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悪戯と黄昏の刻に・第一紀(異能者の戦い)  作者: 嶋 秀
第一章(パラレル世界篇(詩音・聖月・莉空・蒼空を中心とした異能者の戦い))
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第7話(幻想の魔術師との戦い)


神々達が設定した何かを見つける為、聖月は蒼空との絆をより強める行動を開始する。


そして、敵も行動を再開し、新たに最前線に到着した『幻想の魔術師』ファエサルと詩音との間で、初の戦いも勃発するのであった......


 聖月は、寝室も蒼空と共にすることとした。


 徹底的に一緒に過ごすことで、潜在的な能力の結びつきを見つけ出したいと考えたのだ。


 流石に、蒼空は、

 「若い年頃の男女が、同じ部屋で寝るというのは、その、あの、よろしくないと思いますが」

と言ったものの、

 「大丈夫。 もし万が一、私が襲われても、攻撃魔法で対応致しますから」

と聖月が笑顔で答えたので、そういう流れとなった。


 同じ部屋に、布団を二組敷き、横になる聖月と蒼空。

 早速、聖月は、あの話をすることにした。

 「私、蒼空君に一つ謝らなければならないことが有るの。 聞いてくれますか?」

 「はい」

 「初日のリン達の攻撃で、蒼空君は死にかけたよね?」

 「うん、よくわからないけど、もの凄い激痛で意識を完全に失いました」

 「あの時実は、回復魔術が効くよりも早く、蒼空君が死にそうだったので、禁断の回復術を使ってしまったの」

 「禁断の、ですか?」

 「その為、私の回復魔術は、今後蒼空君には効果が無いのです」

 「......」

 「本当にごめんなさい。 もしかしたら、私の判断ミスで、通常の回復魔術でも大丈夫だったかもしれないのに」

 「聖月さん、謝らないでください。 聖月さんの判断ミスはありませんでした。 通常の回復魔術だったら、俺は死んでしまって、いまここに居ないと断言出来ます」

 「蒼空君......」

 聖月は、蒼空の言葉に救われる気持ちであった。

 

 「だから、これからは絶対に無茶しないで。 次に致命傷を負ったら、あの世に行ってしまうから......」

 「わかりました。 出来るだけ、怪我をしないように努力します」

 「お願いね」

 「ところで、その禁断の回復術って、この間詩音さんが説明していたヤツですか?」

 「あれは、私の為の回復術よ。 禁断の回復術っていうのは......」

 「はい」

 「......」

 「どうしたのですか? そんなに不味いことな......」

 聖月は、蒼空の唇に自分の指を当ててから、聖月自身の唇を指差して、

 「これです......」

 「うそ、ですよ、ね?」

 その言い方に、ちょっとムッとした聖月。

 「本当です。 私の初めてのなのに......」

 すると、あまりの恥ずかしさに、蒼空は真っ赤になって、布団を被ってしまった。


 「ちょっと、蒼空君。 その反応は私がするべきものじゃない?」

 暫く心を落ち着けて、蒼空は布団から顔を出した。

 「ごめんなさい。 あまりにも動揺してしまって。 嬉しくて......」

 「不可抗力ですからね。 命を救うのに必死だった結果」

 「わかっています。 本当にありがとうございます、ご迷惑をお掛けしてすいませんでした。 人生初のものを頂く形になってしまって......」


 「それでは、俺の話を聞いて貰っても良いですか?」

 「どうぞ」

 「俺、高校受験は地元OB広市内の高校受けるつもりでした。 ところが、両親から『都幌学院を受けるように』と強く勧められて」

 「今、考えれば、『異能者の戦い』絡みで、絶対に受験させなければイケナイ契約だったのでしょう」

 「......」

 「中学の成績は悪く無かったのですが、絶対受からない筈なのに受かってしまい、最初は嬉しかったですよ。 超難関高ですから」

 「実際通ってみると、部不相応で全く馴染めなくて、本当に後悔しました。 普通の高校にすれば良かったと。 莉空以外、これといった友人も出来ず......」

 「うちって、全然貧しく無いんです。 大規模農家なのでこんな時代でも、十分な収入が有るのですから」

 「でも、都幌学院に通っている生徒とは、比べ物にならないからって見下されて、本当に最初はつまらない高校生活で、両親を恨みました。 なんで学院を勧めたのかって」

 「しかし、莉空と親友になってからは、少しずつ面白くなってきました。 莉空って予知夢みたいのよく見るらしいので、この2年ぐらい、その話をもとに、色々なこと試してみたりして、イタズラしたり、イヤなヤツの失敗をわざわざ見に行ったり。 最近は楽しく過ごすことが出来ていました」


