19.ロランの暗誦『大鷹王の話』
・ ・ ・ ・ ・
・ ・ ・ ・ ・
何千年紀も昔のこと、古のアイレーに人が殖える前の話。
南の海に浮かぶ島々のひとつに、よこしまなる長虫のあつまり住まうところがあった。
大中小のさまざま長虫、それらを統べる長虫王の軍勢は、夜な夜な周りの島々やアイレーを襲っては、傍若無人の限りを尽くす。
うさぎ、鳥、けものに魚、熱い血の流れるものによってたかって喰らいついては、その肉をはがし、滅ぼし、苛みころした。
夜の闇の波間をぬって、うねうねと泳ぎいたるよこしま長虫の黒ぐろなる影に、生命あるものは恐れおののき、太陽の再生を嘆き祈る。
しかしある朝、その長虫たちの島に巨大な影が落ちる。
天の高みから翼を広げ、宙に円環をえがきながら舞い降りて来たのは、巨大なる鷹だった。
大鷹は、島の中央にある丘のふもとに降り立つと、よこしま長虫どもを喰い始めた。
小さなものは逃げ出すにまかせ、中ほどのものは丸のみにし、大きいものは頭だけを食べた。
かれらを統べる長虫の王は、怒り狂って大鷹に戦いを挑む。
かくして樹のない丘の上、川のような長虫王と、綾杉のような大鷹との刺しあい、かみ合い、えぐり合いが起こる。
三日と三晩の戦いの末、疲れ果てた鷹の首に長虫が絡みついて締め上げる。息のつまるその寸前、大鷹は昇り始めた朝日に向かって飛翔した。曙の光の中で三つ重の円環をえがいて飛べば、長虫はついに振り解かれて落下する。
長虫王のながい長い身体は、地上に砕けて百万のうろこに分かれ散った。
丘の頂上、くだけた長虫王の骸の上に他の長虫どもの骨を重ねて、大鷹は巣を作る。
生き残った小さな長虫たちは大鷹を新しい王として崇め、地に掘った穴や磯のかくれみのの中から、遠巻きに恐れて近寄らない。
周りの島々とアイレーでは生命が殖え、熱が増して、緑はゆたかに繁った。
はじめの人間の到る前、大鷹王は丘の向こうへ行った。よこしま長虫のむくろの巣に座したまま、小山のような丘と融けあい、鷹のかたちの大岩となった。
この大鷹の岩を、いまだ生きている王なのだと恐れ信じているがゆえに、長虫どもは常にひそひそ隠れている。
つつしみ深く、陰の庵にかくれ暮らしているのである……。
・ ・ ・ ・ ・
・ ・ ・ ・ ・
「……ご清聴、ありがとうございました」
それまでの荘厳な雰囲気から一転、ふわりとはにかむような調子で言ったロラン君のひとこと。
僕もそれを聞いて、ようやく現実に帰って来た。目の前に空になった大皿がいくつかある、ティルムン東区の郷土料理店の一画……。
「とても良かったよ、ロラン! お疲れ様」
友達をねぎらうパンダル君の声が、弾んで誇らしげである。
「えへへ……。暗誦は久しぶりだったから、かなり緊張しちゃったよ。どうでした、モモイさん? 完全にイリー語でしたから、わかりにくくなかったですか?」
ぶんぶん、僕は頭を横に振る。
「とんでもない。えらい面白かったです……! それで、あのッ」
動悸がしてきた。
「話に出てきた、≪長虫≫って言うのは……? ティルムン語で言う、管虫のことですか。ばかでかい芋虫か、尺取虫か何かなんですか!?」
「あ、いえ。≪長虫≫は、蛇の古語なんです」
「へび」
まぬけ面全開にて、僕はロラン君の言葉を繰り返した。
ことり。パンダル君が陶器の杯を、静かに卓に置く。
「はい。この物語の起源はよく知られていないのですが、一説に東部大半島の原住民……東部ブリージの民の伝えてきた、旧い話なのだと言われています。イリー地域に比べると東部大半島には蛇がだいぶ少なく、ほぼいないらしいのですが、物語はその理由を語っているのだとされています」
パンダル君は、ゆっくり解説するように言った。特に≪東部ブリージの民≫という部分を、自分でも確かめるようにはっきりと発音したから、それが響くように僕の耳に残る。
「……まあ、実際には寒いから、棲息できないってだけでしょうけどねー」
ふふふ、はははー。二人の友達は、おだやかに知的な笑いを交わす。
「けれど、この物語の面白みというか目玉部分は、やはり大鷹と大蛇の巨大さですね! 小さな蛇が川みたいにでっかくなったと想像したら、そりゃあ大迫力でおっかないでしょう」
「あのう……」
おずおずと口を挟んだ僕を、パンダル君とロラン君は何気なく見た。
「へびって言うのは。一体どんなやつなんです……?」
若者二人は、同時にぱこんと口を四角く開けた。
それがホノボ兄弟なみに、揃っている。




