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16.本の虫のイリー留学生

 

・ ・ ・ ・ ・



『魂の再来:イリー世界における死生観』、そして『おぞましきイリー水棲怪物譚・十八選』。


 “魂”、“再来”、“水棲怪物”……?


 僕の知りたいことの全ては、イリー青年たちの買った本の中に書かれているんじゃないか、という気がした。でも彼らはもう行ってしまって、名も聞かなかった……。


 ……その妙な、直観めいたものを頭から振り払おうとして、僕は南区パバルナンの下宿に帰る。


 寝台にふんぞり返って、僕はとにかく買ったものを読みふけった。


常緑ときわの森』第十四巻はやっぱり、面白かった。ティルムンやアイレー大陸の常識が通用しない架空の世界で繰り広げられる、摩訶不思議な物語だ。流れ自体は昔からある冒険譚だったり、叙事詩っぽいものの組み合わせで出来ている。けれどたくさん出てくる登場人物たちは、皆悩みごとや欠点を持っていた。その辺がやたら現実くさいと言うか、この人たちって本当にいそうだな……と思えるところが、僕はいいと思っている。



「……」



 面白くて、……そして読み引っ掛かる・・・・


 今に始まったことではない……。この話は設定が入り組んでいて、伏線が幾重にも張りめぐらされているのだ。



――えーと……、このねた・・は。確か十二巻の終わりにあった、あの小さな謎の回収、ということになるのだろうか? 十二巻……参照したいけど手元にないぞ、うーん。



 こんな感じで、なかなか読み進められない。時間をかけて何度も読み返すのが好き、かつ読み深める僕のような読者にうってつけの作品なのである。


 少し読んだ後、僕は『常緑ときわの森』にいったん紐しおりを挟んだ。一緒に買った読み切り物語に、次々と浮気をする。


 どれもこれも、面白かった。難点を言うなら、『常緑ときわの森』の影響を受けて製作されたものばかりだから、話の枠組みや舞台の設定が似たり寄ったり。どれがどの話だったのか、僕の頭がごちゃついてしまうことくらいだろうか? いいのだ、楽しく読めれば何だって。



「むーん!」



 寝台の上で、僕は大きく伸びをした。なかなか休暇らしくなってきたぞ、と感じる。



「ようし。この調子で、読書三昧しようっと」



 特に面白かったものは戦線に持って帰って、第六十三隊の皆で回し読みをするとして……。そうだ! 毎日、違う書店めぐりをしよう。明日は北区の大書店へ行ってみようか?



――ええやん、それ!



 ふと、親友イスラの声が聞こえてきたような気がした。でも不思議とは思わなかった……。僕よりずうっと速く読めた本の虫イスラなら、大賛成してそう言うに違いないのだ。


 十四年も経っているとは、思えない。つい昨日まで一緒にげらげら笑ってしゃべっていたように、僕の記憶の中のイスラは色あせない。



――あのなー、モモイ! 俺の発見した、すんごい秘密を教えたるわ! 本を読むのにはまってくると、な……? 本の方から、俺に呼びかけて来んねんや! いや、冗談とちゃうで? 図書室や本屋で、ぼ~と眺めたその先に、何となく~こう……吸い寄せられるような気がする。で、何気なーく手に取った一冊が、な? ぶさッと俺の胸に刺さるような、めっちゃ探してた分野ど真ん中の題だったりすんねん! これ本当! さらに症状すすむとな、棚ん中で本が光ってるように見えてくんねん……。呼び声もするで、イスラく~~ん……うちを読んだって~! てな! ……何やそのうさんくさげな目は。いやッ、誓って理術は使ってないッ。まー、俺かてまゆつばやけどぉ、こらもう東の精霊級にまかふしぎやな。書いた人のか、物語自体のか知らんけど、布巻き本にこもったたましいが、こっちに働きかけてくるんやー。 ん? たましいとは何ぞや、と?? ん~と、え~と……。



「……」



 思い出し笑いをしていた僕は、ふいと真顔になってしまう。


 東の精霊に……。……たましい……。



夕餉ゆうげの時間だよぅー」



 大きく声を上げながら、廊下を通ってゆく給仕のおばさんの気配がある。僕は慌てて散らばった本をまとめ、夕陽のかげってきた窓に鎧戸よろいどをはめて、へやをあとにした。



 食堂にサミの姿は見当たらない。


 ほっとして角席に一人で座り、食べ始めた。朝食の菜湯に似ていたけど、汁の中に白身魚のぶつ切りが入っている。これもイリー風の料理なのだろうか。けっこうおいしかった。



「あのう……」



 そうっと頭上付近に声がかかって、僕は魚を噛みながらぎくりとした。


 サミのやつが帰って来たのだろうか……。恐るおそる顔を上げると、やしの木変人ではない。


 そこに立っていたのは、昼間に書店で助けた二人のイリー青年だった!



