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悪戯と黄昏の刻に・第一紀(異能者の戦い)  作者: 嶋 秀
第一章(パラレル世界篇(詩音・聖月・莉空・蒼空を中心とした異能者の戦い))
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第5話(過去の回想と新魔術)


異能者の戦いで、詩音を護る役目のスキルを与えられていた莉空。

その能力を発揮する為には、お互いのことをもっと知る必要があった。


その後、順調に失地の回復を進めていくのだが、詩音は絆が少し強くなったことを利用して、新しい試みをするのであった......


『 「やーい、孤児みなしご〜」

  「近寄るな。 汚いんだから」

  「孤児は公園に来るな。 来るな来るな~」

  「お母さん、お父さん。 どうして僕をおいて逝っちゃったの......え~ん」


  「おばあちゃん、おじいちゃん。 どうしてお母さんとお父さんは、天国に逝っちゃったの?」

  「莉空。 寂しいか?」

  「うん。 みんなから馬鹿にされる、孤児だって」

  「莉空は孤児じゃないぞ。 おじいちゃんとおばあちゃんが居るだろ? それにまだ私達五十代だから、若いおじいちゃんとおばあちゃんなんだよ」


  「莉空は、悪口言われて嫌だろ?」

  「うん」

  「だから、絶対悪口を言う様な青年や大人になってはダメだぞ」

  「わかっているよ。 絶対に言わないって、毎日お母さんお父さんに誓っているから」

  「莉空、本当に済まないな 息子達さえ生きていれば、こんな辛い思いしないで済んだのに......」  』


『 「えっ、ご両親に続いて、ご祖父母まで......」

  「巨大地震で乗っていたバスが......」

  「そんなことが続くなんてね~。 莉空君可哀想に」

  「それで、誰が引き取るんだ? 莉空君を」

  「まだ中学生だからな」

  「うちは、無理だぞ。 家計が苦しくて」

  「うちも無理よ。 こんな時代じゃ、余裕有る家なんて一握りのお金持ちだけよ」


  「お父さん達の遺産はどうするの?」

  「それは、法律通りだろ? 基本は親父達の実子で唯一生きている俺が貰うよ。 どうせ大した金額じゃないけどな」

  「法律上、お兄さんがお父さん達より先に亡くなっているから、お兄さんの権利で半分は莉空君の取り分になるらしいわよ」

  「なに〜。 アイツに渡さなければならないのか? そんなの納得出来ん」

  