 「莉空さん、予知夢見ていたのですか?」

 「異能者のスキルのせいじゃないですかね?」

 「現実世界で異能者のスキルは何の効果も無い筈だけど......」

 「すると、莉空の予知夢って偶然なのかな......」

 「そして聖月さんと、いまこうして知り合えた。 なんだかんだ言って、学院に進学して良かったと今は思っています」

 「夏休みに入ったので、今頃、農作業を手伝っている筈だったから、親父とお袋大丈夫かな〜って、少し心配しています」


 「今度は、私の話ね」

 「うちって、旧家だけど、実は結構行き詰まっているの」

 「歴史だけが長くて。 何処かで異能者の人為的創出の話を聞きつけて、『一族から異能者が出れば、幸運が巡って来る』って言い伝えが有るので、それにお家再興の全てを賭けて、それで生まれて来たのが私」

 「言い伝え通り、運が少し巡って来て、かなり立ち直ったの。 成功報酬が相当出たらしいから」


 「成功報酬ですか?」

 「蒼空君のご両親も貰っていると思う。 具体的な金額は知らないけど、一般家庭だったら、一生遊んで暮らせるぐらいっていう話だからね」

 『それで親父達は、北K道の農地を買ったんだ。 急に大規模農家になった資金の出処は、異能者を生んだ成功報酬なのかも』

 聖月の話を聞いて、蒼空は自分の存在が両親の生活を大きく変えたことに、安心感を覚えていた。

 もし、自分がここで死んでも、自分の存在自体が両親の生活を豊かにしたのならば、十分役に立っていたのだという事実を知ったから......


 「だから、うちは全然富豪じゃないのよ。 大きな財産はここの土地ぐらい。 でも名家って維持する為の支出も莫大で、借金も多いから、最近の大災害の頻発によって再び苦しくなってきてね」

 「......」


 「学院の3大美女とか言われているけど、あれも重荷」

 「詩音のところは超大富豪よ。 もう一人の海夏の家も大富豪。 でも、うちは全然。 比較にもならないハリボテみたいなもの。 伝統ある名家だからって、金持ちのふりをしているだけ」

 「だから、両親は私を利用しての玉の輿狙いが露骨。 そんな家が嫌だから、毎日の様にパラレル世界へ来ているの」

 「ここなら、私は家の呪縛を逃れて、自由。 魔術も使えて現実世界の辛さを忘れられるから......」

 「最近は、全く家に帰っていないよ。 現実世界に居る時は、ずっと詩音のところで面倒見て貰って。 両親も詩音の家が超大富豪だから、縁が欲しくて、帰って来なくてイイって思っているし」

 「......」


 「神様って、よく見ているなあって思うよ。 他の異能者の人達の家は本当にビックリするぐらい恵まれている。 でもうちは、欲望丸だしで、望んで異能者の出現を求めた家だから、期待していた程の大きな恩恵は無かったみたい。 一歩間違えば、再び没落っていう状態ね。 今は」


 「ごめんなさい、愚痴ばかりで」

 「ううん。 本心を話してくれてありがとう。 まさか聖月さんが、そんな悩み抱えているなんて、本当に驚いた」

 「ねえ。 『さん』付けは止めようよ。 同級生でしょ? せめてこっちの世界に居る間だけは」

 「じゃあ、『君』付けも無しにしましょうか?」

 すると、2人は笑い合う。

 少し、聖月と蒼空の絆が深まった、そんな夜となった様であった......



