23.変人をつつく
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新兵イスラにしか見えなくなった少年は、下宿の厨房でお婆さんとひとしきり喋った後、両親の待つ家に帰ってしまったらしい。
左耳から入りこむサミの競犬武勇伝を右耳に排出しつつ、僕は自室で待っていたのだけど、結局そのまま夕食の時間になってしまった。
「どうかしたんか、モモ君? かなしげっぽい顔して。切ない腹くだしでも、したのかえ?」
「……してない。食べながらそういうこと言うんじゃないよ」
サミはむちゃくちゃ元気そうだったけど、僕はもう今日一日のうちに色んなことを知りすぎて……。そしてイスラに再会したことの衝撃があまりに激しすぎて、本当はもう寝台にぶっ倒れてしまいたかった。そうだ、むくりと起きたら全部夢おちなのかもしれないぞ。
それでもお腹は空いている。……大食い理術士の業だろうか。変人と卓を囲んででも、やっぱり食べないと気が済まないし、どっちみち空腹では眠れない。
「それじゃあ何ぞ、やなことでもあったのかえ?」
今日の夕食も、イリー風の鶏肉煮込みである。やわらかい肉を噛みながら、サミは首を……巻き巻き金髪を振りながら聞いてきた。
「……僕は今日、母校に寄ってきたんだけど。知ってる先生がいなくなっててさ」
だから気落ちして疲れていて、と言い訳をした。実にまっとうな理由だと思う。
「……なんでそれで、気落ちするん? うるさいのが減って、せいせいするだけやん……。ちゅうか、そういう過去の鬼教官どもにわざわざ会いにゆくモモ君の感覚が、謎や……」
がくり、僕は肩を落とした。だめだ、さすがは変人。常識は通じない。
「けっ。あいつら、この素晴らしきうちをごみくず様に扱いよって……。錬成校での屈辱の日々を思うと、温厚なサミにも怒りが煮えたぎってくるわ。どこぞで再会したがさいご、老害教官どももいじめっ子同期生も、びりびり春雷でくろこげにしてくれようぞ」
「こらこら」
生涯を通じて攻撃の理術しか使えていないサミが、錬成校時代にきつい指導やいじめの対象にされていたことは、本人談で知っている。それはそれは辛い日々だったのであろう……。しかし、そんな偏った理術の腕で正規理術士になってしまったサミの方が、むしろ摩訶不思議だ。あんなに若い新兵イスラが飛び級で入営したこともそうだけど、裏ではよっぽどの人材不足があるんじゃないのか、ティルムン軍。
「……サミはやっぱり、実家には行かないの?」
それでも周囲の目というものがある。変人の怒り引きつった顔を元に戻さなくてはと思い、僕は別の話題を振ってみた。
「ぷん。行かへん、行かれへん」
変人は幅広な肩をすくめて言った。
「親と兄やん達に、やいのやいのと責められるだけやもん。うちだけならそれでええけど、なだめに間に入る義姉やんがとばっちりで叱られるんは、かわいそうや。迷惑かけられんわ」
ばらついたサミの話……。これまでに聞いたところをまとめると、貴族クイ=シンボ家の三男サミはできそこないの極楽とんぼとして、家族内では厄介もの扱いをされているらしい。
貴族の子なのだから、さっさと昇進して戦線の現場なんぞから離れ、指揮部へ行けというのが両親の言い分だ。僕としてもサミの家族に賛同することしきりなのだが、変人はのらりくらりと三位に居続けている。まぁ、攻撃一点張りで他の何も……生活お役立ち系の小技の術すらままならないのだから、実力の壁があるとも言える。それに加えてサミは、なんでか自分と同類の貴族を嫌っているふしがあった。おそらく、庶民出自の兵士の間で気楽にしていられる現状が、一番快適なのだろう。
「お義姉さんって……中のお兄さんの奥さんだったっけ?」
「せや。唯一うちに優しく接してくれる、へちゃむくれのエネイラ義姉やん」
しゅーんと寄せた眉毛が、珍しく悲しげである。僕はおやっと思って、つついてみる気になった。
「お義姉さんにだけは、会いたいのと違うかい。会ったら?」
「うん……。っってなぁ、モモ君なに言うとんねん! うちの実家は広大やねんぞ。柵と門番と使用人を通り越して、こっそりお義姉だけに会いにゆく芸当なんざ、でけへんわッ!」
反論の仕方が、どうにも一生懸命であった。……これは、もしや。僕はさらに、つついてみようと思う。
「だからさ、お義姉さんに出てきてもらえば? 女の人の偽名で便りを書いて、近くの甘味処とかで待ち合わせをすればいいんだよ。家の外なら、静かに会って話せるだろ?」
サミの開けた口が、三角形になっている。
「そっか……義姉やんに来てもらえば……。ほんまや、全然考えつかんかったけど、その通りやってんな? モモ君すごッ、そんなとしま女の不倫あいびき豆知識みたいな手法、いったいどこで身につけたん!?」
「本のなか」
気色わるく僕をきらきらと称賛のまなざしで見つめてから、サミは食事の残りを猛然と片付けた。
エネイラお義姉さんにさっそく便りを書いて、夜の配達便に間に合わせると息巻き、すごい勢いで食堂を出てゆく。やれやれ。
僕も食べ終え、白湯を飲んでから自室に引き取る。にぎやかしい夕餉の席に、今夜パンダル君とロラン君の姿は見当たらなかった。
どさりと寝台に座り込んで、今日買った本の包みを手提げから取り出しかける。やめた。
一人になって、再びイスラのことを考える。
――あの話し方、あのくだけた調子は、新兵イスラとは別人だ。僕の親友イスラでしかない。本人だってそう言ってたじゃないか、……あの日のことだって話していたんだ。
もう一度会って確かめたい、とはやる気持ちが、ぐったり身体を覆う疲労と拮抗している。
けれど何か、見えない力に押されて、僕はこてんと横になった……。だめだ、やっぱり疲れ過ぎている。明日の朝早めに起きて、……そうしてまた考えよう。うん……。
――いやー、めっちゃ笑けたで、モモイー! でっかい兄やんも、おもしろ状況やな……。実のところ変人兄やんは、そのやさしい義姉やんを好いとったりしてな~? おおう、いかにも恋情小説っぽい筋書きやん。うちのお母ちゃんの婦人雑誌に、そういう小話がようけのっててー、よく盗み読みしとったから俺は知っとる。ふふふ。そして、昨日買って読んだばっかりのトキワ影響本からあいびきねたを取り出して、進言したモモイもやるのうー! 感心したで~、だてに俺の倍生きてないな!? さすがおとなや、三位隊長格。いよッ!!