  「おい、戸次のやつ、両親に続いて育ての親の祖父母も震災で亡くなったらしいぞ」

  「これで、本当の孤児か〜。 可哀想に」

  「とことん付いてない奴って居るんだな~。 既に仲間外れで、いつも勉強だけしている孤独君なのに、益々酷くなるんじゃない? 孤立状態が」  』


『 「君が、戸次莉空君か〜」

  「はい」

  「私は、お亡くなりになった君のご両親に世話になった者でね」

  「天涯孤独の身になってしまったと聞いて、恩返しに一つ提案を持ってきたのだけれども」

  「はい」

  「札P市にある都幌学院っていう学校に進学する気は無いかな? 学費は私が全部払うから無料で高校を卒業出来るっていう話なんだけど」

  「ありがたいお話ですが、都幌学院ってお金持ちばかりの学校でしょ?」

  「それが、ちょっと問題点かな?」

  「イジメとか有りそうなので、少し時間を下さい」  』


『 「おい、孤児の貧乏人。 お前みたいなのが、うちの学校に入学するなんて、身分不相応なんだよ」

  「今からでも遅くない。 退学してくれないか?」

  「ワハハハハ」


  「俺は高槁蒼空。 よろしく」

  「戸次莉空です。 こちらこそよろしく」

  「まさか俺以外にも、平民の生徒が居るなんて思わなかったよ」

  「僕は平民と言うより、貧民だけどね」

  「そんなに自分を蔑む必要無いよ、莉空」

  「莉空。 アイツ等、金持ちだって威張っているけど、所詮親が稼いだ金だろ?」

  「そうだね。 僕は、ああいう連中を相手にする気は無いけど」

  「その意気だよ。 こんな激動の衰退の時代だから、アイツ等だって十年後には、貧しい生活に転落しているかもしれないんだぜ」

  「確かにそうだね、蒼空」

  「だから、俺達もここでの学生生活を耐え抜いて、逆転を目指そうよ。 折角、高偏差値のこの学校に、アイツ等と違って実力で入学出来たのだからさ」 』


『 「蒼空。 次の攻撃が来たら、聖月さんの前に立ち塞がって壁になろう」

  「莉空......」

  「俺達がどうして都幌学院に入れたんだろうって、ずっと不思議に思っていたんだけど、きっとこの瞬間の為だったんだよ」

  「蒼空、親友になってくれてありがとう。 俺はずっと友人って居なかったけど、唯一の親友が高槁蒼空で良かったって思っている」

  「俺もだよ莉空。 都幌学院の高校生活は不毛の日々だったけど、莉空と知り合えて過ごした時間だけは、充実していた」

  「じゃあな。 天界でまた会おう」

  「天国か地獄かわからないけど、その時よろしくな」 

  「うおお〜」「うおーー」

  「痛って〜、超痛って〜......」 』


 莉空の大きな傷跡に触れた詩音は、莉空が過去に味わってきた経験を断片的に共有していた。

 涙が止まらなくなる詩音。

 「異能者のスキルを持つ者は、パラレル世界での過酷な運命と引き換えに、現実世界では極めて恵まれた環境にある筈なのに......」


 詩音も聖月もメイリンも亡くなったサーシャも、容姿が美しく、富裕層に属する家庭で生まれ、育ち、しかも頭脳明晰と非常に恵まれた境遇にある。

 これは、異能者のスキルを持つ女性には共通のもので、『美貌』『富裕』『明晰』の3つのスキルが現実世界では与えられていると言われているのだ。

 同様に、男性異能者のスキル持ちには、『幸運』『成功』『勇気』の3つのスキルが与えられているらしい。


 「なぜ、莉空と蒼空君には、勇気以外何も与えられていないの?」

 莉空の記憶を一部共有してしまった詩音は、神々達の不公平ぶりに怒りを覚えるくらいであった。

 

