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悪戯と黄昏の刻に・第一紀(異能者の戦い)  作者: 嶋 秀
第一章(パラレル世界篇(詩音・聖月・莉空・蒼空を中心とした異能者の戦い))
6/40

第6話(首都圏へ)


北K道箱D市の戦いで勝利をおさめてから、本S島に上陸し、TH地方を順調に確保した詩音達。


そして、遂に首都東KYOに入京したのであった。


 莉空達6人が、パラレル世界へ来てから10日目。


 異能者の戦いも残り20日となり、中盤戦に突入している。



 前日夜に宿泊したA若M市内を出発し、N潟市へと移動してから、万D橋付近に設置されていた敵陣営の拠点を攻撃魔術で破壊する。

 相変わらず手加減無しの攻撃で、橋周辺は完全破壊され、人々は大混乱していたが、全く気にする素振りを見せない詩音。

 『本当に、躊躇無し&容赦無しだなあ~』

 その様子を見て感嘆しきりの莉空も、感覚がおかしくなってきているようだ。



 「今日も、融合魔術『ブラッディー・イーグル』で手早く終わらせるの?」

 聖月が詩音に確認する。

 「そのつもり。 ここも簡単に山頂迄登れる場所があるから、そこで使う予定」

 そう説明すると、

 「紗良さん、海未さん、蒼空君の3人は、あの高いビルの屋上に設置してある敵の方陣の紋章を破壊してくれないかな? それが終わったら、東KYOに新◯線で先に向かって下さい」

