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14.新兵イスラ、変わり身はやッ

 


・ ・ ・ ・ ・



「あああーん。すったー、もうまじでありえん程! すってもうたー」



 やしの木みたいな長い体をぐにゃりと丸めて寝台縁に腰かけ、サミが嘆いている。……僕のへやなんだけど、ここ……。


 久しぶりの競犬で、だいぶ失敗したらしい。競犬と言うのは、ひょろっとしたティルムン犬に偽うさぎの仕掛けを追わせて競争させ、一着を予想するだけの簡潔な賭けごとだ。老若男女に人気があるが、特に貴族が好んで賭ける。



「はぁ。戦線行ってる間に、うちの勘も相当にぶったわ……」


「これにりて、おとなしくしてるんだね」


「は、モモ君なに言うてんの? 明日も行くし。今日のぶん取り返さな、ここの食事代も払われへんくなるわ」


「……どんだけ賭けてんの?」



 他に話し相手がいないのはわかるけど、自分のへやで愚痴ってもらえないものだろうか……。できれば一人で。



「つうかね、ここの下宿ってば本当に妙ちくりんでない? 住んでる学生どもは皆イリー人、出てくる食事もイリーっぽいし。なんかティルムンに帰って来た言うより、他の国へ来た感じ」


「サミは気に入らないの?」


「まーさか。お安く異国旅行できて、得した気ぃするわ」



 だよね、と僕は思う。あまのじゃくだからサミは絶対言いやしないが、朝も夜もあんなに食べまくっているのだ(詠唱なしの状態で)。変人はここの食事がお気に召したらしい。


 こんこん……。


 扉が叩かれる。開いた隙間に顔を入れて来たのは、新兵イスラだった。



「こんばんはー。モモイ隊長、サミさん」


「おや、わらべではないか。お入り」



 たかびしゃ絶好調で、サミがあごをしゃくる。ここは僕のへやだっての。



「どうですか、婆ちゃんの下宿。困ったこと、ないですか」


「全然ないよ。快適に過ごさせてもらってる。イスラは、お婆さんに会いに来たの?」



 ついでとは言え、上司同僚の様子を見に来るなんて律儀な子だ。休暇なんだから、全部放っておいて遊び回ればいいのに……まだ子どもなんだし。



「俺、明日ハガティさんとラガティさんとこに行くんです。≪むぎ刈り≫手伝いに」



 都会っ子だから、まるで知らない農家の仕事に興味を持ったらしい。ホノボ家としてもありがたいだろう、風刃で麦穂を刈りまくってくれる理術士が一人増えるのなら。


 僕ら理術士は、聖樹の杖がなくても理術は使える。ただ戦線で≪敵≫に対峙する時よりも、攻撃・防御の威力は格段に落ちるけれど。生活を便利にしたり困りごとを解決するような、いわゆる“お役立ち小技”の術なら何の支障もなかった。ちなみに民間で活躍しているもぐり・・・理術士の皆さんは、これらの術を使う時、いつでも聖樹の杖を利用している。



「そう。うまく加減するんだよ」


「はい」



 器用な子だから、わざわざ言う必要もないと思う。でも一応の大人の役割として、しかつめらしく僕はイスラ少年に言った。



「わらべよ。手に持っているのは、何ぞ?」



 新兵イスラの持っている小さな壺を目ざとく見つけて、サミが問う。



「さっき婆ちゃんに、いちじく蜜煮分けてもらったんです。もう冷えてるし、いま厨房に行ったら食べさしてもらえるかも」


「ほほーう、そうかえ? みつに、とな……。イリーの粗野なる食べものなら、我が繊細なる味蕾みらいにて見極めてやらねばなるまい。ほんじゃモモ君、またな~」



 変人は、浮き浮きと出て行った。だらしないから、扉もうす開きに残したまま。


 それを見ていた新兵イスラが、くるりと僕を見る。



「何や。結局、気に入っとるんやないかい。婆ちゃんの料理」


「そうだね」



 何気なくあいづちを打って、 ……あれ?と思う。



「今日は、ようけ歩いたな! 南区やし、俺も全然なじみないとこばっかりやけど。やっぱティルムンはええな、色がいっぱい、においもようさんや!」



 ころころっと笑いながら言うその話し方が、いつもの新兵とだいぶ違っていて僕は戸惑う。


 どうして、そんな……そんな風に喋る? 僕の親友そのものの調子で。



「……イスラ?」



 その名を呼んで問いかけた僕をまっすぐに見て、少年はめいっぱいの笑顔になった。さも、嬉しそうに。



「明日も、楽しみやなー! どこ行こかー、モモイ?」


「麦刈り行くんでなかったの? ホノボ兄弟のうちに」


「おおう、せやった。イスラ君は、畑へむぎ刈りに。俺はモモイと、河へ洗濯に……なんつって!」



 休暇前にホノボ兄弟と盛り上がっていた時より、数段浮かれ上がっている。


 どうしちゃったのかな……と思った瞬間、少年の手からつるっと素焼壺が落ちかけた。


 ぱし、僕の右てのひらが底を受け止める。



「あ、すいません。うっかりしちゃった」



 そう言った少年は瞬時のうちに、いつもの落ち着きようを取り戻していた……。そそくさと扉に向かう。



「そいじゃ、また来まーす」



 軽ーく言って、行ってしまった。扉が閉まる。


 ひとりになったへやの中、寝台にかけた僕は首をかしげまくる。僕も子どもの頃って、あんな風だったのだろうか? 他の子たちも? くるくる機嫌を変えて、まるで別人みたいになってしまう、だなんて……。 ……別人……??



――のんきな早口と……、どことなくおっさん風の、あの自分のり突込みは……。イスラ・・・でしか、ないじゃないか。



 親友イスラと、新兵イスラ。今日、お婆さんと話してせっかく二人の関係性がわかった、と言うのに……。僕の胸の内で、再び疑問がざわつき始めていた。



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