 一方、莉空は夢の中で、

『 「詩音。 貴方は良家の子なのだから、そんな平民の子と遊んではダメなの」

  「どうして? 楽しいよ~」

  「ダメなものは駄目なの。 遊ぶのは聖月ちゃんにしなさい」


  「詩音。 聖月はもうその魔術、マスターしているわよ」

  「私、競争って苦手だから......」


  「詩音、この成績はなんだ。 うちの子でこんな悪い成績とった子は初めてだよ。 次もこんなだったら勘当するからな」

  「ぐすっ......私だって頑張っているのに......」


  「あの子、ちょっと顔がイイからって調子に乗っているんじゃない?」

  「締めちゃおうか〜」

  「用件ってなんですか?」

  「あんた生意気なんだよ。 だから痛い目に......」

  『ヤバい、逃げよう』

  「アイツ、何処隠れた。 よく探せ〜」

  「詩音ちゃん、こっちだよ」

  「聖月、どうして......」

  「心配だから、あとを付けて来ちゃった」

  「ハアハア」

  「ここまで来れば大丈夫。 この先はうちの敷地だから、あの人達も入れないよ」

  「聖月、本当にゴメン」

  「詩音ちゃん、お礼の言葉は要らないよ 私達、親友でしょ? 同じ宿命を背負った......」

  「ぐすっ、エ〜ン......」


  「氷の美女か〜」

  「お近づきになりて〜」

  「めちゃくちゃにしてみたいな、あんな美女をさ」

  「聖月様と一緒にか〜」

  「そりゃもう、最高〜」

  「ここでも魔術が使えたらな~。 あんな連中鉄槌食らわせちゃうのに」

  「詩音ちゃん、それは......」

  「ダメ?」

  「イイと思う」

  「聖月もそう思ってたんだ〜」 』 


 詩音の過去の一部を見ていたのであった。

 詩音が莉空の傷跡に触れたことで、2人だけに眠っている特殊なスキルを少し目覚めさせ、発生した記憶共有であった。


 「あれっ」

 夢から醒めた莉空は、ベッドの横を見ると、涙の跡が頬に残ったまま眠っている詩音が居た。

 「あのまま、また寝ちゃったんだ」

 莉空はそう呟いて、反対側を見ると、ソファーベッドに聖月が、隣の巨大なベッドに蒼空が、それぞれ気持ち良さそうに寝ていた。

 そして、詩音の手が先程の戦いで付いた大きな傷跡に触れている。

 「これの影響で、詩音さんの過去の出来事の様な夢を見たのかな?」

 そう呟いた莉空は、そっと詩音の手に触れて、自分の体から少し動かそうとした時に、電流の様なものが体を駆け抜けた。

 すると、先程詩音が涙を流していたシーン

『莉空が、他の異能者と全く異なる寂しい辛そうな人生を送ってきた理不尽さに、憤って涙を流す詩音』

を回想の様に見たのであった。


 「詩音さん、そんなことの為に涙を流してくれていたなんて」

 嬉しそうに呟く莉空。

 すると、詩音は既に起きていた。

 先程の電流の様なものが流れた時に、目覚めたようだ。

 「莉空、私の手を握ったままだよ」

 指摘されて、慌てて手を離す莉空。

 「ゴメンなさい。 ちょっと起きようと思ったら、詩音さんの手が乗っかっていたので......」

 「そんなことは別にいいけど。 もしかして、私の過去の夢みたいなの見た?」

 「はい」

 「やっぱりそうか〜」

 「詩音さん、僕の過去の記憶を見ましたか?」

 「見たよ」

 「それで一つ言っておくけど、私の過去のこと周囲に話したら、このパラレル世界で魔術使って、こ◯すから」

 「はい......」


 2人の話し声で、蒼空と聖月も起きる。

 そして、莉空のベッドを見た蒼空が固まる。

 「莉空、詩音さんと......」

 蒼空が勘違いして絶句しているのを見て、慌てる詩音。

 「勘違いするんじゃない。 大きなベッドが2つしか無いのに、一人一つずつ使った莉空と蒼空君が悪いんだよ。 本当は2人仲良く一つのベッドで寝るべきだったんだから」

 その様に指摘されて、聖月を見るとソファーで寝ていたことに気付き、今度は平謝りの蒼空。

 聖月はそれに対して、

 「蒼空君、そんなに謝らなくてイイよ。 詩音の思惑通りだったのだから」

 「......」

 再び固まる蒼空。

 もう何も言わない詩音。

 静寂の時が少し流れると、『グー』と聖月のお腹が鳴る。

 「回復魔術使ったから、お腹減っちゃった」

 聖月が少し恥ずかしそうに言う。

 「北K道で、最後の晩餐としましょうか?」

 「じゃあ、明日はいよいよ」

 「本S島に移動ね」


 

 その後6人は、食後の話し合いで、今回の戦いで初戦に勝利したことから、前回敵対勢力に取られてしまった本S島の東半分を取り返す方針を立てて、前進することにした。

 「リンが態勢を立て直して、再度本S島まで現れるのに一週間は掛かるでしょう。 それまでにNH国の首都圏辺りまで抑えておきたいね」 

 「具体的には、どうすれば良いの?」

 莉空が質問する。

 「敵対勢力が幾つか拠点を設けていた筈だから、それを見つけて破壊すればイイの。 破壊しても拠点の部分以外翌日には元に戻るから、余計な手間を省く為、破壊でいきましょう」

