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悪戯と黄昏の刻に・第一紀(異能者の戦い)  作者: 嶋 秀
第一章(パラレル世界篇(詩音・聖月・莉空・蒼空を中心とした異能者の戦い))
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第8話(再び戦いに!!)


詩音とファエサルはお互いに精神攻撃魔術を放ち、莉空とファエサルが意識を失って戦闘不能になっていた。


莉空に掛かった魔術を解こうと、莉空の精神世界に入った詩音は、ある者と再会することとなる。


そして、ひとときの休息の時間を経て、再びリン達の攻撃を受ける莉空達であった......


 一方、精神攻撃魔術『アンドロメダの涙』をかけられたアウダ・アイン・ファエサル。

 こちらは、地獄の様な思いをしていた。


 気が付くと、岩場に鎖で縛りつけられていたファエサル。

 そこを、魔獣が今にも襲おうとしている。

 ちょうど通りかかる神が一人。

 「神様、どうか私を助けて下さい」

 哀願するファエサル。

 しかし、男だと知ると、興味無く立ち去る某神。

 そして、ファエサルは魔獣の餌食となる。

 鋭い牙で噛まれた瞬間、激痛が走る。

 「うおーー、痛ーー」

 激しく体をよじるが、効果は無い。

 次の瞬間、魔獣の二度目の攻撃で噛まれた時に、心臓を牙で貫かれて、絶命するのであった......


 再び気が付くと、同じ岩場に縛りつけられているファエサル。

 魔獣が狙っているのも同じ状況。

 「神様、どうか助けて下さい」

 哀願するが、神は興味無く通り過ぎてゆく......

 魔獣に襲われるその瞬間、エンブレム攻撃魔術『ゴッド・ファイア』を仕掛けてみる。

 しかし、魔獣は嘲笑うかの様に、ファエサルが放った魔術の焔を食い破ると、再び魔獣の餌食となり、絶命するのであった。


 これをエンドレスで繰り返すのが、『アンドロメダの涙』。

 美女であれば、通りがかった神に救われるが、強制的に妻とされ、神の慰み者になって地獄のような生活を経験するというものである。

 とにかく、精神的な疲労が非常に激しい、獄門に張り付けられ続けるのと同様の、最悪級精神攻撃魔術の一つであった......


 

 「ファエサル、しっかりして」

 ナタリーが励ますものの、ファエサルは身をよじり、苦しそうなうめき声を上げ続け、脂汗が滴り落ち続けるが、意識は戻らない。

 もう既に半日が過ぎたが、ファエサルは魔術を解くことが出来ず、もがき続け、体力も魔力も消費し続けている。

 その様子を見ていたリンは、

 「詩音は、精神攻撃魔術も使えるのか。 そうなると勝つのは難しい。 このままだと下手すれば、ファエサルは死ぬだろうから......」

 その様に呟き、対応策が無いかを考えていた。


 全体主義陣営現役最強と言われる魔術師ファエサルですら、腕試しでジャブを入れに行ったところ、詩音に返り討ちにされたという結果に、勝機を全く見出だせなくなったリン。

 『今回の異能者の戦いは、次回の戦いに備えて色々と手を打つことに徹するべきだと、考えを改めた方が良さそうだな。 現実世界ではどちらかと言えば、敵陣営が優勢な方が俺の利益が大きいのだから』

 その様なことを考えていたが、表向き仲間には、

 「向こうも一人、ファエサルの攻撃を受けて、同じ様な状態のようだ。 なんとか、ファエサルに掛けられた魔術を解いてやれ。 そうすれば、我等が有利になる」

 そう指示するリン。

 この様な表裏自在の人物で無いと、異能者の戦いの世界で、長く生き残り続けるのは難しいということなのである。



 詩音は、莉空の精神世界の中で、魔術の女神ヘカテーを探していた。

 今度は、眩い光の中を、光のみなもとの方向へ歩き続ける詩音。

 莉空の幼い頃を見、精神攻撃魔術にかかる瞬間を見て、詩音は一つの決断を胸に抱いていたのだ。

 漸く、光源に辿り着いた詩音。

 すると、ヘカテーの分身らしき女性が立って待っていた。


 「シオン、久しぶりね〜。 まだ貴女が幼い時に私は神の世界に行ったから、覚えていないだろうけど」

 気さくに話し掛けてくる女性。

 「貴方は、幼い頃の私のことを知っているのですか?」

 「そうよ。 人間としては死亡しているので、神々達の世界で、女神ヘカテーの分身の様な役割をしているの」

 「お名前を伺っていなかったので、教えて頂けたらと思うのですが......」

 「かつて、『精霊の魔術師』と呼ばれていたわ」

 

