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21.母校・第四理術士錬成校

 

 パンダル君とロラン君は、学校の宿題のためにもう少し書店に残って勉強していくと言う。僕らはそこで別れた。


 ここまで閲覧の手伝いをしてくれた中年男性店員に頼んで、僕は地上階でイリーの世界観がよくわかる入門書を幾巻きか買う。けっこう厚みのあるやつだ、ここの勘定台でも店の印の入った手提げ袋に入れてくれた。単に店同士の意地の張り合いかもしれない、僕が北区大手書店の手提げを持っていたから。




 書店を出て、午後の終わりの陽光を浴びる。


 何となしに歩き出して、ほこりっぽい路地にふと、子ども達の姿が多いのに気づいた。小さな子たちはこちゃこちゃとかたまって、時々母親やお婆さんに付き添われている。もう少し大きな子達は、手に手に駄菓子や乳酸飲料を持って、買い食い・食べ歩きに興じていた。学校の終わる時間なのだ。



「……」



 月桂樹の並木の陰に入った時、ふと思いついたことがあった。



――僕は海竜のことを、恐らく他の理術士たちより少し多く、知っている。十四年前、研修中だったあの時に、親友イスラを目の前で奪われたから。



 眩暈めまいがして、木陰で僕は立ち止まる。目を閉じた。


 海竜に喰われたイスラが、青く光って≪敵≫ともども粉々になってしまったその風景までは、しっかりと僕の脳裏に焼きついている。けれどその直後以降は、あやふやだった。海竜に弾き飛ばされて、僕は宙を飛んだのだ。そのまま浜の砂地に落ちこんで気を失った僕は、かなり長い間昏睡していた。気が付いた時には、研修先の備蓄基地にある医療室に寝かされていた。


 医師と看護士と、錬成校の校長先生なんかの偉い人達が代わる代わるやってきたっけ……。そして全然知らない人たちも、たくさん僕に会いに来た。どの人も皆、僕が体験したことについて詳しく話を聞きたがったけれど、答えようとするたびに頭が重く、しんどくなった。


 イスラが僕の隣からいなくなってしまったことを考えると、赤ん坊みたいに涙たれ流しで泣き叫びそうになるとわかっていたし(実際ひとりの時に僕はそうやって泣いた)、知らない人にイスラのことを話すのは、何となく悔しくてしゃく・・・だった。話すことで僕の中のイスラが薄まってしまうような、変な気がしていたのだ。……だから僕は、ぶっきらぼうにこう答えていた。



≪急に何かに、すごい力でふっ飛ばされて、その先ぜんぜん何にも憶えていないんです≫



 知らない大人たちは、納得していたように見えた。


 二か月くらいそこで療養させられ、新学期の始まりに合わせてティルムン市内に帰った。どうしてなのか、連れていかれたのは東区の第四校ではなくて、北区の第六錬成校の寄宿舎だった。


 両親も身寄りもない僕は、“国の子”としてティルムンに属している。学校の決定には逆らえない。文句を言えなかったし、特に言おうとも思わなかったのだけど。そこから正規の理術士になるまで、僕は第六校で学び暮らした。



――あれから、第四校の先生や元級友には、会っていないんだな……。



 例外的なあの海竜の急襲に遭遇した、二人の教官は今どうしているのだろう、と思う。十人ほどいた他の生徒は、うち何人かそれらしき兵士を戦線で見かけた気もする。ただ、顔も名前もぼんやりとしか憶えていないから、話しかけてみたことはなかった。そして僕に旧知を確かめてくる人も皆無だった。イスラと違って僕は印象薄い子だったのだ、今もそうだけど。



「……」



 目を細めて、長い路地……月桂樹の並木列の先を見やる。ここは東区、第四校はあの突き当たり手前を左側に入って、すぐのところだ。


 僕は鼻から長く息をついた。よし、行ってみよう。




 背の高い生垣に囲まれたティルムン国立・第四理術士錬成校は、名前に反してそんなに格式ばってはいない。


 僕は普通の学校を知らないけれど、大きな建物に子どもがたくさん詰まってぺちゃぺちゃ騒がしいというところだけ見れば、他と大して変わらないんじゃなかろうか。女の子の姿が皆無、という部分は違うけど。


 生徒は全員が寄宿生、でも朝から晩まで学校の枠組みに閉じ込められている感覚はなかった。授業の後から夕食までは自由時間、宿題にとりかかる前に校庭で盛大に球遊びをしたり、町に出て遊んでくるやからだっている。極端な話、実家が近い子は親きょうだいとおやつを食べに、帰ったりもしていたし。