 翌朝。

 聖月と蒼空は朝早く起き、庭の手入れをする。

 雑草を抜いて、水を撒く。

 それから、6人分の朝食作り。

 そして、後片付け。

 掃除も行う。

 この日は、魔術を使わず、2人でオーソドックスに掃除をした。

 聖月は嫁入りの修行として、蒼空は農家に暮らす家族の実務として、家事をする能力がそれぞれ備わっているので、てきぱきと行われるのであった。

 

 「聖月と蒼空君の間の壁が、少し無くなったみたいね」

 魔術で融合したまま、詩音は莉空に直接話し掛ける。

 「それは、良かったと思います。 同じ時に同じ場所で生まれた2人ですから、何か強い繋がりの様なものが有る筈ですよね?」

 「それは、間違い無い。 ただそれが何で有るかは、今のところ、予想が付かないわ」

 『思った以上に、複雑なものが聖月と蒼空君の間に絡みあっている』

 その様に、詩音は感じ始めていたのであった。




 「さて、我々もNH国へ再出発しますか?」

 リン・シェーロンは、『幻想の魔術師』アウダ・アイン・ファエサルと『回復の魔術師』ナタリー・キース・レイフ、それに『攻撃スキル』のツオ・ツオ、『防御スキル』のルー・メイリンに出撃を促した。