 「ところで貴方が、莉空を封じ込めたのですか?」

 「うふふ、そうかもね」

 「なぜ、ファエサルに協力して、これほどの魔術に?」

 「私は、シオンにも協力しているでしょ? ファエサルにかけた魔術、なかなかの苦しみよね?」

 「......」

 「幻想の魔術師も、一応私の知人」

 「そんな......」

 「そして、莉空は私が非常に大事にしている子よ」

 「莉空もですか......」


 「シオン、貴方わかっているでしょ? 貴方が幾ら強い魔術師であっても、魔力も体力も有限。 万が一のピンチを護る存在がこの子、莉空なの」

 「......」

 「そんな大事な存在なのに、シオンはその貴重さを正確に理解していないわよね」

 「そんなこと無いです。 大事に思っています」

 「それを、この子に伝えたの? 言葉にして」

 「言葉にしては......」

 「融合魔術で、お互いの記憶や経験は共有出来たかもしれないけど、心の奥底までは共有出来ていないわよね?」

 「......」

 「それが人間っていうもの」

 「頭ではわかっていても、感じていても、最後は『言葉』にして伝えなきゃ」

 「......」

 「もし、詩音が恥ずかしがらずに、私の大事な莉空に、言葉で気持ちを伝えていたら、ファエサルの精神攻撃魔術に掛かる様なことは、ありませんでしたよ」

 「はい」

 「お互いを信じ、敬い、大事に想い、そして愛す。 それが揃っていれば、どんな時も、どんな精神攻撃魔術にも惑わされることはありません」

 「はい、わかっています」

 「じゃあ、行動で示してね。 詩音」

 女性はそう言うと、莉空が後ろから出て来た。

 「詩音さん、ごめんなさい。 隠れる様に言われて......」

 「私は、命令していませんよ。 莉空の意思も有っての精神世界での雲隠れでしょ?」

 

 「莉空。 私は貴方のことを一番大事に想っています。 何が有っても、どんな障害が有っても、この気持ちは変わらない。 だから、私を信じて、私のことを護り続けてください」

 「詩音さん......」

 「まあ、少し物足りない言葉だけど、一応合格ね。 まだ恋人同士という関係では無い2人だから、そんなものでしょう」

 「そして、もう少し2人で過ごしてみて、本当に好きになったら、愛の告白をすること。 それを怠ったら、また邪魔しに来るからね」

 「それと、莉空にかけていた魔術『中庸』を解いたから、詩音好みのイイ男になると思うわよ」

 そう言い残すと女性は、莉空の精神世界から去って行った。

 去り際に、

 「ファエサルのこと、もう勘弁してあげたら」

と言いながら......


 少し、バツの悪そうな莉空。

 「詩音さん、ここまで来てくれてありがとう」

 「あ~あ、大変だった。 探しても探しても、見つからなくて」

 「お母さんに、隠れ続ける様に言われてね」

 「お母さん? 今の女性だよね?」

 「そうだよ」

 「育ての親じゃなくて?」

 「うん。 生みの親」

 「うそ」

 「うそじゃないよ。 人間として生きている頃は、異能者『精霊の魔術師』って言われてたって」

 「だって、戦争で亡くなったって話じゃ......」

 「僕もさっき教えて貰ったんだ。 ある出来事で命を落としたみたいなんだ。 お父さんは戦争に巻き込まれてで、ほぼ同じタイミングだったから、現実世界では纏めてそういう扱いになったってことだそうです」

 『異能者『精霊の魔術師』なる女性の実子だったのか〜。 だから、莉空のスキルが魔術師と親和性が高いんだね』

 納得した詩音。

 

 「結局、魔術師って女神ヘカテーと何処かで繋がっているってことね。 私も女神ヘカテーの化身を名乗る人から、魔術を教わっていたのだから」

 「パラレル世界は、神々達の領域だから、こっちに居ると凄く繋がりが強く出る時が有るよね。 幻想の魔術師さんが僕に放った魔術に、魔女が入り込んで、非常に強力な゙精神攻撃魔術に変化しているのも、一種の悪戯でしょ?」


 「さて、戻ろうかって言いたいところだけど、結局この魔術って、掛けた術者に解いて貰った方が早いから、ファエサルと取引してくるよ。 少し待ってて」

 詩音はそう言うと、『ブラッディー・イーグル』を使って、ファエサルの居る隠れ家を探す。

 そして......