 今はちょうど、そうやってのびのび羽を伸ばす時刻だった。かしましく球を放り合っている少年たちの脇をかすめ、そうっと事務所へ向けて歩いてゆく僕に、誰も見向きもしない。



「あの、すみません」



 金融機関みたいな広い窓口の前に立って、僕は呼びかけてみた。



「はーい、ご苦労様ですー」



 すぐに事務員が顔を出した。絶対、配達か何かと僕を間違えている。



「こんにちは、あの……。こちらでお世話になった卒業生です。いま休暇中なのですが、先生方にご挨拶をと思いまして」



 正確には、転校してしまったのだから卒業生ではないのだが……。この場合に、一番自然で単純な言い方を使いたくて、僕は小さな嘘をついた。



「ああ、そうですか! どちらの先生です?」



 屈託のない笑顔で、事務のおじさんは聞いてきた。僕自身、こういう面会を頼むのは初めてだ。以前他の隊の兵がしゃべっているのを聞いたところでは、卒業生がふらりと会いに来るのは先生たちにとって割と嬉しいことであるらしい。戦線の詳細は話せなくても、教え子が元気にやっていると近況を知れば喜ぶのだそうだ。


 僕は、あの研修を引率していた二人の教官の名前を挙げた。お久しぶりですと始めて、あの事故・・について先生たちが知っていることをできる限りの範囲で教えてもらおう、と思っていた。当時は伝えられなかったことでも、正規理術士となった今の僕になら、教えられることがあるんじゃなかろうか。難しいかな。



「ええっと……? いつ頃いらした・・・・先生ですかね……?」



 しかし事務員は、けげんな顔で僕に聞き返してきた。



――え、二人ともいないってこと……?



 僕は口ごもった。つっかえながら、転校する前……十四年前に教わっていたのだ、と告げる。怪しまれるだろうか。転校の理由も言わなくてはならないのかと不安になったけれど、事務員はこう言った。



「すみませんね、私もここに来てまだ数年なもんですから。ちょっと待って下さいよ~」



 昔からいる人に聞いてくれるらしい、奥に引っ込む。やがて別の年配男性が出てきた。



「本当に残念なんですけども。テサボ先生は六年前に退職なされて、おととし亡くなられたんです」


「……そうだったんですか……」



 記憶の中のテサボ先生は元気なおじいさん教官だったけど、一般的に理術士はあまり長生きしない人が多い。



「ルボ先生は?」



 もう一人の教官の名を挙げて聞いてみた。あの人は当時で確か三十代くらい、聴力だか視力だかが落ちてしまって長時間戦線に立てなくなり、予備役を経て教官になったと自分で話していたのをおぼえている。ルボ先生ならまだまだ現役教官のはずだ、どこかに転任したのだろうか?



「……ルボ先生は、ですね……」



 事務員は言いよどんだ。



「やはり、六年前に本校を離れられまして」


「あ、そうなんですか。転任先を教えていただけますか?」


「……それが、誰も知らないのですよ」



 ぽかーんとした僕の顔を、ふとりじしのおじさん事務員はじーっと見つめた。


 改めて言うが、僕は割とまぬけな顔をしている。平和と言うかのんびりというか、とにかくきりっと雄々しい感じでは全くない。自己申請しなければ正規理術士三位さんみ隊長格とは到底みてもらえない、のどかで無害な顔つきだ。(戦線では例の獅子頭術士帽をかぶるから、気合が入らないとか見てて脱力するとか、文句を言われたことはないが。)


 その顔がおじさん事務員に、ちょっとくらい深い事情を話しても問題なし……と判断させたのだろうか。声を落として、彼は言った。



「……ある日忽然こつぜんと姿を消されて、後日辞職届が送られてきたんですよ」



 別の職員が慌てて自宅へ駆けつけたが、すでにもぬけの殻だったらしい。勤務態度には何の問題もなかった。面倒見がよくて、多くの生徒から慕われるよい教官だったのに。思い出しているらしい、……おじさんは渋い顔をしている。



「何かね……きっと深刻な、家庭の事情がおありだったんでしょう。お子さんが生まれたばかりだったし、今もどちらかでご息災であればと私は思っているのですが……。探してまわることはせずに、どうかそっとしておいてあげて下さい」


「そうだったんですか……。残念です」



 事務室の窓口を前に、僕はうなだれ、しおらしくそれだけ言う。


 でも胸の内では、疑問をぶちまけていた……。



――それって絶ッッ対、おかしいよ!?



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