 「聖月、東KYOでの滞在場所は、聖月ん家の邸宅で良い?」

 「良いよ。 どうせパラレル世界の家ですから、壊されても全然OKです」

 「先輩方も準備とか色々あるでしょうから、3人纏まって順番に東KYOの先輩方それぞれの居宅に寄ってから、聖月の東KYOにある実家前で集合お願いします」

 「わかった。 それで、あの一番高い建物の屋上を壊せば良いんだよね?」

 「そうです。 お願いします」

 「了解」

 そう短く海未は答えると、紗良と蒼空を連れて、高層ビルの屋上破壊へと向かうのだった。


 「さて、私達は、Y彦山の山頂に向かうことにしようよ」

 詩音は2人にそう告げると、電車に乗って移動を開始。

 Y彦山は、古から神の山として崇められてきたので、麓に有名な神社が有り、最寄り駅からは参道を歩けば意外と手軽に到達出来る。

 駅に到着後、参道を歩く3人。

 「ここの神社って、恋愛成就でも有名だよね~」

 聖月が詩音に、意味深な言い方をするも、

 「そうなの?」

 「山頂に由縁の社が有ったと思うけど」

 「ふ~ん」

 詩音は、普段から神頼みとか全くしない人であるが、今回も祈願というものに、殆ど興味が無い様であった。


 そこで聖月は、次に突っ込みたい話を始める。

 「詩音ちゃん、なんで3人を別行動にしたの?」

 「手分けした方が早いかなって......」

 「え~、本当にそんな考えなのかなあ? 詩音の『雷神の鎚』一発で、あの高層ビルの屋上壊せば、終わったのに」

 「......」

 「やっぱり3人に、ブラッディー・イーグルを使う時の姿を見せたく無かったのでしょ?」

 「......」

 「図星みたい。 傍から見たら、結構衝撃的な魔術での融合姿だから~」

 そう言うと、聖月はニコニコ。

 「あ~あ。 聖月に隠し事しても直ぐ見抜かれちゃうね」

 「その通りよ。 ちょっとあの融合状態は、緊急時以外は見せたくないかなって」

 「私も昨日実際に見て、ちょっと大丈夫なの?って思った」


 聖月は、少し恥ずかしそうな表情になって、質問を続ける。

 「それで、尋ねたいのだけど」

 「なに?」

 「やっぱり、あの融合って、凄く色々と感じちゃうのかなって」

 「それって、精神的に?」

 「それもあるけど......」

 「莉空〜。 聖月が魔術の融合の間、性的に興奮するか知りたいって」

 「ちょっと、詩音ちゃん。 その質問、直接的過ぎだって......」

 「それは無いですよ。 精神的な繋がりは凄く感じますが」

 「そういうことです。 聖月は意外とヤラシイんだから」

 「......」

 「これでも、私はマジメに任務を遂行しているのです、聖月姫」


 3人は参拝してから、ロープウェイに乗り、その後山頂迄歩いて登る。

 そして、3度目の融合魔術『ブラッディー・イーグル』を発動し、Y彦山山頂付近に隠されている筈の、敵の方陣の紋章を探し始める。

 すると、直ぐに発見出来たので、即破壊した後、今度は同じN潟県内の信仰の山である8海山、更には飯D山周辺を魔術の鷲で捜索する。

 方陣用の紋章は、大概、いにしえの信仰の地に設置してあるものなので、そういう場所を事前にネットで調べてから現地で探すと、非常に見つけ易いのだ。

 この日探した敵の紋章も、やはりそうした場所に設置されていたので、それぞれを破壊後、新しく味方の方陣の紋章を描いてから、魔術の鷲を呼び戻し、魔術を解くのであった。


 この日はかなり遠く迄、魔術の鷲を飛ばしたので、ぐったりする詩音。

 そこで休憩をとって、それから下山することに決め、恋愛成就の祠に参拝する3人。

 『詩音と莉空君は、それぞれ誰との恋愛成就を祈願しているのかな? 相思相愛っぽい気がするけど』

 そんなことを考えながら、自身も祈る聖月。

 聖月自身は、特に興味の有る相手が居ないので、ただ手を合わせて、今回の戦いが無事に終わることを願っていた。



 麓に降りてから、電車を乗り継ぎ、新◯線で東KYO駅に向かう3人。

 詩音は、魔力をかなり消費し、乗ってから終点迄、ほぼ寝ている状態だった。

 聖月は、莉空にも沢山質問したいことが有ったので、詩音が寝ているこのタイミングで確認してみることにする。


 「莉空君。 詩音と3回も魔術の融合をしたから、もうお互いの考えとか、気持ちとかも共有したのだよね?」

 「はい。 そういうことになると思います」

 「詩音は莉空君のこと、どう思っているの?」

 「そこは、モヤモヤってした感じですね」

 「逆に、莉空君は?」

 「そこも、モヤモヤってした感じですよ」

 「そうなんだ......」

 「僕と詩音さん、まだ初めて話をしてから10日ですよ。 現実世界では、あまりにもかけ離れた存在同士だから、いくらパラレル世界で親しくなっても、今後実際どうなるのか予想付かないですね」

 「確かに、そう言われると......」


 「莉空君のスキルは、かなり実力を発揮出来る状態になったのかな?」

 「僕のスキルって、攻撃されないと発動しないというのが詩音さんの結論です。 余程の何かが無い限り、反撃オンリーということの様です」

 「3回の魔術での融合の結果ハッキリしたことは、僕の異能者としてのスキルは、詩音さんの魔術師としての能力を限界迄高める様に設定されているらしいってことです」

 「それで、封印されていたんだね。 訓練が必要なのは詩音の方で、一定のレベルを超えないまま、莉空君のスキルの補助を受けると、暴走して危険だから」

 「はい」

 