 「見つけ出す方法は?」

 「本当は痕跡を探し出して見つけるのだけど、今回は詩音ちゃんが居るから、魔術を使って見つけ出せば早いよね」

 紗良が、その方法を莉空と蒼空に説明する。

 「魔術師に簡単に見つけられない方法で構築されていると面倒なんだけど......」

 「リンが絡んでいるから、そういう可能性も有るね」

 「異能者の痕跡ってどうやって探すのかな?」

 「拠点を中心に、巨大な陣みたいなものを作るからね、神々達に示す目印として。 この箱D市にも我々勢力の拠点が有るの。 だから、リンはここを攻めて来たのよ」

 「......」

 「とりあえず、明日はA森市ね。 ここの拠点は場所もわかっているから」


 その後、4人と2人に分かれて再び部屋に戻る。

 「箱D市の拠点は大丈夫だった?」 

 「大丈夫よ。 リン達に壊されていなかったみたい」

 「方陣は?」

 「そっちも問題無し」

 「明日はA森市に拠点と方陣も作るのでしょ?」

 「もちろん」

 詩音と聖月の会話に全くついていけない莉空と蒼空。

 「意味のわからない会話だね」

 「でも俺達、ここの何でもありに染まってきたかな?」

 「何が有っても、驚かなくなった」

 「そのうち、指からビームが出る様になるかもよ」

 「おー、それは楽だね~」


 間抜けな会話を聞いていた詩音が、

 「指からビーム、有り得ないよ」

 そこで、蒼空が続けざまに質問を詩音にする。

 「明日は空飛ぶの?」

 「飛びません」

 「じゃあ、どうやってHS島へ渡るの?」

 「フェリーか新◯線」

 「公共交通機関?」

 「当たり前」

 軽妙なやり取りの様であった。

 すると、聖月が、

 「詩音ちゃんの瞬間移動魔術」

 「いや、あれは、ピンチの時用で、めちゃくちゃ疲れるんだよ。 3日ぐらい魔術使えなくなるから......」

と詩音はマジメに答えてから、

 「莉空、蒼空君、了解?」

 「はーい」

で、移動手段の話は終了となる。


 それから、聖月と詩音とで、

 「TH地方は広いから、各県に1箇所ずつ位作ろうか?」

 「ちょっと多いけど、今回は妨害無さそうだから、多めに設置しようかな」

という会話があり、方陣を六ヶ所位作る方針も決定した。



 その後、今度は大きなベッドで男女別に寝ることになる。

 詩音は聖月に、先程有った出来事について、話を始めた。

 「聖月、もう寝た?」

 「いや、まだ起きているよ」

 「さっき、莉空の傷跡に触れたら、莉空の過去の記憶が断片的に見えちゃって......」

 「眠っていた莉空も、私の過去の出来事の夢を見たって」

 「聖月は、回復魔術で他人に触れること多いじゃない?」

 「うん」

 「何か、そういう共有とか、ヴィジョンとか見ること今迄に有った?」

 「無いよ」

 「やっぱり無いよね? 普通」

 「見たのって、現実世界の出来事?」

 「そうだった」

 「それって、2人は結ばれる運命なんだよ」

 「えー。 莉空ってあんまり私の好きなタイプじゃないんだけど......海未先輩くらいカッコ良ければな〜」

 「本当に?」

 「多分」

 「多分?」

 「やっぱり、そういう運命か〜。 自分でもそう思ったよ、何かもう逃げられない感じ? 神々達の悪戯にやられたって気がした......」

 「私達って、実際彼氏候補の選択肢って限られているじゃない?」

 「限定って、異能者のスキル持ち同士ってことだよね。 それ以外は現実的に無理だと思っているけど......」


 「それで、莉空の記憶見てね~。 他の異能者のスキル持ちと違って、あまりにも悲しい人生歩んで来ちゃっているから、神々達に対して、頭にきちゃった」

 「流石、ホットな美女詩音様だね~」

 「......」

 「ああ、でもそれって、異能者としての能力が封印されてたからじゃないの?」

 「?」

 「封印解除されたばかりだから、『幸運』『成功』とかのスキルは、これから発揮され始めるってこと。 今回の戦いが終わって、現実世界に戻れれば」

 「あっ、それは当たり前か〜。 流石〜聖月様、鋭いね~」

 『既に、詩音ちゃんの気持ちが傾き始めていることだけ見ても、莉空君の幸運スキル、発動され始めているんだろうな~』

 聖月は、心の中でそう思ったが、現実世界に戻る迄は、言わないでおこうと決めたのであった。


 こうして今回の異能者の戦いにおけるHK道島で過ごす最後の夜は、戦いの疲れを癒やしながら、更けてゆく......



