18.ティルムン定食をご一緒に
・ ・ ・ ・ ・
翌日の朝食席で、二人の文学留学生をつかまえて話を振る。
パンダル君とロラン君は、案の定二つ返事で引き受けてくれた。今日は午前中だけ授業があると言うから、昼食の約束をして別れる。
僕は北区にある、ティルムン最大の書店へ行ってみた。ここは蔵書量もすごいが、店員数がめちゃくちゃ多い。≪検索≫をしてもらうならぴかいち、と言われている店だ。
落ち着いて閲覧ができるよう、腰掛と机がたくさん置いてある。そこに座って調べものをしたり、勉強をしている人たちがたくさんいた。検索は有料だが、読みたい専門書を店員に即座に引き出してもらえるし、必要な分を自分で複写することも出来るという。
……と話に聞いてはいるが、僕はそこまでは頼めない。昨日はパンダル君たちとの縁で、いきなり専門書を読む機会に恵まれた。けれどそれらの書物を通して一体なにを知りたいのか、まだ自分でもはっきりわかっていないからだ。ぼんやり海竜の正体をつかもうとは思っているけど、いかんせんどういう方向で調べたらよいのかわからない。聞きたい僕がこんな状態では、いくら優秀な書店員だって途方にくれてしまうだろう。
そこで、手のあいた感じだった同年代の男性店員に、娯楽方面の相談をする。
『常緑の森』の影響を受けていて、かつ長めにまとまった作品はないかと聞いたら、渋い顔で苦笑された。
「ありすぎて、おすすめしきれませんねー」
しかし店員はそう言いながらも、棚を示しつつ教えてくれる。
「トキワ本は長編短編あわせると、もう毎月十数本の勢いで出てるんですよー。雰囲気だけ合わせたような、荒唐無稽なものも多いですから、業界全体では玉石混交と言われておりますけど。読む人の数だけ物語の分野、種類もあると考える当店では、ほぼ全て網羅して扱っておりますー」
僕自身の好みを掘り下げて聞くと、彼はいくつかの中編をおすすめしてくれた。三~五巻構成のほどよい長さで、とにかく読みやすい文体の作家のものだ。全部買うと言うと、目を丸くされる。この先読む本、という形で未来を買った気がして、僕は嬉しかった。けっこうな量だ、店の印入り手提げ袋をおまけにもらう。
それを持って、高くなってきた日差しの中を歩く。
主要道に出る北門が近いから、広い大路に人と荷車の行き来が多い。近隣町村から陸路で運ばれてくる農作物は、ここを通って中市場で売られたり、倉庫群へ貯蔵されていく。
正午をまわった。鐘が鳴る。
東区の広場噴水で待ち合わせして、僕はパンダル君とロラン君に昼食をごちそうするつもりでいた。ところが、手を振って歩み寄って来る二人の後ろには、もう一人壮年男性がついている。
「初めまして。若侯が、お世話になっております」
ぐうんと背の高い、屈強な体躯の人だった。
ディルトと名のった男性は、二人の補佐役として来たマグ・イーレ騎士だという。
丁寧なもの言いだが、視線がまるで笑っていない。けれど僕のひっさげた手提げ袋をちらりと見やると、ふうっと口元を緩めた。
「私どもの国の文化に、興味を持って下すったそうで……。有意義なお話の場となりますよう、願っております。それでは、ごきげんよう」
こちらを見下げたような、小ばかにしたような……。そういう意味で安堵した表情を浮かべると、ディルト氏は僕とパンダル君にささっと会釈し、行ってしまった。
氏とともに、その場に張り詰めていた緊張も去っていったらしい。ロラン君はほうっと溜息をつき、パンダル君は肩をすくめた。
「……すみません。気兼ねなく本のお話をするだけなのに、あれがどうしてもモモイさんにお目通りしておきたい、と申しまして」
ディルト氏に若侯と呼ばれていたパンダル君は、少々きまり悪げだった。