 「僕は今迄、何の為に生まれてきたのか、全くわからず、目的も無く、ただその日だけを惰性で生きてきました」

 「両親を物心付く前に亡くし、その後は周囲から見下されてきた少年時代の日々。 育ての親である祖父母も中学生の時に亡くし、親戚からもお荷物扱い」

 「幸い、高校卒業するまで位の生活費は、両親の遺産で賄えそうだったので、それからは一人で生活して18歳に」

 「......」


 「そして10日前の放課後。 突然詩音さんから声を掛けられ、パラレル世界の異能者の戦いへの参戦を義務付けられ、それで人生が変わりました」

 「戦いに参加して僕は、詩音さんをサポートする為に生まれて来たということが分かったのです。 生きる目的も見つかりました」

 莉空は眠っている詩音を見つめながら、

 「数年に1回、1か月間だけ開催される、異能者の戦い」

 「僕は、その時に詩音さんを護り、補助をする。 それ以外の日々は遠く離れていたって、全然構わない。 その1か月だけ一緒に戦って過ごせれば十分です。 今後生き続ける意味と目的として」

 「僕も、他の異能者の多くと同様に、いずれ戦いで命を落とすでしょうが、その日が来る迄、ただその為だけに生きていきたいと思います」


 それを聞いた聖月は、涙が止まらない。

 『詩音、聞いてる? こんなに貴方のことだけを考えてくれる人が現れて、詩音幸せだね』

 それを今、起こしてでも言いたい位であったが、詩音は知ってか知らずか、眠り続けていたのであった。



 「聖月さん。 蒼空のことなのですが......」

 「夢で、生命力を回復出来ない感じの未来を見てしまって、もしかしたらと思っていましたが、詩音さんとの魔術の融合で、完全に知ってしまいました。 二度と回復魔術が効かないことを......」

 「......」

 「推測するに、おそらく蒼空は聖月さんを補助する何らかのスキルを有していると思うのですが、どうなのでしょうか?」


 その質問に対して聖月は、

 「まだ、そういう大きなピンチの場面が、封印解除後起きていないから、わからないわね。 私の場合、詩音ちゃんの様な融合魔術は使えないから、現状、あのシールド防御で護って貰うぐらいしか、補助的なものは見い出せないわ」

 莉空はその答えを聞いて、

 「東KYOに行ったら、間もなく来るだろう次の戦いの時迄、僕は詩音さんと2人きりで連日訓練をします。 詩音さんが他の人に、魔術での融合を見せたく無いということなので」

 「その間、聖月さんも蒼空と話し合ってみてください。 『神々達の悪戯』によって、共鳴スキルみたいなものが、お二人の間にも設定されている筈ですので、色々試して、探してみては如何でしょうか?」

 「そうね。 その点を第一に考えてみようかな?」

 「よろしくお願いします。 唯一の親友なので、心配で心配で......」


 ふと、聖月は感じたことを確認してみる。

 「莉空君って、誕生日いつ?」 

 「7月7日です」

 『やっぱり詩音と同じ日』

 「蒼空君は?」

 「8月20日って聞いています」

 「......私も8月20日なの」

 「2034年8月20日生まれ。 この日は旧暦の七夕」

 「莉空君。 詩音の誕生日、知ってる?」

 「いえ、聞いていません」

 「2034年7月7日」

 「僕と同じ日ですね」

 「そして、生まれた場所も同じ。 あの施設内の......」

 「それって......」

 「そう。 本当に悪戯好きね、私達を操っている神々達は」


 聖月は、後悔をしていた。

 回復の魔術師として、2年前の異能者の戦いが初めての参戦であったので、それ程経験があるわけではない。

 しかも前回は、無闇に回復魔術を使い過ぎて、一番必要な時に一週間昏睡状態となり、リーダーの修豪を喪う結果となってしまっていた。

 だから今回は雪辱挽回の機会と思い、意気込みも違った聖月。

 しかし、いきなり切り札を蒼空に使ってしまい、それが正しい判断だったのか、確信が持てないでいた。

 『あの時、通常の回復魔術でも大丈夫だったのでは?』

 『封印が解けたから、現実世界に戻れば、異能者としての見返りの恩恵が蒼空君にあるかもしれないのに、今回ここで死なせてしまったら、何も得ることなく彼の人生が終わってしまうことになり、それは謝罪しても謝罪しても、許して貰えないことだ』

