分でも、ちょっと驚くほどきつめの声が出た。黒い瞳を大きく見開いて、唇を引き結んだイスラのその顔を見て、僕ははっとする。


 ばか、と思う。十四年前も、僕はイスラにこの顔をされるのが嫌だった。怖かった。突込み以上の非難の声をあげてしまって、イスラのぺらぺらが静かになってしまったのを、いつだって後悔していたのに……。ほんとに後悔役立たず、と言うか理術士を、三位さんみを何年やってるんだろう。大人になっているのに、子どもの時の失敗を繰り返しているなんて……それもイスラ相手に。



「……ごめん。戦線にいたら、こうやって一対一で話せる機会なんて、ほとんどないよね」



 僕は慌てて狼狽うろたえて、もぞもぞとかっこわるい言い訳をする。


 それに、考えてみればずうっと話しかけてくれていたのはイスラだ。それを僕は、夢の中でうつつに聞くしかできなかった。これまでの十四年間、歯がゆい思いをしてきたのは親友のはずである。



「ごめん。イスラ」


「ええねん」


「……会いたかったんだ、イスラに」



 親友はふいとさみしげに笑って、話し続けた。


 この奇妙な身体の拝借は、今のところ新兵イスラとしかできない。そして新兵イスラには、借りている間の記憶はまったく残らないらしかった。他の人間と新兵イスラ、一体何の違いでそうなるのか、イスラには全くわからないと言う。



「身体を借りてなくっても、イスラの声がいつでも僕にわかるといいんだけどなぁ」


「せやな。俺も果てしなくぼけてるだけでは、疲れん言うても気持ちが折れそうになるで。突込み相方のモモイが必要や!」


「……何か、方法はないのかな。本屋で調べてわかる分野かなぁ……?」


「うーん。それもあるけど、ほれ……あのイリーの留学にいやん達。あの人らに、向こうの世界では人間死んだらどうなるんか、話きいてみたったらどうや? 俺みたいになることって、あるのやろかと」


「え!」


「忘れんなよ、モモイ。俺のお母ちゃんはイリー人で、東部ブリージ系の血も入っとった。どうにも、その辺のの血がな? 今の俺に、関係してきてる気がするんよ……」


「そっか、なるほど」



 どこか遠くで、雄鶏の鳴く声がした。



「む、夜明けやな。帰ってイスラ君を、牛乳屋にやらんといかん」


「牛乳ぅ?」



 寝台縁から立ち上がり、窓辺へと歩くイスラに僕はまぬけっぽく応えた。実際まぬけな僕ではあるが。



「せや。イスラ君はうちに居る時、一家の朝の牛乳をお店に取りに行く役目らしい。このまま牛乳を持ち帰れば、ここへ来てモモイに会っとったとは誰にもばれへんで。ふふふ……この辺も推理小説の受け売りや……」



 そう言って笑うたくらみ顔が、ほんとに懐かしかった。



「……やっぱり、秘密にしといた方が良いんかな。イスラのこと」


「うん……。何がどうなっとるんか、はっきりわからんうちは、そうしとこ? ほなまたな、モモイ」


「待った」



 鎧戸板を外しかけたイスラに、僕は声をかける。



「?」


「そのう、せっかくの再会やったんやし。ぐうと抱きしめても、ええかな?」


「……。いいんでないのか。モモイとイスラ、感動の再会やもんな」




 そこで僕らは、ぎゅうと抱擁をかわす。



 ものすごく変な感じがした。十四年前のイスラは僕よりちょっと背が高くて、体格だって良かった。自分ばかりが図体ずうたいを大きくして、ひとまわり小さな少年を上から抱きしめてるの図は、思い出の中の≪イスラと僕≫とは……ちょっと……かなり、全然ちがう。



「おひげがいたたー」



 くぐもったうめき声、その言い方がつぼ・・に入って、僕はぶはッと噴く。


 それでイスラは“くものぼり”の術を使い、狭い窓からするっと出た。ぺたぺたべたた、四肢を石壁に貼り付けるようにして、さかさか下りてゆく。まさに蜘蛛。


 そうしてあっという間に地上へ這い下がり、そこから僕にひらっと手を振ると、イスラは素早く門の方へ走ってゆく。見えなくなった。


 開け放った窓から四角く曙光を浴びて、流れ入る夜明けの風に頬を冷やさせる。


 ……ようやく僕は、涙を目じりににじませた。うれしかった。



――僕の親友イスラが、かえってきた。



 どういうことなのかさっぱりわからないままだけど、とにかくイスラは僕に会いに来てくれた。僕を忘れてなんか、いなかった。


 どころかイスラは、僕とずうっと一緒にいてくれたのだ。




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