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悪戯と黄昏の刻に・第一紀(異能者の戦い)  作者: 嶋 秀
第二章(リアル世界篇(伝説の魔術師リヴ・レヴ(詩音)を中心としたルキフェルとの戦い))

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第39話(天変地異)

TKOに転居した聖月と蒼空。

2人は異常気象発生の予兆に、異能者の戦いの不文律が政府によって破られたことによる報復では無いかとの疑念を持つ。

仕事で訪れたリンとの会談で、疑念は確信に変わる。

やがて、NH国は強力な大寒波に見舞われ、国家存亡の危機に陥るのだった。


 「蒼空。 今日はもの凄く寒いね~」

 この日は小型犬風姿の神獣の蒼空に聖月が話掛ける。

 『まだ12月の初めなのに......』

 聖月の頭の中に、蒼空の言葉が響く。

 「これって、もしかして天変地異の始まりなんじゃない?」

 『え〜っ。 直近の異能者の戦いで勝って以降、NH国は景気も回復して、大きな事故もゼロ。 天候も気温も平年並みが続き、台風の上陸も少なく、大きい地震の発生も無くて、非常に安定していたじゃん』

 「でも、この気温は絶対おかしいよ。 来週には上空5500メートルで氷点下50度以下の超強力な寒気団が列島の上空をすっぽり覆うっていう予想も出ているし......」

 聖月のその言葉に、確かにと首を傾げる蒼空。

 『そっか〜。 聖月の言う通り異常気象かも。 ちょっと調べて見ようかな』

 そう答えると、何処かへ姿を消した蒼空であった。



 その後聖月は、ひとまず大学に登校する。

 地下鉄に乗って10分ほど。

 橘邸はTKOのCHU区にあり、大学のあるMN区までかなり近い。

 大学のキャンパス内に入ると、

 「聖月さん、おはようございます」

 「聖月〜、おはよう〜」

と同じ学科の学生だけではなく、他学部の学生からも声が掛かる。

 それに対して、

 「おはようございます、✕◯さん」

と名前を知っている人には、その名前も入れながら、笑顔で丁寧に挨拶を返す。

 こうした姿は、都幌学院高校時代と同様であった。


 

 授業が終わると、学科内の友人達の誘いに付き合い、キャンパス近くのお洒落なカフェでお喋り。

 「一気に寒くなったね~」

 「ほんと、異常気象が当たり前の時代だよね〜」

 「夏は毎年猛暑だし、今年の冬は酷い極寒? 寒いのは珍しい気もするけど......」

 「こんなに早く寒くなると、着る服、困っちゃうよ~」

 「聖月〜、今日の服装も素敵だね」

 「そうかな~。 これ、ウニグロだよ」

 「ウニグロでも、聖月が着ると高級ブランドに見えるの」

 「そうそう」

 そんな極極普通の会話を楽しんだ後は、真っ直ぐ家に帰る。

 こんな大学生活を謳歌していたのだ。



 この日帰宅すると、蒼空が次の出張への準備を始めている。

 カバンをクローゼットから咥えて引っ張り出し、その中に自身が着せて貰う小型犬用の小さな服をタンスの引き出しをひっくり返して取り出していたので、床上は服だらけだ。

 『おかえり〜。 聖月』

 その声を聞くと、聖月は服の山に埋もれていた神獣を探して抱き上げる。

 そして、優しく撫でで軽くキス。

 犬風の姿の蒼空は、尻尾を振って喜ぶ。

 神獣といえども、現実世界では動物の姿になるしかなく、犬なら犬、猫なら猫の普通の仕草しか出来ない。


 『次の仕事の準備をしないとね、聖月』

 脳内に響く蒼空の言葉で、スケジュールを確認。

 「次はSINGP国だね。 リンさんの会社の宣伝用の新しい映像と写真の撮影か〜」

 更にその次の予定を見ながら、

 「その後はEURに行くのか〜。 冬休み直前だけど、大学は暫く休むしかないかなあ〜」

 蒼空に向かって独り言を呟きながら、犬の姿の蒼空が殆ど出来ない旅の準備を本格的に始めるのだった。


 