と考えていたのだ。


 今回、莉空と話をして、

 『みんなと合流したら、蒼空君と向き合ってみようかな。 今後、回復魔術が効かない事実も打ち明けよう』

 聖月は、流れる車窓に目を移し、考えを纏めるのであった。



 東KYO駅に到着した詩音、聖月、莉空の3人。

 2051年に発生したM6.7の首都直下地震で、首都圏は大きなダメージを受けていた。

 「去年の地震は、2年前の異能者の戦いが劣勢で終わった影響も有るのですよね?」

 莉空が、かつての様な活気の無い東KYO駅構内を歩きながら、2人に確認する。

 「そう見るべきでしょうね。 異能者の立場から考えると」

 残念そうに話す詩音。


 7年前の異能者の戦いで、台W島やQ州島〜FJ山付近迄の本S島の半分を一気に敵対勢力に取られてしまったことも影響し、3連動海溝型地震が発生して、西半分の沿岸部に壊滅的ダメージを受けたNH国。


 その後、FJ山の噴火で、麓の街は火山灰に埋没し、地形の変化もあって、TOYTA社がFJ山の裾野に作った『最新鋭の大規模モデル未来都市』も廃墟となり、火山灰で機能不全となった首都圏の状況も併せて、国民は大きなショックを受けていた。


 FJ山の噴火前に、地下のマグマが急上昇した影響で、近くを通る、当時11兆円以上の巨費を投じて2030年に開業したリ◯ア・セントラル新◯線の軌道に、大きな歪が生じてしまい、100キロ以上の区間を新たに作り直さなければ、安全運行出来ないことから、以後運休が続いていた。


 更に東◯道新◯線は、3連動海溝型地震での津波により、薩◯峠付近で大規模に路盤が流出。

 2年後の2050年に、ようやく修復が終わって運行再開されたものの、今年になって中堅やベテラン人材の慢性的な不足状態が原因による、脱線衝突事故が発生。

 点検での見落としから、走行中に車軸が折れて満員の高速運転中車両が脱線転覆したところに、反対側から時速約285キロで高速走行中の列車が突っ込んでしまうという、最悪なタイミングの悲惨な状況から、死者1000人を超える、世界最悪の高速鉄道事故となっていた。


 追い打ちを掛けるように、建設から70〜90年経た高速道路の橋桁が、老朽化と人材不足による点検ミスや保守補修の手抜き・建設当初の不適切工事などが重なり、大きな崩落事故が頻発。

 全面的な再点検が必要となって、通行止め区間が多数設定され、物流網も寸断されていたのだ。


 異能者の戦いが劣勢続きである影響からか、そういう天災・人災が相次いだことで、NH国の東西間の人流・物流に大きな悪影響が出ており、それで東KYO駅に今ひとつ活気が無かったのだ。



 「異能者の戦いでの劣勢に、国の衰退が重なると、ここまで酷い状況になってしまうのですね」

 莉空は、中学卒業まで東KYO都内に住んでいたので、たった2年半後の一層の衰退ぶりに、少しショックを受けていた。

 「そうは言っても、三連動型地震の被害は、NH国西側でより大きいから、首都圏はまだマシな方よ。 昨年の直下地震は規模が予想より小さかったので、被害は中規模で済んでいるし」

 詩音は莉空にその様に説明すると、

 「落ち込んでいても仕方ないよ。 さあ、橘家の御屋敷に向かいましょう。 今は誰も住んでいない場所だけど、広いから次の戦いへ、ゆっくり準備出来るから」


 「璃月家は、御屋敷無いのですか?」

 「うちは、マンションなの。 当然他の住人も沢山住んでいるので、落ち着かないからね」

 「海未先輩と紗良先輩の家は?」

 「2人はAM国人だから、東KYO都内でそんなに大きな物件は持っていないのよ。 でも2人共、既に成功者で、私達のような親の脛かじりとは比べ物にならない大富豪だから」