 「さあ〜我々に、どんな運命が待ち受けているのかな~」

 ファエサルは楽しそうな表情で、軽やかに歩き出す。

 「あの人が、高名な『幻想の魔術師』なの?」

 メイリンがツオに確認する。

 「自分も初めて会ったので、よくわかりませんよ」

 ツオが少し困った顔で返事をする。

 どう見ても、ただの優男で、噂の様な最強の魔術師の一人という感じが全くしない。

 「オーラも無いよね?」

 メイリンはファエサルを酷評している様だ。


 「シオンが唱文魔術師だったとはね~。 前回はエンブレム魔術しか使っていなかったのに」

 ファエサルが、今回判明した真実を嬉しそうに話して、

 「ナタリーさんも唱文の回復魔術ですよね?」

 「唱文魔術は、数え切れない程の種類が有るから、シオンがどういう魔術を使えるのか、興味があるわ~」


 リンは少し思案しながら、

 「それで、ファエサル殿。 作戦はどうしましょうか?」

と確認する。

 「瞬間移動攻撃にやられたのですよね?」

 「はい。 自分の攻撃がそっくりそのまま返されてしまって......」

 「リンさんの攻撃力、半端ないから、それが返って来たら、それはそれはキツイでしょう」

 「お恥ずかしいことながら......」

 「物理攻撃については、攻撃力の弱いものだけにしましょう」

 「私は、精神攻撃魔術のみ使って、シオンを試してみようかな」

 その様に話すファエサルは、非常に楽しそうであった。


 「じゃあ、直接航空機で乗り込みましょう。 NH国、東KYOのHND空港へ」

 「おっ。 その大胆さ、私大好きですよ~」

 幻想の魔術師は、リンにそう話し掛けると、空港の国際線ターミナルに入っていくのだった。


 機内ではゆったり過ごす5人の一行。

 現実世界でのリンは、東Sアジアで事業展開し巨万の富を有する実業家なので、当然の様にファーストクラスを利用。

 他の4人もご相伴に預かり、同様の待遇だ。

 「しかし、直行便が無いのが面倒ですね」

 「それは仕方ないさ。 台W・琉K戦役の影響で、外交関係が著しく悪化したままだからな」

 最短距離の場合、DK国経由となっているC国からNH国へのフライト。

 前は4時間もあれば到着出来たが、今や半日がかり。

 5人がHND空港に到着したのは夜であった。

 「昔より、東KYOは街全体の照明が少し暗くなったなあ」

 普段は仕事で世界中を飛び回っているリン。

 だからこそ実感する、NH国の衰退であった。


 「さて、この煌びやかな都市の灯りの中で、シオンは何処に居るのかな?」

 楽しそうなファエサル。

 特に、魔術師同士の詩音と戦うのが楽しみな様だ。

 「ひとまず、東KYOでの戦いは様子見で良いでしょ? リンさん」

 「幻想の魔術師殿がそういう方針なら、私は全く構いませんよ」

 「決戦は、NH国の『古の都KYO』でどうですか? あの場所なら魑魅魍魎も沢山居るので、幻惑し易いから」

 「おお、それは面白そうですな。 NH国固有の神の力を少し借りるってことですね」

 「そういうことです。 まあ今回、このちっぽけな本S島の半分は、向こう陣営にくれてやるっていうことで」

 「じゃあ、方針は決まりましたな」

 「それでは、夜中の奇襲で、お手並み拝見といきますか?」


 ファエサルは、魔術で鴉達を呼び寄せ、情報を収集。

 詩音の居場所を突き止め、4人には近隣で待機する様に指示すると、飛翔術で塀を軽く飛び越え、屋根の上で軽く飛び跳ねると、橘家の庭園に降り立ったのであった。


 「来た」

 寝ていた詩音は飛び起きると、隣で熟睡中の莉空を叩き起こしながら、雨戸を開ける。

 すると、枯山水庭園の石舞台の上に、ちょうどファエサルが降り立つところであった。

 「安眠中を妨害してゴメンネ、詩音」

 「貴方は、初めて会う異能者ね。 魔術師?」

 すると、片腕を胸の前で水平にしながら、被っていた帽子を脱いで一礼し、

 「私は、アウダ・アイン・ファエサル。 どうぞお見知り置きを」

と自己紹介をした。


 「貴方が、『幻想の魔術師』の異名を持つ方ね。 それでは、挨拶代わりに」

 詩音はそう言うなり、ファエサルに魔術『エンブレム・ファイア』で攻撃を仕掛けるも、あっさり打ち消されてしまう。

 「血の気が多いなあ~詩音は。 まだ若いから仕方ないかな? 純潔の美少女だからね」

 そう言いながら、詩音の後ろに居る莉空に対して、ファエサルの合図で一斉に鴉達が襲い掛かる。

 莉空は腕で頭を庇うが、鴉の攻撃が非常に痛そうで、室内に逃げ込む。

 「莉空〜〜」

 詩音が驚いて叫ぶと、ファエサルが、

 「彼が詩音の恋人? それでは」

と呟くと、周囲に霧が立ち込め始める。

 そして、濃霧となり、一寸先も見えない状態に。

 莉空を攻撃していた鴉達はいつの間にかに消えていた。

 そう、その鴉達はファエサルが作り出した幻であったのだ。


 何も見えない、詩音と莉空。

 「莉空〜、どこ〜」

 詩音は何度も叫ぶが、返事が無い。

 莉空も、

 「詩音さん、何処に居ますか?」

 そう言いながら、庭園のあったと思われる方向に、手探りで一歩一歩進むも、詩音の声すら聞こえない。

 さっき迄、お互い数メートルの距離に居た筈なのに......


 すると、遠くから莉空を呼ぶ声が。

 「莉空、莉空」

 この声は......

 亡くなった筈の母の声の様であった。

 「莉空〜、元気にしてた?」

 記憶にすら残って居ない母の姿。

 三十歳くらいの女性が、自分の名前を呼んでいる。

 果たして本当に母なのか?

 少し疑問に感じる莉空。

 ただ声は確かに、遠い昔の日に聞いたことのある様な気がした。

 「失礼ですが、貴方は戸次莉空の母ですか?」

 質問をしてみる。

 「勿論よ。 母の顔を忘れてしまったの? 莉空......」

 女性は悲しそうな顔をする。

 「ごめんなさい。 僕の母は物心つく前に亡くなってしまったもので......」

 「そうだったわね。 あまりにも早く死んでしまって本当にゴメンネ。 寂しかったでしょ?」

 その女性は、申し訳なさそうに言う。

 そして、

 「さあ、母のもとにおいで。 莉空」

 そう言って手招きをする。

 迷う莉空。

 すると、女性は、

 「私も寂しかったのよ、莉空。 こちらに来て久しぶりの母子の再会を味わさせて......」



 詩音は、莉空を探すも、濃霧過ぎて見つけることが出来ない。

 直ぐそこに居る筈なのに......