 「蒼空。 ところで今後発生見込みの異常気象の件だけど、パラレル世界に行ってきて、何かわかった?」

 『いや、何も。 ただルキフェルの大王に動きが有るみたいだよ......』

 「それって、ルキフェルとしての動き?」

 『それが、どうも違うみたいなんだ。 最近レヴの攻撃で王座の在る浮遊要塞が半壊させられたらしく、『当面余計なことをするな』と命令を出したらしいから』


 蒼空の調査結果を聞いてから、聖月は少し考え込む。

 「今日一日考えたのだけど、最近の不文律を破ろうとするこの国の政府の動きが、異常な寒波襲来予想の原因じゃない? この間Q州の本宅に、異能者についての情報と詳しい説明を求めて、政府高官を名乗る怪しい人達が接触して来たぞと家族から言われたし......」

 『政府側が聖月のご両親に近付いても、不文律を破ったことにはならないよ。 ただ、異能者である聖月の尾行をしているのは、不味いことだろうけど』

 「不味いことって?」

 『現実世界における異能者の尾行や行動監視は、不文律を破った懲罰対象の行動に該当するんだ。 基本的に現実世界では、国が異能者に保護以外の関与をしてはダメなんだよ』

 「でも私達って、尾行されかけても直ぐに一旦パラレル世界に遷移して、そこで交通機関を使って移動してから現実世界に戻ることで、簡単に巻けちゃうから、事実上何の実害も無い訳じゃない? それでもダメなの?」

 『厳密に言うと、それも駄目なんだ。 でも、もし今後気象災害が起きたら、それは僕達に対する追跡行為って言うよりは、もう一組の方に対する同様の行為へのペナルティーだね、きっと』

 「もう一組って、詩音と莉空のこと? だって、レヴが居るじゃない? 尾行なんか出来ないと思うけど」

 『レヴは慎重だから、一般の人達の前で無闇に魔術を使わないよ。 それにパラレル世界への行き来で巻くという僕達のような使い方は出来ないし。 だから多分普通に尾行されているのだと思う』

 蒼空の説明を聞いても、よく理解出来なかった聖月。

 だって、レヴは伝説の大魔術師なのだから......


 「そうなの? ちょっと信じられないなあ~。 私達と同じ方法を使えば、尾行なんて簡単に巻けるじゃない?」

 『レヴの場合は厳密に言うと、自身の存在する世界を瞬時に切り替えているだけ。 だから異能者やルキフェルの者達以外の現実世界での状況を、そのままパラレル世界にもそっくりそのまま引き継いでしまうので、移動しても一般人の尾行だったら一緒に付いてきちゃうんだ。 聖月の場合は2つの世界の間を行き来、言い方を変えれば遷移している。 現実世界の状況をパラレル世界に引き継がないので、尾行を振り切れるってこと』