 「そうなのですね。 何か皆さん凄いなあ~」

 「現実世界に戻ったら、莉空も何か大きな恩恵が有る筈よ。 必ず」

 「両親が生き返るとかですかね?」

 「それは、流石に無理だけど......」


 「璃月莉空になるかもね」

 聖月が未来を予想して、そういう恩恵だろうと言うと、詩音がむせてしまった。

 「聖月は、そういうことばかり言うわね。 さっき新◯線の中で莉空から聞いたでしょ? そういう雰囲気じゃ無いって」

 「なんだ〜。 起きてたのか〜」

 「寝てたけど、魔術師だからね」

 「魔術師ってちょっと怖いね~。 寝ていても会話聞いているなんて、人間業じゃない」

 「パラレル世界だと、魔女に近いからね。 私は」

 「......」

 「短期間で3回も融合魔術を使った影響かな? 莉空の話していることが、私自身が話している様な感じになっちゃっているの」

 「それって......不味いんじゃない?」

 「聖月もそう思う?」

 「だって、ほら、お互い一人で......」

 年頃の女の子である聖月の言いたいことを予測した詩音。

 「こら、聖月」

 「莉空君は、困るよね〜。 年頃の男の子だから......」

 「何がですか?」

 聖月は言いたいことを莉空に耳打ちする。

 「別に困らないですよ。 そういうの知られても見られても」

 「えっ。 そうなの?」

 「もう、そういう次元の話では無いですから」

 「そうか〜。 2人の関係は低い次元の想像をする様な段階をとっくに超越しているのね」

 聖月は、詩音と莉空2人の関係性が、融合魔術をきっかけとして、一気に先に進んでしまったことを少し羨ましくも思うのであった。



 橘邸に到着すると、まだ海未と紗良と蒼空の3人は到着していなかった。

 誰も居ない橘邸。

 FJ山の噴火後、Q州の本宅と北K道札P市の別宅に家族は引っ越しているので、今は無人の邸宅となっている。

 旧家らしく、約450年前、東KYO都内(当時はEDO)の一角に、時の権力者から与えられた区画で屋敷を構え、激動の時代を何度も乗り越え、半分以下に敷地は小さくなったものの、同じ地に屋敷を維持し続けてきており、現在は高い塀に囲まれた敷地内に、年季の入った平屋造りの木造家屋と大きな庭園が有る。


 「さあ、どうぞ。 一応管理会社に任せてあるけれど、無人になって3年以上経つから、掃除してからの方が良いかもね」

 聖月が邸宅へと案内し、早速掃除を始める。

 詩音と聖月が魔術を使ったので、あっという間に綺麗さっぱりに。

 その作業が終わる頃には、残りの3人も合流して、久しぶりに邸宅内は賑やかさを取り戻した。

 「相変わらず、雰囲気が有るよね~」

 紗良と海未は、AM国で育った期間の方が長いので、古い歴史のあるNH国のこうした雰囲気が好きなようだ。


 「聖月さんって、やっぱりお嬢様なのですね」

 蒼空も、大きな庭園を見て、学院有数と言われているお嬢様ぶりを実感する。

 「蒼空君のご実家の農園は、ここの何百倍もの面積が有るのでしょ?」

 聖月は、こんな古い屋敷で驚くのは大袈裟だと言って笑う。

 「私より、詩音の方がお嬢様よ。 璃月家はNH国で3本の指に入る資産を持つ家なのだから。 うちの実家はお話にならないです」

 「そうなのですか? 今回一緒に戦いに参加して、あまりお嬢様っぽい雰囲気を感じなかったので」

 蒼空が素直な感想を述べたので、笑いが起きる。

 「それは、祖父が頑張ってきた成果で有って、私自身にそういう価値は無いからね」

 詩音は、らしい考えを口にし、お嬢様って言われるのが嫌いなようであった。


 「こんなに早く東KYO都内に戻れるとは思わなかったわ。 リンも新しい異能者を連れて、再侵攻の準備を着々と進めているでしょうから、ここでそれぞれの訓練に入りましょう。 私達は、異能者としての戦いの経験と習熟度がまだまだ足りないですし、これからが本番ですので、気を引き締めて」