 『イレイサー』

 魔術を打ち消す為のオーソドックスなエンブレム魔術を使ったが、濃霧は消えない。

 そこでひとまず詩音は、

 『アルテミス・イスカチェオン』

 自身が使える最強防御魔術の一つを唱えて使うことにした。

 すると、霧が一気に晴れて、ファエサルの姿が見える様になる。

 「ほ~、流石だね詩音。 その防御魔術は、私も知らない代物だよ」

 初めて見る詩音の防御魔術を試してみたくなったファエサル。

 『ゴッド・ファイア』

 エンブレム魔術では、最強クラスの攻撃魔術を詩音に放つも、焔すら出ず、あっさり打ち消されてしまった。

 『これは......とんでもない防御魔術だな』

 ファエサルは、流石に驚く。

 「いやあ〜、参った。 その防御魔術は凄いね。 私にはもう攻撃手段は無いよ、詩音」

 「......」

 「しかし、詩音の大事な人は、幻想の迷宮魔術に引きずり込まれそうだけど、イイのかい?」

 ファエサルがそう言ったので、慌てて邸宅内を振り返ると、目の光を失いつつある莉空が、

 「お母さん......」

と小さく呟いて、その場で手を伸ばしている。

 「莉空、ダメ〜〜」

 詩音は大声で叫び、駆け寄る。

 ちょうど、その時だった。


 「莉空〜。 さあ母の下へ来て」

 一歩一歩近づく莉空。

 そして、母と名乗る女性とハグをしてしまう莉空。

 やにわに母の顔を見上げると、得も言われぬ恐ろしい顔をしている様に見えた......

 そう、これはファエサルが放った魔術『魔女の抱擁』であったのだ。


 詩音が駆け寄った時は、一歩遅かった。

 抱擁前に、『アルテミス・イスカチェオン』の効力範囲内に入れば、『魔女の抱擁』は消滅したのだが、詩音はファエサルに気を取られ、暫しの間、莉空の存在を忘れてしまったのだ。

 目の光が消え、生気が消えていく莉空。

 その場に倒れて、動かなくなってしまった。

 「ファエサル、何をしたの?」

 怒りの表情の詩音。

 そして、ファエサルが答える前に、精神魔術『アンドロメダの涙』をファエサルに放つ。

 あまりの早業に、ファエサルも躱しきれず、莉空同様に強力な精神魔術の世界に堕ちてしまい、その場に倒れたのであった。


 ファエサルを精神魔術攻撃で、微塵も動けなくしてから、莉空の体を揺する。

 しかし、全く反応は無い。

 莉空の胸に手を当てると、心臓は動いている。

 そこで、詩音は決断する。

 一旦、魔術で莉空の体を持ち上げて、聖月の部屋に移動させた。

 寝ていた聖月と蒼空は、突然莉空を連れた詩音が現れたので、驚く。

 「精神魔術攻撃で、やられてしまったの。 私が融合魔術で一体化して、莉空を精神魔術の世界から取り戻すので、その間、護って下さい」

 詩音は、聖月と蒼空に説明と防護をお願いする。

 「敵の魔術師は?」

 聖月が確認すると、

 「庭園で倒れているよ。 私も精神魔術を放ったから、抜け出す迄、暫く動かない筈」

 そう言うなり、詩音は莉空に融合して、姿を消したのであった。


 聖月は、邸宅内を移動し、庭園の方に向かうと、倒れている男が1名居る。

 『この男ね。 魔術師は』

 聖月が庭園に降りようとした時、一人の女性が現れた。

 「貴方は......ナタリー?」

 真夜中なので、人影しか見えない。

 「そうよ。 ファエサルが戻って来ないので、様子を見に来たら、このザマ」

 「聖月、ここは一旦お互い引くということでどうかしら? そっちも誰かファエサルにやられたのでしょ?」

 ナタリーの提案に対し、聖月は質問をしてみた。

 「わかったわ。 一つ教えてくれたらね」

 「何を聞きたいの?」

 「その、ファエサルという魔術師の異名を」

 「ああ、そんなことなら教えてあげるわ。 この人は『幻想の魔術師』よ。 しかし、高名な幻想の魔術師をよりにもよって精神魔術に掛けるなんて、詩音って本当に恐ろしい魔術師ね」

 そう言い残すと、ナタリーはファエサルを魔術で空中に浮かばせ、そのまま屋敷の敷地を出て行ったのであった。

 