 「ナタリーさん。 あれは?」

 天から降りてくる鷲の姿をしたエネルギー体に気付いた、ツオ・ツオ。

 「詩音の遣いかもね。 入れてあげて」

 ナタリーはその様にアドバイスする。

 それにリンが同意したので、窓を開けたメイリン。

 すると、鷲はファエサルの頭の上に飛び降りて留まる。


 それから、詩音とファエサルの取引が始まった。


『「ファエサル、どうする? 相当苦しそうだけど」

 「なんとかしてくれ......」

 「莉空にかけた魔術、解いてくれたら、一旦止めてあげても良いよ」

 「......」

 「解いてくれないなら、こっちは私が解くからイイや。 遣いは戻すね」

 鷲は、羽ばたく準備を始める。

 「わかった。 直ぐ解くから......」

 「じゃあ、交渉成立」

 「......」』


 あまりの苦しみに、『魔女の抱擁』を直ぐ解いたファエサル。

 それを確認した詩音は、

 「ヘカテーの分身がよろしくって言ってたよ」

 そう言い残すと、鷲の形状をした魔術のエネルギー体は空高く、舞い上がって行った。



 暫くして、意識を取り戻したファエサル。

 「面目無い。 ちょっとの腕試しのつもりが、詩音の怒りを買って潜在的な魔術迄引き出させてしまったよ」

 流石に、珍しく深刻な表情を見せて反省した様子を見せる。

 「それで、彼等と初めて戦った『幻想の魔術師』殿としては、今後どの様に戦って行くべきだと考えますか?」

 リンが質問をする。

 それに対して、

 「私の意見としては、シオン・アキヅキとその彼のコンビとの戦さは避けるべきだと思いますね」

 意を得たと内心思っているリン。

 だが、それは一切表情には見せない。

 「彼女は、魔術の女神に愛されている。 だから、他の魔術師が使えないような難度の高くて強力な魔術を幾つも操れる様です。 まさか、あんなに強力な精神攻撃魔術迄、それも唱文せずに使えるとは......」

 「あの子、読み上げ無しに使ったの?」

 ナタリーが驚いて確認する。

 「そうです。 だから、躱す暇は無かった」

 「そんなことが......」

 「不可能では無いですね。 あのスタイルは15年前に見ましたよ、『精霊の魔術師』エリン・戸次・ブローリーとヨーロッパ戦線で戦った時に......」

 「『精霊の魔術師』......」


 「シオン・アキヅキの使う魔術は、エリンが使った魔術と似ている。 そして、エリンが使えなかった魔術をも修得しているようだね」

 「そんなことが、可能なの?」

 「シオンはミヅキと幼い頃から一緒に生きて来たのだろ? ミヅキが居れば、現実世界と神々パラレルの世界を行き来するのは自由に出来るから、四六時中こっちの世界で腕を磨いていたのでは?」

 

