第40話(謝意と辞意)
統合作戦本部参事官櫂少将に、密命が下るのは程なくしてであった。
少将自身も気象災害の発生の対応も有って忙しく、詳しいことは分からないものの、
『異能者絡みの災害なのでは』
と内心考えていたのだ。
国防軍の非主流派に属する櫂少将。
統合作戦本部は、陸海空宙各国防軍を統括する、軍中央の中枢と言える組織であり、非主流派とは雖も櫂少将の現在の地位は相当高いと言える。
ただし、参事官というのは緊急時以外実働部隊の指揮権が無く、平時では事実上の名誉職でしかないというのが実態であった。
そういう地位に居る為、国防軍の情報部が関与している極秘任務を一定程度認知出来る立場にあり、詩音が政府の情報機関に付け回されていることを知るに至ったので先日の出国時、空港に現れたのだ。
ただ、その際発生したAM軍と情報当局との一触即発の事態に対し、衝突回避に尽力したにも関わらず、ヒイロ中佐と旧知の間柄であることがAM軍側に肩入れするような態度だと捉えられてしまい、逆に越権行為だと軍主流派から咎められ、気象災害の最前線の一つである北K道に出向いて情勢把握をするよう命じられてしまっていた。
「いや〜、寒いな〜」
吹雪の中、古巣である国防航空宇宙軍のCS基地に何とか降り立つことは出来たが、隣接する空港は豪雪で機能が麻痺しており、大混乱は長く継続している状況であった。
到着し、ヘリから降り立った際、
「司令、お久しぶりです」
と、出迎えたかつての部下達から敬礼をされたが、
「今の司令に悪いから、司令は止してくれよな」
とひとこと苦言を呈しつつ返礼すると、建物の方へ足早に向かう。
やがて暖を取りながら、出されたお茶を啜る少将。
「こう寒いと、熱いお茶に限るな」
副官に感想を述べていたところ、
「統合作戦本部の幹部の方が、どうして気象災害の現場に出るよう命ぜられたのでしょうか? しかも、全国的な災害ですし、もっと酷い現場が無数にあるにも関わらず、こんな遠方に......」
と、基地副司令から疑問をぶつけられたのだ。
それに対し、
「極右連立政権と結び付きを強めて、政府内の立場を一気に強化したい国防軍主流派にとって、文民統制維持を声高に訴えて憚らない私が邪魔だからだろうね」
と答えた少将。
国防航空宇宙軍の将官達は、現状の文民統制支持が大多数であるが、国防陸軍を中心とする主流派は制服組の発言権強化を支持する者が多いのが実情であった。
「国家主義的な政権になったので、ここぞとばかりに主流派の主張は拡大していますからね。 そのうち、国防大臣の地位も武官が担うべきだと言い始めそうですが......」
憂う表情で、昨今の政治情勢に対する自身の感想を述べる大佐。
すると、
「悲劇的な大戦から既に百数十年が経つ。 現在生きている戦争の記憶の無い人々にとっては、近年の南西方面での局地戦が劣勢で終わった屈辱感の方が大きくなっているだろ? だから仕方ない面もあるのさ」
「それが、極右思想の支持拡大に繋がったというのは理解出来ますが、文民統制の原則まで捨ててしまうのは......」
副司令も、NH国の国全体の衰退が続いている状況下で、政治が国家主義的な方向に一気に進んだことに危機感が募っていたのだ。
「人って、想像以上に愚かなのかもしれないな。 現状、実は結構恵まれていることに気付かず、国の衰退が始まると溜まった不満が、やがて極端な主張の方に引き寄せられてしまい、熱狂的に支持するようになる。 そうした状況を利用して権力を狙う野心家が各方面で次々と現れ、そういう支持が多数派になれば、非民主的な政権も誕生する。 選挙の際に公約で掲げられた大衆迎合的な行き当たりばったりの現役世代負担軽減政策が次々と実行されていくに連れ、その裏で帳尻合わせするかの如く、段々と自由や権利が制限されてゆく。 今、国会で審議されている、緊急事態時の国民主権制限案や生活保護の廃止法案、医療費の原則5割負担案等は、まさにそうした例だろうね。 その行き着く終末点が、戦争と破壊っていうところかな?」
櫂少将が、
『歴史は繰り返されるものなのかもな』
という、そんな感想を述べていると副官が、
「ところで参事官。 今後はどちらの視察に出る予定でしょうか?」
と尋ねてきたのだ。
「大尉は、こんな大豪雪の中で、遭難したいのかい?」
「いいえ」
「高官が何処かに行きたいと言えば、周囲の者達は準備をしなければならないだろ? 軍人とは言え警護も付けねばならないし、行く先を管轄する者達は余計な手間暇が掛かる。 しかも、これほどの気象災害の最中だ。 下手すれば死傷者が多数出るかもしれないよな?」
「はい」