・ ・ ・ 



「何となく、見たことのある方だと思っていたんですけど。こちらに下宿なさっていたとは!」



 マグ・イーレの古書店の息子だというロラン君は、すっかり打ち解けた様子でそう言った。彼の故郷というのは確か、イリー都市国家群の西側にある国だ。



「モモイさんは、休暇で短期のご滞在なのですね」



 栗色巻き毛のパンダル君は、美しいさじさばきで≪イリー風煮込み≫を口に運びつつ、話を振ってくる。


 二人の友達はマグ・イーレからの留学生、ティルムンへは一緒に来て、東区にある文士錬成校に通っているのだそうだ。素朴で人なつっこい感じのロラン君は見るからに庶民だが、パンダル君はどこか異様な雰囲気を持っている。向こうで言うところのイリー貴族なのかもしれない。ただ、話に聞く≪騎士≫というのとは違う気がした。



「ええ。遠方で仕事をしているんですけど、実家がないもので……こちらの下宿に」



 僕は言葉を濁した。書店で僕が理術を使ったところを、この二人は目にしていないはずだ。彼らに限らず、一般民衆の中においては、自分が正規理術士であることを周知させるのは控えるべし、と軍規律にある。



「何か、特別な分野のお仕事なのですか?」


「ええ、 ……遠方でして……」


「そうですか。それでモモイさん、読書はどういった傾向のものがお好みですか?」



 まぬけっぽく狼狽うろたえた僕を深追いすることなく、パンダル君はさらっと話題を変えた。



「私とロランは、文学中心に様々なものを読みます。ここティルムンには、たくさんの古い物語が残っている。まさに宝庫のようなところですね! 読んでいると、時間がいくらあっても足りない気がします」


「魅力的な新しい物語も、たくさん生まれていますしね……!」



 気兼ねなく語れる話題だ! パンダル君とロラン君も、『常緑ときわの森』を全巻読んでいた。



「あれは、ね~~!!」


「奥が、深すぎで~~!!」



 二人とも頬を少し赤くして、こぶしを卓の上でぐうーと握っている。二十歳かその辺らしいけれど、こうして熱意をもって好きなものの話をしていると、だいぶ若く見えた。はたから見たら、僕もそうなのかもしれない。



「イリーの国々にも、こういう感じの物語って出ているんですか?」



 興味本位で聞いてみた僕に、二人はきりっとした声で答える。



「物語自体には、かなり伝統がありますが。娯楽読み物として楽しむためのイリー産小説や詩は、ティルムンに比べると微々たる市場です。そもそもの識字率が、あまり高くないのです……!」


「それを僕らは何とかして、普及発展させていきたいんですね! 一人でも多くのイリーの皆さんに、読書や物語のすばらしさを、知ってもらえたらと思うんです!」



 実に古書商らしい言葉で、ロラン君が熱く語る。



「イリー産の物語かぁ……。読んでみたいな」



 好奇心の赴くままに僕はそう口に出してから、はっとする。



「そう言えば、パンダル君とロラン君が今日買っていた本。あれは? イリー世界に関する本だったように、見えたんですけど」



 きらッ、きらきらーん!!


 二人の本の虫の触角が、……じゃなかった。双眸が強く輝いた。ああ、こういうところって万国共通なのだろうか? 僕の親友イスラも、時々こういう顔をしていた。



「さすがですね、モモイさん。仰る通りに、イリー文化に関するティルムン著者の文献です!」


「僕らの文化が、外側からどんな風に見られているのかと好奇心がうずうずしたので、買ってみたのです!」



 たましいの……再来。イリー死生観……怪物……。


 二人の手にしていた本の題が、とぎれとぎれに僕の頭に浮かぶ。



「あの、……実は僕、ちょっと興味があるんです。その、イリーの文化に……。たましいですとか、ふしぎな怪物とか」



 何かが……僕の中にわだかまる何かにつながる糸口が、この二人に通じているような気がした。ただの直観というやつ。



「あっ! それじゃモモイさんも、あの二冊を読みますか? よかったら、お貸ししますよ」


「えっ、でもお二人の前に読んじゃうのは……」


「大丈夫、私とロランは今日の午後授業の休み時間に、もう読みましたから。食事の後、へやにお届けしますよ!」


「……」



 屈託なく、にこにこと笑っている。二人のイリー留学生は、嬉しそうだった。




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