 6日目の朝。

 6人は箱D駅に居た。

 これから鉄道を使って、本S島に渡り、A森市内に有る敵の拠点を破壊してから、味方の拠点と方陣を設置するのだ。

 「移動中に襲われる可能性も有るのですよね?」 

 莉空が質問する。

 「もちろん。 今回は大丈夫そうだけど、何処かの山の中通過中とかに襲撃されたら、最悪だよね~。 虫とか動物とかとも戦うことになるから......」

 詩音が痒そうな顔をしながら質問に答える。



 その後、本S島に移動。

 A森駅近くの小さなタワー内に設置されていた敵の拠点を破壊し、新しく自分達の拠点を異なる場所に設置してから、方陣を壊しに行く。

 バスに乗って、八KD山の中腹に移動。

 更に、ロープウェイに乗って、山の上の方にも移動して、敵の方陣の一部を撤去しながら、味方の方陣用の紋章を新たに設置する。

 その他のA森市周辺地域もぐるっと回って、方陣の設置を続け、この作業で1日が終了。


 紗良「地方都市で方陣設置は、1日仕事だね」

 聖月「リン達、あと何処に設置したのかな?」

 詩音「S台市には設置されているよ。 確認済み」

 聖月「他には?」

 詩音「無さそうだけど......」

 紗良「私達、明日は?」

 詩音「M岡市に移動して、拠点と方陣の設置」

 聖月「明後日は?」

 詩音「秋T市とS台市」


 「基本的に、人が多く住んでいるところに設置するべきものなんだって、拠点。 何も無いところに設置しても、評価にならないらしいから」

 詩音が説明を加えると、

 「そんなルールなのですか?」

 莉空が確認する。

 詩音が、

 「古代から、人が居住するところには、気とか風水とかナンジャらって、流れみたいなものがある訳でしょ? 本来それに基づいて拠点とか陣とかは置くべきものらしいよ。 神々達の世界での遊びみたいなルールだから......」

と言うと、紗良が、

 「異能者の命を賭けた戦いも、神々達にとっては遊びなんだよね」

 「それって何か、やるせない気持ちになるな~」


 詩音は続けて、

 「その代わり、現実世界で良い思いさせてあげているだろ?っていうのが理屈だからね」

 「良い思い? 莉空と俺はそんなこと無いと思うけど......」

 蒼空が少し不満そうに言う。

 紗良がそれを聞いて、

 「貴方達は、異能者としての力が封印されていたのだから、これから現実世界に戻ってからだよ、恩恵は。 多分ね」

 「だってさ、莉空」

 「そうなんだ~。 俺はあまりそういうの興味無いから」

 「無事生きていけて、御飯食べられれば、それで十分ってことだものな、莉空は」

 「だってNH国は、衰退しているところに災害頻発で結構酷い状態じゃない? もう先進国からほぼ脱落しているし。 でも、中には21世紀半ばを過ぎた今でも、紛争や飢餓で毎日生き延びるのがやっとっていう地域も有るのだから、それに比べたら、まだ恵まれている方だよ」