一方で僕は、初めて見たイリー騎士なるものに圧倒されている。話に聞く通り、むきむきもりもりのでっかい≪戦士≫だ。
ティルムン軍と違って、イリー諸国では軍事要員とされるのは大方が支配階級の貴族たちらしい。しかも肉弾戦をくり広げるのだと言う。ディルト氏みたいなのに束になってかかって来られたら、すごく嫌だなぁと思った。
けれどディルト氏は、僕が理術士……ティルムン兵とは気づかなかったようだ。恐らく、本の包みを入れた書店の手提げを見て、パンダル君同様の本の虫……害のないものと見てとったか。仮に自分を騎士の典型と思っているのなら、あまりに自分とかけ離れている僕みたいなひょろい男を、軍属とは思わないかもしれない。それは容易に想像できた。
ちなみに僕は自分を、ティルムン理術士の典型だと思っている。すじすじ、ひょろ系で食べてもあまり太れない。基本は皆、そんな感じなのだ。
昼食は、その辺で適当な店に入る。
……嘘だ、ごめんなさい。ひそかに詠唱して、生活お役立ち系の小技を使った。穴場でおいしい店の看板が、黄金色にきらきら輝いて見える術を。
地元民でにぎわう店内を見渡して、風通しのよい天幕張りの席を選んだ。
大きく揚げた白身の川魚に、香辛料をきかせた味付けの豆と野菜。僕にはなつかしいティルムンの定番庶民料理を、二人の留学生は喜んで食べている。
何となくわかった気がした。この二人、目付役の騎士がくっついているくらいなのだ。恐らくは国費留学生か何か、ちょっと偉い子たちなのだろう。けれど、あてがわれたお金を本につぎ込みたいばっかりに、いつも食費を削っているんじゃないのだろうか……? お昼を抜いたりとか。
「それで。昨日貸してもらった本を、さっそく読んだんですけど」
僕は本題に入ってゆく。まずは、軽く読めた怪物の物語の方から。
「水のお化けの本、面白かったですよ。それでイリー最強の精霊っていうのは、やっぱり水棲馬なんですか?」
きらきらーん、と目を輝かせてロラン君がうなづいた。
「ええ、そうですね! 馬って言っても、普通の雄馬の倍くらいはあるらしいんです。湖に棲んでいるやつが、阿武熊と対決して勝ったという話もありますし」
「あぶくま……? それも精霊ですか?」
「いえ、むこうの森林地域に棲息している、大型のけものです」
「へえ……! それもでっかいのですか? どのくらい?」
「うーん、私とロランは見たことがないのですけど。一番大きい雄熊なら、立ち上がって……この天幕くらいでしょうか」
天幕天井を見上げるパンダル君の視線を追って、僕もうなづいた。確かに大きな獣ではあるけど……。海竜には、ほど遠い大きさだ。やはりティルムンの≪敵≫に匹敵するものは、イリーの地にはいないらしい。
「……それじゃあ、その水棲馬とあぶくまが、イリー最大の二大生物、ってわけですね!」
「そういうことに、なりますね。……でも、どうして? モモイさんは、大きいものが好いのですか?」
「あ、あはは……そうなんです。何だか壮大な感じがするので……」
わざとらしかっただろうか……。
本当は二人に海竜の姿かたちを詳しく話して聞かせ、こういう怪物はイリーにいませんかと直接聞いてみたい。でもそれを口にすれば、言呪戒発動で僕は即死だ。
しかし苦笑した僕に、パンダル君は屈託のない微笑を向けてから、友達に言った。
「それじゃあモモイさんは、『大鷹王の話』なんか、お気に入るかもしれないね?」
「あっ、そうだね! でっかい同士の、対決の話だからねぇ」
「えっ、何です? それ」
「話して差し上げたら。君の十八番だろう、ロラン?」
ゆで卵のようなロラン君の柔和な顔が、急激に引き締まっていった……。