「だから、名誉職にあるだけの私は、今回出された中途半端な命令に従って、ここに滞在するだけで良いのだよ。 みんなの為にもな」
少将はそう答えると、豪快に笑い出した。
それに対し、困惑の表情の副官と、少将の意見に同意して笑う副司令であった。
「ところで少将。 この気象大災害についてですが......」
櫂少将の副官が、当面の滞在場所を確保すべく、段取りに駆けずり回り始めた頃合いを見計らって、副司令が少将に尋ねたいと思っていた本題に入り始めた。
「大佐はどう思う?」
「とにかく異常ですね。 今までは地球温暖化の影響かどうか、小官には分からないですが、暑くなる一方だったのに、こんな極寒が襲って来るとは......」
「しかも、わが国だけを襲う局地的な大寒波」
少将の含みのある言い方に頷く大佐。
少し間を置いて、
「新政権は、余計なことをするばかりだからな。 その影響だろうね」
答えながら苦笑する少将。
「これは、異能者絡みの現象なのでしょうね......」
呟くような喋り方で、声のトーンを大きく下げた大佐。
それに対し、頷く参事官。
「少将がお知り合いの異能者は、何か言っておられるのでしょうか?」
「今、この国に異能者は誰も滞在していないんだよ。 海外で長期滞在するという連絡だけは入っているが、な」
その答えに、目を見開いた副司令。
「まさか......それって......4人全員がですか?」
「4人っていうのは、少し古い数字だ。 最後の戦いで1人亡くなって、3人......いや、今は2人、いやいやNH国の異能者は1人だけになるだろうって詩音から連絡が有ったな」
「ということは1人?」
「現状取り敢えず、3人ということにしておこうか。 その3人全員が当面、この国には戻らないっていう予定だそうだ」
櫂少将ほどでは無いが、昔、異能者関連の情報に接する業務に就いていた経験を有している大佐。
求める答えらしいものを得られた副司令は、深刻な表情に変わった後、その後ずっと押し黙ってしまうのだった。
数日後。
「参事官。 統合作戦本部長から、緊急の命令書が発付されました」
副官が慌てた様子で櫂少将の元に駆け込んできたのだ。
「本部長が? 珍しいね〜」
のんびりした口調で答えながら、基地で受信した命令書を確認する少将。
それには、
「首都防衛司令部で行われる緊急会議に出席せよ」
と書かれていたのであった。
首都に戻ると、会議が行われる中央司令部に直接入った櫂少将。
統合作戦本部に異動してから定例会議以外、会議という名の付くものに呼ばれたことは無く、中央司令部の大指揮室に足を踏み入れたのは、この日が初めてであった。
南西方面で連合軍が、C国軍との局地戦を繰り広げてから十数年。
その教訓を期に整備されたのが、国防軍中央司令部(首都防衛司令部)である。
軍事情勢の厳しさから、経済的な縮小が進んだことで、国防費はGDPの10%を超過するようになって久しいのだが、首都TKOの地下深くに巨費を投じて建設されたもので、大掛かりなサイバー戦や情報戦にも対応出来る様に設計された最新鋭の設備となっている。
その規模に少し唖然とした表情で少将は立ち尽くしていると、
「全員揃ったので、早速会議を始める。 櫂少将、近くの席に座り給え」
と進行役の国防軍情報部長に促されたのであった。
「軍のトップである我々ですら知らなかったのだが、異能者には手出し無用という不文律が有るらしい。 現政権と距離を置く長老と呼ばれている方々から、つい今しがた警告と忠告が為されたのだ」
統合作戦本部長が、険しい表情で話を切り出した。
少将は聞かされていなかったのだが、議題は異能者への対応であるようだ。
『道理で出席者がごく少数で、場所もここな訳だ......』
櫂少将がそんなことを考えていると、
「櫂君。 君は若手士官だった今から約30年前、当時の大富豪や財界が出資し、同盟諸国の協力を得て極秘に実施された、異能者養成プロジェクトに航空宇宙軍から派遣されて従事していたのだよな?」
と改めて経歴を確認されたのだ。
「はい」
短く返答。
「極秘だから他言無用というのは此方も理解している。 だが、不文律について、君は知っていたのではないのか?」
と、追及されるような質問が続いたのだ。
『なんだ、査問会ではないか......』
本部長の言動と姿勢に、そういう印象を抱いた少将。
「いえ。 従事当時、尉官でしかない小官の立場では、不文律なるものの具体的な条項を知る機会はありませんでした」
ハキハキとした口調で否定してみせる。
「しかし、いま君は異能者の一人である璃月詩音と忘年の友と言える関係に有るのだろ? 佐官時代の一時期は璃月財閥に出向していたのだし、先日、HND空港から璃月詩音が出国した際、見送りにも出向いていたぐらいなのだから」