 「莉空〜、何処に居るの?」

 既に魔女の抱擁の闇に堕ちた莉空には、精神界で直接見つけて、魔女を倒さないと回復させるのは難しい。

 歩けども歩けども、周囲の景色は何も変わらない。

 ずっと、灰色の部屋の中をひたすら前に歩き続ける詩音。

 先に進んでいるのか、それすらもわからない状況であったが、それでも歩き続ける。


 『何時間歩いたのだろう』

 流石に疲れた詩音は、休息をとることにした。

 すると、何処からか現れた少年が、

 「お姉さん、はいお水」

と言って、ミネラルウオーターを差し出す。

 詩音は、その子に、

 「お名前は?」

と尋ねる。

 すると、少年は、

 「戸次莉空」

と答えた。


 「莉空君、ありがとう」

 そう言って、ミネラルウオーターを受け取るが、これを飲んでも良いのか悩み始める。

 「お姉さん、喉乾いたのなら、その水飲んだら?」

 その様に勧められる。

 迷う詩音。

 「どうしたの、お姉さん」

 「これって、普通の水?」

 「そうだよ」

 「お姉さん、疲れたけど、喉はそれ程乾いていないの」

 そう答える詩音。

 「もしかして、僕を疑っている?」

 少年は鋭い質問をしてきた。

 「疑っていないよ」

 「......」

 今にも泣き出しそうな少年。

 『このままでは拉致があかない。 思い切ってこれを飲んでみるか』

 そういう考えに至った詩音。

 ついに、蓋を捻って開けて、飲み始める。

 すると、少年は......

 笑顔を見せて消えた。

 「ちょっと、待って莉空」

 そう声をあげると、周囲の景色が一変する。


 ここは......

 真っ黒な空間。

 窓が有り、明かりが漏れているので覗いてみる。

 中では葬儀が行われている。

 死者の遺影には顔が無いが、男性と女性の写真であった。

 夫婦揃って亡くなったようだ。

 詩音は窓外から、手を合わせる。

 小さな男の子が、事情を理解出来ないまま、笑顔で参列者の顔を見ている。

 「莉空、こっちにおいで」

 初老の夫婦に呼ばれて、そのもとに駆け寄る莉空。

 その無邪気な姿は、参列者の涙を誘っていた。

 すると、参列者の中に見知った顔を見つけ出した。

 「お祖父様......」

 呟く詩音。

 詩音の祖父も参列していたようだ。

 それだけでは無い。

 「あれは、私?」

 祖母に抱っこされて、黒色のワンピースを着た女の子が居たのだ。


 『私は、莉空のご両親の葬儀に参列していたのね』

 詩音は新しい事実を知って、一旦窓から目を逸らす。

 そして、再び窓内を見やると、葬儀の様子は消えていて、異能者を人為的に創出するプロジェクトが作った極秘施設の特別室に変わっていた。

 ベッドに横たわっている、生まれてから数日経った赤ん坊。

 それが2人居る。

 ネームプレートには、『戸次莉空』『璃月詩音』と書かれていた。

 『そうか、あれは私と莉空ね。 同じ日に生まれたのだから、特別な何かを背負わせれているのでしょう......』

 2人の運命さだめは、生まれた時から重なりあっているのだ。

 『本当に神々達は悪戯いたずら好きよね。 この時点で既に現在の様な状況になるのは決まっていたってことなのだから......』


 そして、再び窓内に目をやると、魔術の女神ヘカテー?らしき女性が、小学生時代の詩音に魔術を授けているシーンが見えた。

 『あれは子供の頃、毎日の様に夢で見たシーン。 今考えると、あれは夢では無く、本当に私へ魔術を教えていたのだろう』

 詩音の唱文魔術は、師匠やその他の魔術師から直接教わったものではない。

 夢の中で教わっていたのだ。

 ただ一部封印も掛かっていて、全てを使える様になったのは、異能者として最初の戦いを終えてからであったが。


 『ここで女神ヘカテーが出て来たということは、莉空がファエサルに掛けられた精神魔術は、ヘカテーが関係している魔術なの?』

 その様な思考に辿り着き、窓を覗くと、

 莉空が母だと思ってハグをしている。

 その女性は、ヘカテーである様に見えた。

 『ファエサルがかけた魔術にヘカテーが絡んでいるとなると、莉空の精神を縛っている魔女を倒すのは難しいわ。 一体どうしたら......』



 詩音が莉空と融合魔術を使ってから、半日が過ぎようとしていた。

 残された4人は、交代で莉空の体を護衛し続けている。

 「詩音ちゃん、大丈夫かな? もしこれが長く続いて、その間にリン達の攻勢が有ったら、もう逃げるしかない」

 聖月は、最悪の事態を想定して、東KYO都内からの撤退準備を始めていた。

 「一体、どうなっているのだろう」

 蒼空が不安そうに、意識を失ったままの莉空と、莉空の中に居る詩音の方を見つめる。

 「私達に出来ることは、待つことだけです。 2人が戻って来るこの場所を出来るだけ維持しながら......」

 聖月が厳しい顔つきで、そう答えると、他の3人も頷くのであった。

 

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