 莉空は自分の思っている考えを述べると、

 「詩音、莉空君はそういう考えの持ち主なんだってさ」

 「?」

 聖月が、どうして詩音にその様なことを言ったのか、無欲の人である莉空には、イマイチぴーんと来ないのであった。



 公共交通機関を利用して移動しながら、拠点と方陣の設置を続けた詩音達。

 M岡市、秋T市と続けて設置してから、S台市へと移動して来たのは、8日目の午後になっていた。

 「ここは撤去が大変かも」

 「方陣の撤去?」

 「うん。 ZO山を使って、かなり大きな方陣を作ってあるから」

 「とりあえず拠点は、S台城址にあるので、直ぐ終わるけど」

 そしてS台城址に行くと、詩音が唱文魔術の『ミョルニル(トールのハンマー)』を放ち、巨大な雷鎚を多数落として城跡公園を粉々に破壊してしまった。

 「いや、ちょっと壊し過ぎじゃないかな?」

 「ああ、 伊◯政◯の銅像が〜。 石垣も殆ど崩れちゃって......」

 莉空と蒼空は、その威力と破壊状況にすっかり引いてしまう。

 「でも、この広い場所の何処に作ったのか迄調べるのは、大変だからさ」

 詩音は、効率重視を強調する。

 「明日には、敵の拠点以外全て元通りになっているから、大丈夫だよ」

 そう言うと、もうこの話題は打ち切り、ホテルへ移動するのであった。


 「明日は、二手に分かれて、方陣を撤去しながら、新しい我々の方陣を設置しようか?」

 詩音リーダーの提案を承諾する他の5名。

 「MT島方面は聖月以下4人で行って、瑞G寺付近に設置されている敵の方陣の紋章を見つけて撤去して下さい」

 「私は莉空を連れて、ZO山に設置の方陣を撤去して、新しく設置するから」

 「私達は撤去だけで良いの?」

 「いや、新しいのも設置してね」

 「はーい」

 聖月はニヤニヤしながら、嬉しそうに返事をする。

 「2人っきり、良いなあ~」

 「だから、そういう目的じゃないって。 ちょっと試してみたいことが有るの」


 「終わったら集合場所は?」

 「S台駅でお願いね」

 「Y形県はどうするの?」

 「あそこには古い歴史がある『月の山』があるでしょ? もしかしたら、そこに何か設置されているかもしれないので、莉空連れて、山頂から長射程の魔術使ってみる......」

 「詩音、それってまさか......」

 「だから、莉空だけ連れて行くの。 理由はわかってくれた?」

 「うん。 でも大丈夫?」

 「大丈夫でしょ? だから、先日莉空の傷跡触れてシンクロしてみたの」

 「無理しないでね」

 急に心配そうな顔になった聖月の様子に、莉空も気付いたが、詩音を信じる気持ちの方が強く、不安な顔は見せなかった。



 9日目の朝。

 二手に分かれた一行のうち、聖月の方はあっという間に終わってしまった。

 元々宿泊地からの距離も近い上に、聖月の鋭い感によって、瑞G寺脇の霊気漂う戦国武将達の墓地内であっさり方陣の一部を見つけてしまったからである。

 境内に、新しい味方用の方陣の紋章を設置して、午前中の任務は終了。

 S台駅へと戻っていったのであった。


 詩音と莉空は、バスでZO山の御釜火口へ。

 ここに設置された敵の方陣の一部は、火口内で分かりにくい場所に有ったが、詩音の魔術を使うことで、直ぐに破壊することに成功した。

 『自分が居なくても、全く問題無かったのでは?』

 内心、そう思う莉空であったが、この後に、大事な役目が待っていたのだ。


 「これから私は、莉空とシンクロして、『ブラッディー・イーグル』っていう魔術を使うからね」

 「はい」

 「本来、2人の魔術師でやるんだけど、昔聖月とやって失敗したから、それ以来封印していたの」

 「今回、Y形県に行く時間が足りないし、高度からの偵察と遠距離攻撃が出来るこの魔術を使って、もしリン達が設置した方陣を見つけることが出来たらラッキーだし、手間も時間も大幅に短縮出来るの」