 リーダーの詩音はその様に皆に訓示をすると、莉空を連れて、屋敷内の離れの方に行ってしまうのであった。

 「俺と紗良も、矛と盾のスキル連携の習熟度向上の訓練に入るよ。 お互いの家に寄ったので、新たな武器と防具も準備したから」

 海未は、青年実業家としてAM国で大成功しており、巨費を投じて異能者の戦い用の小型武器を開発して所有している。

 それを今回、投入する様であった。


 「蒼空君。 私達も新しい訓練の準備に入りましょう。 その前に知っておいて貰わないといけない大事な話も有りますし」

 聖月は蒼空にその様に話すと、そのまま少し待つ様に告げると、奥の間に行ってしまうのであった。

 「......」

 聖月がいつもと異なる、深刻そうな顔をしたので、少し不安になる蒼空。


 暫くすると、珍しく和装に着替えた聖月が現れた。

 「綺麗......」

 思わず感想が口から漏れる蒼空。

 「ごめんなさい。 こんな戦いに似つかわしく無い格好に着替えてしまって。 橘家の者は、これが伝統のしきたりなので」

 蒼空が、聖月を女性として強く意識する様になったのは、この時からで有った。

 それまでは、身分不相応で、その様な考えを持ち合わせていなかったのだ。

 「それでは、参りましょう」

 「どこへですか?」

 「先ずは、お二組の訓練の様子を」

 そう言うと、聖月は蒼空にあとを付いて来る様に告げて、道場へ移動した。


 そこでは、海未と紗良の2人が、最新装備を装着してお互いの連携を確かめあっている。

 「先輩方は、約15年間も一緒に訓練をしているのです。 ですから、阿吽の呼吸とでも言うのでしょうか。 お互いがお互いを信頼して動いているので、連携という点では、一点の曇も無いですね」

 海未先輩と紗良先輩のスキルは、2人の連携が高ければ高いほど、大きな力を発揮する。

 暫く見学するが、前回の箱D市で見た時以上に、洗練された動きであった。

 「装備の効果も有ってか、この間よりも動きに隙が無いですね」

 聖月は蒼空に感想を述べると、次の場所へ移動する。


 「訓練見られるのを詩音が嫌がっているので、秘密にしておいてくださいね」

 聖月は蒼空にイタズラっぽい笑顔を見せると、隠し通路から離れに入り、床下に出る。

 「うちは、元が武家屋敷なので、一族しか知らない抜け道が幾つかあるのです」

 そう言うと、離れの部屋内が一望出来る小部屋に出た。


 「ここから、見学しましょう」

 そして蒼空は初めて、莉空が詩音の魔術に合わせて訓練している姿を見たのであった。

 それは、衝撃的なものであった。

 僅か数日のうちに、詩音と完璧な連携が取れている莉空。

 詩音が攻撃魔術を使うと、莉空の唯一の防御スキルである『反撃態勢』が発動する。

 防御スキルというよりは、攻撃スキルの瞬間移動攻撃を応用したものであり、詩音が防御魔術を使えない時に、攻撃を受けたら自動反撃するものだ。


 そして、融合魔術を使う詩音。

 「詩音さんが莉空の中に消えた......」

 思わず呟く蒼空。

 「あれが、二人の最大の武器ね。 あの状態の莉空君が攻撃を受けると、必ず瞬間移動攻撃が発動するので、事実上攻撃不能。 攻撃したら、それがそっくりそのまま攻撃者に返ってきちゃうのだから。 そこに詩音の唱文攻撃魔術が加わると、敵にとっては非常に厳しいよね」