 「それで、リンさん。 どうする? このまま撤退でも構わない位だよ」

 「そうしたいのは山々だが、下手に逃げれば、今度は味方に殺されかねないからな~」

 「今回の戦いも日数的に残り約半分。 少しずつ西方に撤退して行こうか? 出来るだけ他の4人と戦うことにして、詩音のコンビは、相手にしない形で」

 「よし、それなら私が詩音と彼のコンビの相手をしよう。 撤退戦なら、まだやりようが有るからね」

 「おお。 お願い出来ますか?」

 「折角、こちらに来たのに、こんなみっともない結果のままでは帰れないですからね」

 「それでは、準備に掛かろうか。 欲望渦巻く大都会も上手く利用して、暫く彼等を足留めしてみせよう」

 リンは不敵な笑みを浮かべ、ファエサルは気合いを入れ直すのであった。

 彼等両名の経験を活かした、罠を仕掛ける為に。



 詩音は、莉空との融合魔術を解除してから、ファエサルの精神攻撃魔術に掛かっていた莉空を労る。

 「莉空〜、ゴメンネ。 私が少し油断していたせいで。 苦しかったでしょ?」

 「直ぐに詩音さんが助けに来てくれたのを感じていたので、不安はあまり無かったですよ」

 「何か食べたいものとか有る? 遠慮なく言ってね。 私が作るからね」

 その2人の様子を見ていた聖月と蒼空は、顔を引き攣らせていた。

 2人は、顔を見合わせ、

 『詩音が妙に優しい。 これは恐ろしいことが起きる前触れでは無いか......』

 その言葉に、莉空は、

 「詩音さん。 お気持ちだけで大丈夫です......」

 莉空も優し過ぎる詩音の変貌ぶりに、少しビビっていたのだ。


 「莉空〜。 そんなこと言わずに、何かリクエストしてよ~」

 詩音が、更に優しい言葉を続けたので、3人は露骨に顔が引き攣ってきた。

 「......では、スクランブルエッグをお願いします」

 莉空が絞り出すように食事のリクエストを口にすると、

 「は~い。 少し待っててね~」

と言って、ルンルンで台所に向かって行くのであった。


 「莉空。 何が有ったんだ、昏睡状態の中で」

 蒼空が質問する。

 「女神ヘカテーに詩音さん怒られたんだよ。 もっと思っていることを言葉にしなさいって」

 「それでか。 あんな姿、学院では絶対に見せないものな」

 「聖月。 詩音さんって料理出来るの?」

 「......」

 「もしかして」

 「私も詩音ちゃんの料理って、殆ど見たことないよ」

 そう答えた聖月は、少し震えているように見えた。

 「まさか、激マズなの?」

 聖月の異変に気付いた蒼空が、恐る恐る確認する。

 「莉空君、気絶しないようにね。 多分、パラレル世界だと魔術を使って作る筈だから、現実世界よりはマシだと思う」

 聖月は『ファイト』ポーズをして、激励するのであった。


 暫くして、詩音がスキップしながら、出来た料理を持って戻って来る。

 「莉空〜。 私の精魂込めて作った料理、早速食べて元気を出してね」

 「は、い。 い、た、だき、ます」

 聖月と蒼空の話を聞いて、動揺しながら、口にする莉空。

 ひとくち、フタクチと食べてから、

 「詩音さん、グッドです」

と感想を述べる。

 それを聞いて、蒼空がつまみ食いしたところ、

 「......こんな簡単な料理なのに......」

 その様子を見て、聖月もひとくち。

 「......相変わらずの酷い腕前ね......」

 2人共に、詩音の前だから我慢していたが、不味いという表情を押し殺していたのだった。


 「詩音ちゃん、ご飯作りは私と蒼空君の役割だから、2人は回復したら戦いの準備を続けてね」

 聖月に続いて、蒼空も