 「僕は、魔術師で無いけど、大丈夫なのですか?」

 「多分、大丈夫よ......」

 「ちょっと不安ですが、詩音さんの能力を信じます」

 「よし、じゃあ直ぐに始めるよ」

 詩音は合図をすると、莉空の体に抱き着いて、呪文を唱え始める。

 すると、詩音の体が物凄い光に包まれながら、莉空の体に吸い込まれて、一体となった。

 莉空は、その光景を不思議な感覚で見ていたが、詩音と一体となると、体のコントロールが効かなくなってしまった。

 コントロールは、詩音が握ったのである。

 そして、詩音が莉空を使って呪文を唱え始める。

 意識はハッキリしているのに、自分で無い誰かが、勝手に体をコントロールしているのは、不思議な感じがした。

 『莉空。 もう少し力を抜いて、全てを私に委ねてくれない?』

 頭の中で詩音の言葉が響く。

 その言葉に従い、力むのを止めて、自然体に。

 すると、2人だけが持っている、異能者の特別なスキル『協調シンクロ』が発動したのであった。

 スキル『協調』と魔術『ブラッディー・イーグル』は非常に相性が良い。

 鷲の姿をした魔術のエネルギーが、高所から地表を見渡し、月の山に隠されていた、リンが設置の拠点と方陣を発見すると、ブラッディーを発動して、処刑するが如くスーッと破壊する。