 聖月が説明を付け加える。


 「二人は、どうしてこんな短期間に......」

 蒼空が疑問を問いかける。

 「あの二人って7月7日生まれなの。 同じ日に同じ場所で生まれている」

 「わかりました。 それで理由が......」

 「しかも、詩音は魔術師で、融合魔術が使えるから、一体化することで、自身の経験と知識を莉空君と共有したの」

 「なるほど。 それで同じ8月20日生まれの俺と聖月さんはどうすれば良いのですか?」

 「私の誕生日、知ってたの?」

 「学院の有名人ですよ、聖月さんは。 夏休みの登校日の前日で、1年の時も2年の時も登校日にみんなが騒いでいて知ってました。 しかも俺と同じ誕生日ですから」

 「そっか〜」


 「じゃあ、私達の連携って作用するのか、ちょっと試してみようか?」 

 聖月はそう言うと、攻撃魔術を唱え始める。

 訓練中、しかも融合状態の莉空と詩音に攻撃を仕掛けるようだ。

 莉空の居る方に手をかざして、

 「『マジック・ストーム』」

と大きな声で叫ぶと、聖月の手から凝縮された竜巻が放たれ、莉空を襲う。

 すると、一瞬でその竜巻が瞬間移動して戻ってきて、聖月と蒼空を包み、二人は防風の中に飲み込まれる。

 蒼空のスキル『シールド防御』は、発動しなかった様に見えた。

 直ぐに、聖月の攻撃だと気付いた詩音が、莉空の体と融合したまま、攻撃消去魔術『イレイサー』を二人に放って、魔術の竜巻は消滅する。


 「聖月、何をやっているの?」

 詩音が驚いて、莉空と融合したまま駆け寄って来る。

 「詩音と莉空君みたいな連携が、私達にも発動するか試してみたの。 でもダメだったみたい」

 聖月が乱れた髪を束ね直しながら、理由を説明する。

 「その位の攻撃じゃあ、多分発動しないよ。 ちょっと試してみようか? そのまま外に出て」

 莉空(の中の詩音)は聖月と蒼空に、庭先に立つように指示する。

 そしていきなり、「『ドラゴン・ファイア』」と叫ぶと、融合版で通常より強力となった攻撃魔術を二人に仕掛ける。

 豪火に包まれる聖月と蒼空。

 二人にさり気なく、最強で、しかも何も見えない防御魔術『アルテミス・イスカチェオン』をかけてから放った攻撃魔術であったので、実害は出ないように配慮されていた。

 しかし、それを知らず、あまりの豪火とその熱さに蒼空は、

 「マジか〜。 焼け死ぬ〜」

と思ったその瞬間、聖月と蒼空の周囲がシールドで包まれたのであった。

 莉空(の中の詩音)は、攻撃魔術を止めてから、

 「やっぱり強力な攻撃じゃないと、発動しないね」

と指摘し、新しい提案をする。

 「次の攻撃がある迄、聖月は蒼空君とずっと過ごしてみたら? そうすれば、状況は良くなると思う」


 少し聖月は考えてから、

 「詩音の提案を受け入れてみるよ、ありがとう。 蒼空君戻ろう」

 そう言うと、聖月は母屋に戻っていく。

 慌ててあとを追う蒼空。

 その姿を見送った莉空(とその中の詩音)。

 『何かキッカケの鍵が見つかるとイイけど......』

と呟いていたのだった。



 その後、聖月は、敷地内にある歴代の当主廟に拝礼をしに向かう。

 蒼空は、その姿を直ぐ後ろで見守りながら、真似をして拝礼する。

 そして聖月は、母屋に戻ると、隣接する茶室に入り、蒼空に御茶を立てる。

 初めての経験の蒼空に、御茶のことをイチから教えながら......