 「僕達は今のところ、戦いではあまり出番の有る状態じゃないからさ。 こういうことは任せておいてよ」

 それに対して、詩音は、

 「2人がそう言うなら、まあイイけど。 私の魔術で作る料理も悪く無いハズよ」

 「いやいや、そんな些細なことに、魔力を使わないで。 詩音ちゃんの魔術は、料理を作る為のものでは無いでしょ?」

 必死に、これ以上詩音に料理を作らせまいと阻止する聖月と蒼空。

 2人の連携がこれ程にまで洗練されているとは、莉空も驚く程であった。


 「じゃあ、莉空。 少し休んだら、戦いの訓練再開しようね~」

 そう言うと、詩音は先に戻って行った。

 「莉空、大丈夫か?」

 「それって、精神攻撃魔術のダメージのこと?」

 「それもあるけど、さっきの料理だよ」

 「莉空君。 お腹壊して無い?」

 「えっ。 普通に食べれましたよ。 思っていた以上だったと思うのですが......」

「莉空、お世辞じゃなくてそれ本心か?」

 「そうだけど」

 「わかった。 詩音さんと融合し過ぎて、味覚や考え方が変わったのかもな」

 苦笑いしてそう答えながら、蒼空は、

 『莉空って、ずっと一人暮らしで、食べられれば大丈夫なレベルの味覚しか持っていないのだった』

ということを思い出し、元気になった莉空を詩音の待つ部屋に送り届けるのであった。



 それから、6人は休息を適宜入れながら橘邸での訓練を続け、次の戦いに備えていた。

 すると、戦いが始まって15日目の朝。

 起床した6人は、濃霧の中に居ることに気付いた。

 「夏に、こんな濃霧がある筈無いよね?」 

 「これは、リン達の攻撃の一貫でしょう」

 濃霧の中、突如多くの鴉が現れ、詩音達6人を攻撃し始める。

 詩音は、ファエサルが作った魔術の鴉だと思い、

 『イレイサー』

と叫んで、消去魔術をかけたが、鴉達は消えずに、そのまま6人を攻撃して来た。

 「痛い」

 「痛って〜」

等とあっちこっちから声がする。

 すると海未が鴉に対して、物理攻撃を仕掛ける。

 事前に準備していた無数の釘が、海未のスキルで銃弾の様な猛スピードで動き出し、次から次へと鴉に命中する。

 それにより、鴉達はその場で死に絶え、死骸の山が出来た。


 『ドラゴン・ファイア』

 詩音が鴉の死骸の山に攻撃魔術を仕掛け、一瞬で死骸は灰と化して、うず高く積み上がる。

 『サイクロン・ストーム』

 続けて魔術を使い、灰を敷地外へと吹き飛ばす。

 「魔術の鴉だと、私が簡単に消してしまうから、本物の烏を操って攻撃してきたようね」

 詩音がその様に感想を述べた瞬間、外から無数のコンクリートの破片が、海未と紗良を狙い撃ちしてくる。

 一瞬先輩達への攻撃に気を取られた詩音。

 その瞬間、詩音と莉空には空間移動魔術『キューブ・ワープ』がファエサルによってかけられ、2人は遥か彼方に、空間ごと飛ばされてしまったのであった。


 「不味い、詩音と莉空が遠くに空間移動させられたようだ」

 海未がその様子に気付いたものの、既に打つ手は無い。

 「空間移動させるような魔術は魔力の消耗が激しいから、ファエサルの魔力を使い切っての奇襲作戦だろうけど、効果は抜群ね」

 聖月はそう言うと、防備を固める。

 「攻撃来るよ」

 リンとツオ・ツオが、聖月以下4人に猛攻を加え始めた。

 無数の硬い破片が銃弾の弾幕の様に、雨霰と降って来る。

 それを紗良が、屋敷に備え付けの鋼鉄製防御壁をスキルで移動させて防ぐ。

 隙を見て、海未が自前で開発していた防護装備に搭載の超小型誘導ミサイル数発を発射して、ツオを狙い撃ちにするが、メイリンが気づき、衝突直前でミサイルを爆発させて、直撃を防ぐ。