要は、詩音から不文律について、その内容を聞いていたのではないのか?と本部長以下の出席者は言いたいのだ。
「不文律というのは、ごく一部の為政者のみが知っていれば十分なもの。 小官が噂で耳に挟んだのは、そこまでです」
改めて、内容は知らないと否定する櫂少将。
ざわつく指揮室内。
その後出席者の視線は、不文律を結果的に破ってしまい、気象大災害を招くという一翼を担った龍蔵中将の方に集中していた。
「出席者の方々。 あくまで小官等が実施していた異能者の行動監視は、政府の要請によるもの。 責任の所在は首相をはじめとする連立政権に有るのです。 誤解しないで頂きたい」
大汗を掻きながら言い訳に徹する中将。
『この人が、詩音達への尾行の黒幕か......あの焦った様子から見るに、恐らく連立政権側に提案したのも中将なのだろうな』
少将は、そんな思索を巡らせていると、
「今は、誰の責任とか、そういったことを論じている場合ではない。 現在発生している未曾有の気象大災害を止めることが肝心では無いのか?」
正論を述べたのは、現在の国防軍ナンバー2である国防次官。
極右連立政権の時代になってから、国防次官のポジションは制服組が担当することに。
軍の作戦に素人の国防大臣が口を挟むのを防ぐ為、次官のポストは武官にという建前であったが、あくまで大臣のポストも制服組が握る為に主流派が仕掛けた布石である。
「次官のおっしゃる通り。 本極秘会議の目的は、ただそれだけの筈ですぞ」
議長役の情報部長が仕切り直す。
意図しなかったとは言え、大災害の発生の要因を作ってしまった主流派が、面目を潰されまいと、議論の主導権を握ることに躍起となっている様子が見え隠れしている。
統合作戦本部長は中立派であるので、主流派に属する国防次官や情報部長、国防陸軍の龍蔵中将等は責任論に会議の議論が向くのを避けようと必死であったのだ。
「そこで櫂少将。 誠に御足労だが、出国してしまった璃月詩音を見つけ出して接触し、不文律関係についての聴取や気象大災害のこれ以上の拡大防止への協力を取り付けてきて欲しいのだ」
本部長の口調が急に和らいだものに変化。
半ば懇願の様に聞こえる程であった。
「小官がですか?」
思わず再確認する少将。
「他に人材が居ない。 それに君以外、誰が璃月詩音と会うことが出来るのだろうか?」
逆に質問されてしまったのだ。
暫く沈黙が続く大指揮室内。
出席者全員の視線が櫂少将の返答に注目していた。
「龍蔵中将の代わりに小官が謝罪して、受け容れて貰える筈だとお考えなのでしょうか?」
厳しい指摘に、汗が止まらなくなる中将。
ただ、近い将来、制服組の最高幹部の地位を狙えるポジションに居る中将が、自身の失態と民間人に対する法律違反にも問われかねないような行為を指示していた事実を認めて、詩音の様な小娘に頭を下げることなど、到底出来る筈が無いのであった。
静寂の時が流れ、何とか言い繕おうと、主流派の最高幹部の誰かが口を開こうとした瞬間、
「ひとまず、最後のご奉公として、事態の収集に尽力させて頂きます。 今、こうして議論している間にも、大寒波とそれに伴う豪雪被害で、千万単位のNH国民が凍死や餓死の危機に陥っているのですから......」
櫂少将がそう答えたことで、緊急会議は終幕の方向へと進み始めたのだった。
会議が終わった直後、少将は統合作戦本部長の元を訪れていた。
「少将、宜しく頼むぞ」
本部長室に入って来た櫂少将を満面の笑みで迎え、少将の両手を取って、固く握手をして来た。
しかし、少将の表情は硬いまま。
やがて、一通の書面を本部長の面前に差し出す。
「これは?」
訝しむ表情で、ひとまず書面を受け取った本部長。
すると、
「小官の辞表です。 本部長に預けておきます」
短く答えた少将は、緊張の面持ちであった。
「これは、やはり璃月詩音の元に向かうことは難しいから、辞退したいという意味なのか?」
本部長が慌てた様子で、何とか翻意させようという姿勢を見せたので、
「いえいえ。 そうでは無く、小官が詩音と会った際に、軍の行為に対する謝罪と遺憾の意思を示す為、責任を取って国防軍の退役を条件にしたいという意味の辞表です」
その説明に言葉を失う本部長。
自身の職を懸けて交渉したいということだったからだ。
「どちらにしろ、近々予備役編入される身です。 数カ月退役が早くなるだけのことですから......」
それだけを言い残すと、本部長に対して、見事な敬礼をした後、踵を返して本部長室から退室したのだった。