 そのまま、茶室で正座をしたまま、瞑想に入る聖月。

 足が痺れながらも、瞑想に付き合う蒼空。

 2時間以上経ち、日が暮れる時になって、漸く正座を解いて茶室を出る聖月。

 足が痺れ過ぎて、ふらついている蒼空の手を取り、狭い茶室の出入り口から、外に出るのをサポートする聖月。

 蒼空は、聖月がわざわざ自分の手を取って、ふらつくのを助けてくれたので、恥ずかしさと、淡い恋心で顔が真っ赤になってしまう。


 「皆さんの夕ご飯を作りましょうか? 蒼空君も手伝ってね」

 台所に移動し、2人で6人分の夕食を作る。

 食材はネット注文してあったものが届いていたので、それを使う。

 聖月は、小さい頃から料理を学ばされていて、手際も腕も良い。

 蒼空も大規模農家ということで、中学生の頃からご飯の支度をすることが多かったので、

 「蒼空さん、料理慣れてらっしゃるんですね」

と聖月に褒められて、嬉しそうにするのであった。


 2人が作った夕ご飯を食べた4人は、

 「凄い美味しいです」

と、べた褒めであった。

 普段の姿を蒼空に見せようとしている聖月を見て、詩音は、

 『先ず、2人の絆を強くすることが、重要だということに気付いたみたいね』

と思い、今後の戦いに向けて、2人がより助け合うことで実力が発揮出来ることを願うのであった。




 その頃、C国上H市。

 リン・シェーロンは、RU国の異能者2名から糾弾を受けていた。

 「作戦が失敗した上に、我が国出身の数少ない異能者を2人も見殺しにするとは」

と。

 「作戦の失敗の批判は甘んじて受ける。 しかし負けたことと死んだことに殆ど関連は無い。 異能者の戦いの局地戦での勝敗は日常茶飯事だろ?」

 その様に反論するリン。

 「では、死んだのは、2人が弱いせいだと?」

 「そう受け取れない様に聞こえたのなら、私の言い方が悪かったのかな?」

 「リン・シェーロン。 少し強いからって調子に乗るな。 覚えていろよ」

 残り2名になってしまったRU国出身の異能者は、歯ぎしりしながらも抗議を打ち切り、立ち去って行った。


 実は、リン。

 C国出身ではなく、SINGP国出身のK僑系の人物なのである。

 SINGP国とC国の二重国籍なので、共和国陣営に属することも出来るのであるが、初参戦時に全体主義陣営から誘われたことから、そのまま属しているだけであった。

 『陣営っていうのは、固定されている国と流動的な国が入り乱れていて、一開催毎に入れ替わる国が数カ国有るから、その区分けに大して意味は無い』

 『以前は資本主義対社会主義、その前は連合国対枢軸国、更にその前は、東洋対西洋等と時代と共に変化しているのだからな。 異能者の戦いの陣営の枠組は』

 その様な考えの人物であった。


 「お待たせして申し訳ない。 向こうの戦線から急遽飛んで、こっちに来たので」

 「こちらこそ、来て頂けて本当に光栄です。 『幻想の魔術師』アウダ・アイン・ファエサル殿」

 「シオン・アキヅキが魔術師として大きく成長したそうで。 それで私に白羽の矢が立ったのでしょう」

 「お互い、こちらの陣営では、微妙な立場ですからね。 いつ寝返るかって疑われている者同士ってことで、よろしくお願いしますよ」

 「それを言ったら、次回までに、陣営を移る国が幾つかありそうですよ。 すると今回の敵が次回は味方にってこともあり得る状況です。 今回は少し手加減しようかな?」

 「ははは、そうしたいのは山々ですが、なかなか手強くて。 私は2回もナタリーさんの世話になってしまいました」


 すると、ナタリーが

 「私も一緒に行きますよ。 向こうの戦線は膠着状態で、このまま終結しそうだと聞いたので」

と申し出てくれたので、

 「ナタリーさんが居てくれれば、心強い。 ありがとう」

 リンは嬉しそうに、御礼を申し上げる。

 「では、我々も、今日は再会の晩餐会と致しましょうか?」

 戦いの最中の、ひとときの休息日。

 10日目は、その様にして過ぎ去ったのであった。


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