 更に、その先に有る海沿いの大きな神の山C海山に到達すると、そこに隠されていた方陣の一部も発見し、同様に破壊するのであった。


 そこで、詩音は、新しい方陣の一部を設置する為、魔術のエネルギーを遠隔操作して、C海山と月の山のそれぞれに紋章を描く。

 莉空のエネルギーを利用することで、想定以上の遠距離での遠隔攻撃等に成功したのであった。


 鷲の姿をした詩音と莉空のエネルギーの融合体が、ZO刈田岳山頂に戻って来た。

 そして、そのエネルギーが莉空の体を包み込む。

 その光が消えると、莉空の眼の前に詩音が抱き着いて立っていたのであった。

 魔術を使い終わって、魔力減少でふらつく詩音。

 さっと抱き止める莉空。

 「ありがとう〜。 思った以上に上手く出来たよ」

 そう言うと、詩音は莉空の体に倒れ込んで眠ってしまうのであった。

 力を使い過ぎた詩音。

 詩音をおぶって、バス停に移動する莉空。

 そのまま、終点で止まっていたバスに乗り込むと、詩音を座席に寝かせる。

 『不思議な魔術だったなあ~。 僕にもC海山と月の山が見えたし、攻撃する様子も、紋章を描いているのも全て見えた』

 初めて、魔術というものを体験した莉空。

 改めて、詩音の魔術師としての能力の高さに感動していた。

 後に、その容姿を含め『絶世の魔術師』の異名を持つことになる璃月詩音が、スキル『協調』を魔術に組み込んで初めて使ったのは、この時であった。



 暫くすると、魔力が少し回復した詩音が気付く。

 「莉空、ここは?」 

 既に乗ったバスは終点に着いていて、乗換えのバスターミナルの待合室で座っていたのだ。

 「ZO♨バスターミナル?」

 予想外の場所に居ることに、少しムッとする詩音。

 「ごめんなさい。 止まっていたバスに乗ったら、逆方向に来ちゃって」

 謝る莉空。

 すると、詩音は聖月に連絡をとって、隣県の副S駅で合流する様に予定変更をする。

 そして、

 「魔術が成功したから、問題無いよ。 集合場所も変更したから大丈夫」

と言って、笑顔を見せる。

 『本当は怒っているんじゃないのかな?』

 そう思った莉空。

 「怒っていませんか?」

 「ちょっと、ムッとしただけ」

 恐る恐る機嫌を確認した莉空。

 「莉空はいつも敬語だし、そんなに普段の私、怖い?」

 「いえ、そういう訳では......」


 気を取り直した詩音は、Y形駅へ向かうバスの中で、

 「どうして、あの魔術、あんなに上手くいったのかな?」

 感想を莉空に尋ねる。

 「スキル『協調シンクロ』が発動って声がしたような......」

 「誰の声だった?」

 「詩音さんの声かな?」

 「......」

 『不思議なことだらけの、パラレル世界だけど、神々達の声まで聞こえる様になったのかな?』

 莉空の不思議な返事に、そんなことを考える詩音であった。


 結局詩音は、3県に跨る巨大な方陣をTH地方南部に設置することとなった。

 この後、別の山にも紋章を描いて、最終的に古代の神の山を5つ利用した方陣として、その効果に期待しつつ、次の集合場所へと急ぐ莉空と詩音。

 午後には副S駅で、無事他の4人と合流を果たしていた。


 すると、詩音は、

 「海未さんと、紗良さん、それに蒼空君は、A若M駅に移動してホテルを確保しておいてくれないかな? 私は莉空と聖月を連れて、この駅に近いAZKFJ山に行って、山頂からもう一度魔術を使って、方陣を完成させるから」

 そう言い残すと、2人を連れてバスに乗り込んで向かってしまった。


 残された3人。

 「効率の良い方法を見つけたみたいだね、詩音」

 紗良がそう言うと、

 「明日はいよいよ、NH国の首都東KY入りかな?」

 海未が明日の予定を予想する。

 「でも、巨大火山の噴火の影響で、都市機能の回復中なのですよね?」

 蒼空が確認すると、紗良が情勢を語った。

 「あれから4年経ったし、だいぶ復興したっていう話だよ。 次の戦いの場にもなりそうだから、早目に入って準備したいよね」



 聖月はバスの中で、

 「詩音ちゃん。 あの魔術上手く行ったの?」

 「うん。 だから、もう1回使って、今日中に方陣の設置済ませようと思うの」

 「そっか〜。 予定よりだいぶ早く進んだね」

 「明日はN潟市に行って、リンの拠点壊すことにするよ」

 詩音は予定を聖月と莉空に説明する。

 海未と紗良の予想は見事に外れていた。


 AZKFJ山頂に着くと、

 「聖月に魔術の問題点が無いか、見ていて欲しいなと思って、一緒に来て貰ったの」

 「わかった~」

 すると、詩音は莉空に抱き着き、呪文を唱える。

 先程と同様に、莉空と融合することに成功。

 莉空の体をコントロールして、更に呪文を唱えると、魔術エネルギーの鷲が空高く、高速で遥か彼方に飛んでゆくのであった。

 それを見つめる聖月。

 その目からは、何故か涙が溢れ出していた。


 暫くすると、魔術の鷲が戻ってきて、莉空の体を包み込む。

 眩しい光が消えると、詩音が莉空に抱き着いている状態に戻ったのであった。

 今回は短時間で、遠隔距離も短いせいか、倒れ込むことは無かった詩音。

 「聖月、どうだった?」

 詩音は確認するも、聖月は大泣き状態。

 「どうしたの?」

 「あまりにも、完璧で美しく過ぎて......愛の結晶だよね~。 今の魔術......」

 詩音は聖月にそう言われると、真っ赤になる。

 「いや、そういう目的じゃ無いから」

 言い訳するも、聖月は、

 「詩音。 自分の気持ちに素直にならなきゃだよ。 そうじゃないと、失敗する可能性も有る魔術なのだから」

 「それはわかっているけど......」

 「莉空君が純粋で変な感情を持たない人だから、成功しているのかな? 魔術師同士以外で成功しているってことは、かなり奇跡に近いと思うよ」


 「そう言えば、スキル『協調』っていうのが、私と莉空に備わっているらしいよ。 莉空がそんなことを言ってた」

 「なるほどね〜。 現実世界に戻ったら自分の気持ちをよく確かめて。 そうすれば、次の戦いではより大きな武器となる筈だよ。 莉空君との一体魔術は」

 「......はい」

 「演じている氷の美女も、戻ったら見納めかな?」

 途中から、横で話を聞いていた莉空は、今ひとつ意味のわからない2人の話に、不思議そうな表情をしたまま立っている。


 感動で溢れた涙を拭いた聖月は、詩音と莉空の背中を叩いて『行こうか』と言って促すと、他の3人が待つ場所へと向かうのであった。


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