 ところが、このミサイルには窒息性神経ガスが込められていた為、リン、ツオ、メイリンは息が出来なくなって、その場で倒れるのであった。

 「よし、ナイス俺」

 拳を握って小さくガッツポーズし、作戦が上手く行ったことを喜ぶ海未。

 ここはチャンスと、リン達3人に対して破片の雨霰でお返しをする。

 避けることが出来ず、次々と硬い瓦礫が直撃して負傷する3人。

 特に、ツオとメイリンはガスをまともに吸ってしまったので、苦しみで全く防御出来ず、重傷を負ってしまうのだった。


 「やられた。 こんな小細工に引っ掛かるとは......」

 なんとか態勢を立て直し、防御に徹するリン。

 『ファエサルが居れば、魔術でガスを無害化して、なんとも無かった小細工だが...... あのAM人の青年、なかなか良く状況を見て、先を読んでいるな』

 リンは海未を内心褒めると共に、ナタリーにツオとメイリンの2人を連れての撤退をお願いする。


 『詩音ともう一人の危険な彼を遥か彼方に飛ばすことに成功したので今日の戦果としては十分だ。 さて、一気に最後の猛攻をお見舞いして、予定通り一旦引こう』

 リンの決断は早い。

 そして、撤退の時間を作る為の猛攻が始まる。

 橘邸近くの雑居ビルが幾つも崩壊し始め、その残骸が一気に聖月以下4人が籠もる屋敷を襲う。

 「ヤバい、物凄い物量の攻撃だ」

 4人は、空が暗くなるほどのコンクリートや鉄筋の残骸の山が向かって来たことで、慌てて身を隠す場所を探す。

 ひとまず蒼空が、聖月の上に覆い被さり、盾となる。

 リンの猛攻に、蒼空のスキルのシールド防御が発動したが、残骸の量が凄まじく、シールドだけでは押し潰されるのは時間の問題だ。

 「聖月。 直ぐ近くに秘密の地下通路無い?」

 蒼空が確認すると、

 「こっちに有るから来て」

 側の押入れを開けて、その底板をずらすと、階段が現れたのだ。

 「よし、この下に降りて、攻撃をやり過ごそう」

 直ぐに階段を降り始める2人。


 すると、それまで紗良のスキルで支えられていた柱が軋み始め、その後轟音と共に屋敷が押し潰され、階段の上部は瓦礫で埋まってしまった。

 「とりあえず、奥に進むしかないね」

 蒼空は、聖月の手を引っ張って、通路を奥へ奥へと進む。

 「先輩達は大丈夫かな?」

 聖月が心配そうに呟く。

 「あの2人なら、きっと大丈夫。 上手く何処かに隠れて、リンの攻撃を躱していると思うよ」

 蒼空は根拠無いものの、2人の息の合った訓練を見てから、そう確信していた。


 地下通路は、敷地外に通じている筈だったが、リンの攻撃による数万トンの瓦礫が上に乗っかり埋もれたことで歪んでしまって、外に出れなくなったのだった。

 「出口に行く途中の部分で、通路が潰れちゃっている」

 目の前の状況を見て呟いた聖月が、不安そうな表情を見せる。

 「大丈夫。 詩音と莉空が戻る迄、暫くここに隠れていようよ」

 蒼空はそう言って、暗い地下通路に座り込んでみる。

 少しジメッとしていて、ちょっと座り心地が悪い。

 そこで、着ていたシャツを脱いで、通路の地面に敷き、

 「聖月、ここに座って」

と勧める。

 よく見るとシャツには血が染みていたので、聖月は、

 「蒼空、何処か怪我したの? ちょっと背中を見せて」

と驚いて確認する。

 「大丈夫。 かすり傷だよ」

と答えたものの、中程度の怪我だということは、痛みでわかっていた。

 「回復魔術が効かないから、これで我慢して」

 聖月はそう言うと、魔術で小さくしていた救急セットを元の大きさに戻してから中身を取り出し、蒼空の傷口の応急処置を始める。

 「うわ〜、染みる〜」

 消毒液のひんやり感が傷口にかかると、思わず声が出た蒼空。


 その後、聖月はテキパキと怪我の処置をして、最後に特大の絆創膏を張って、包帯を巻く。

 「聖月。 ありがとう」

 「こちらこそ、護って頂いて、本当にありがとうね」

 そう言うと、2人は並んで座り、外の様子に耳を澄ます。

 すると暫く経ってから、音が静かになり、リンの攻撃が終わった感じが有ったので、一安心した2人。

 「莉空と詩音さん、何処に飛ばされたのかな〜」

 「結構遠く迄、空間移動させられた感じだったね」

 「それでは、暫くここで待つしかなさそう?」

 「こういう時の為に」

 聖月はそう言うと、魔術で小さくしていた非常用の飲食セットを取り出して、これも元の大きさに戻す。

 「これで、暫くは大丈夫ですよ」

 そして、聖月は蒼空に寄りかかって一眠りすることにした。

 お互い交代で休み、イザというタイミングに備える為であった。



 その頃、詩音と莉空は、旅行客で賑わうOK縄のリゾートホテルのプライベートビーチに飛ばされていた。

 「ここは......」

 「まさか、OK縄?」

 「やられた〜。 空間移動魔術をいきなり使って来るとは......」

 「詩音さんも出来るの?」

 「私は使えない。 瞬間移動魔術は使えるけど、ある空間を丸々遠くに移動させる強力な魔術を持っているなんて......『幻想の魔術師』の異名は、伊達では無かったってことね」

 「感心ばかりしている場合じゃないよ。 早く東KYO都内に戻らないと」

 「魔術で?」

 「公共交通機関だよ。 とりあえずファエサルは魔力の使い過ぎで、1日以上戦線離脱だろうから、なんとか聖月達も攻撃躱しきれるでしょう」

 詩音は、莉空の手を引いて、人々が楽しそうに過ごしているビーチからホテルのロビーを抜けると、直ぐ空港行きのバス乗り場を探し始める。


 少し先にバス停を見つけた詩音。

 「万◯毛?」

 場所が分かり、空港迄だいぶ時間が掛かることを理解したので、

 「焦らず、気持ちを落ち着けて戻りましょう。 アイスでも食べながら」

 莉空にそう言うと、リゾートホテルに戻って、売店でブ◯ー◯◯ルアイスを2つ買って来た詩音。

 「夜には帰れるかな? 折角だから莉空、半分ずつ食べようよ」

 そう言うと、詩音は半分位食べたアイスを莉空に手渡し、莉空が食べていたアイスを交換して受け取ると、パクり。

 『ヤバい、これって......間接ナンチャラだよ......』

 莉空は緊張した面持ちで、詩音が食べていたアイスをゆっくり食し始めるのであった。

 

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