 「そっか〜。 私と一緒に二つの世界を行き来出来るのは、手を繋いでいる人ぐらいまでだものね」

 ようやく理解出来た聖月。

 レヴも全能では無いのだと改めて知ったのであった。



 「もし、詩音達に対するペナルティーだとすると、NH国はこの冬極寒な世界になりそうだね。 どうしようか?」

 異常な気象予測を避ける為の対策について、蒼空にアドバイスを求める。

 『ひとまず、リンに協力を求めようよ。 この国の政府への懲罰ならば他国には何の影響も無いから』

 「協力って?」

 『暫く、滞在させて貰うってこと。 勿論タダで』

 「リンは私達の敵だった人だよ? そんなに頼るべきじゃないと思うけど」

 『聖月〜。 それは異能者の戦い限定の関係。 それに僕を斃したのは、リンじゃないでしょ?』

 聖月は蒼空のように割り切れていない。

 蒼空に回復魔術を使えなくなった原因は、一番最初のリンの攻撃によるものだからと、まだわだかまりが有ったのだ。

 「やっぱり、リン・シェーロンを頼るのは、ちょっとなあ〜」

 『では、この事実を聞いたら、考えが変わるかな? リンはレヴの最後の弟子だよ。 現時点においてだけど』

 それを聞いて、驚く聖月。

 聖月が近付きたいと思っているリヴ・レヴを知る、最も身近な存在の一人がリンだと初めて知ったからだ。

 その強さや存在の秘密を知っている可能性もある。


 「わかったわ。 蒼空に拘る部分が無いのならば、私がいつまでも引き摺るのもおかしいから......」

 そう言うと、蒼空の意見を渋々受け容れるのだった。



 3日後、聖月と蒼空はNH国を旅立った。

 詩音同様に、情報機関の追跡者に尾行されていたものの、いつも通り一旦パラレル世界に遷移してから、目的地に移動したので、完璧に巻いていたのだった。

 勿論、航空会社はSINGP国の企業を使い、予約情報が簡単には政府側に流れないよう対策を取っていたのだ。



 到着すると、リン側から出迎えが来ていた。

 「お待ちしておりました」 

 「よろしくお願いしますね」

 いつも通りの挨拶を交わして、出迎えの車両に乗り込み、リンの企業が運営するスタジオへと直接入る。

 撮影予定は数十パターン。


 神獣である蒼空は、既に世界中から引っ張りだこ。

 どんな撮影も、一発でこなしてしまうので、他の動物タレントの仕事が一部で閑古鳥となってしまっているほどだった。

 ただ、あまりやり過ぎると、出る杭は打たれてしまう。

 そこで蒼空と聖月は、請け負う仕事量をセーブしていたのであった。


 「おかげさまで、我が社は他社から羨ましがられています。 最初に橘様と契約出来たことを」

 「ありがとうございます。 でも、ウチのコも動物なので、あまり仕事を詰め過ぎると、何も出来なくなる場合が有るのですよ」

 「だから、仕事量をセーブされているのですか〜。 撮影で動物が感じるストレスも相当のものですからね」

 そんな会話をしながら、聖月は適宜蒼空に指示をしたふりをして、ポーズや動きを撮影側の希望通りに実施してみせる。

 少し変わった恋人関係となってしまった2人であったが、蒼空の稼ぎで経済的な自由を得た聖月は、人間としての蒼空が亡くなった時には想定していなかった幸せを感じていたのだった。



 『リンさん、お久しぶり』

 撮影が終わってから、リンを訪問した2人。

 蒼空がリンの脳内に直接語り掛ける。

 「蒼空殿も元気そうで何よりです」

 かつて、戦いの際のやや不遜に感じる言動に比べて、随分と堅苦しい言葉遣いになったと感じた聖月と蒼空。

 「リンさん、以前となんだか雰囲気が変わったような気がしますが」

 聖月のストレートな質問に、

 「そう感じるのならば、私が異能者の聖剣士になったからでしょうか」

と答えたのだ。

 「聖剣士?」

 「そうです。 異能者としては特別な存在の......」

 『でも、レヴの弟子と比べたら、大したことではないと?』

 「そういうことかもしれませんね」

 リンは蒼空の言葉に苦笑いを見せる。


 「ところで最近、詩音がこちらに来ましたか?」

 「どうしてです?」

 いきなりの質問に、理由を尋ねたリン。

 「詩音の使っている香水の匂いがしたので。 あの子の使っている香水、ちょっと変わった特殊なモノですから」


 『なるほど。 やはり橘聖月、只者では無いな』

 内心、その大胆な質問と香水という理由に、少し驚いたリン。

 しかも、多くの人が出入りする専用応接室なのだから、色々な人の匂いが混じっている......

 でも実際は香水の匂いではなく、おそらく簡単な暗黒魔術で、痕跡を探し出したのだろう。

 神獣が側に居る様になったことで、聖月は現実世界でも少しだけ魔術が使えるとレヴから聞かされていたことからの推測であった。


 「確かに来ましたよ。 政府に尾行され続けているので、それを巻く為に私のところを寄ったそうです」

 「やっぱり〜。 私も尾行されていますから、そうじゃないかと思っていました」

 「橘さんは、上手く巻くことが出来るのですか?」

 「私は、パラレル世界を使えば、簡単に巻けるのです」

 「それはレヴには出来ない技ですね。 なるほど〜」

 感心した様子のリン。

 詳しいことは知らないものの、レヴは2つの世界を行き来しているのではなく、瞬時に切り替えているだけだと聞いたことがあったので、異能者の回復魔術師の移動とは原理が違うことを理解していた。


 「ところで、もう一つ聞きたいことがあるのですが」

 「はい」

 「もしかしてリンさん、いまNH国にある資産を一時的に処分していませんか?」

 「ほ〜、よくご存知で。 最新情報から今後大きく値下がりする可能性が高いとみて、順次売却していますよ」

 「その理由、本当ですか? しかも急いで売却していますよね」

 その鋭い質問に、これ以上誤魔化しても仕方ないと考えたリン。

 NH国への、神々による懲罰が決定したらしいという話が、各国の異能者の間に広まるのも時間の問題だからだ。


 「2人に隠し事は出来ませんね。 その通りです」

 「その理由って、不文律を破った懲罰っていうヤツですよね。 私や詩音に対する監視や囲い込みをNH国政府が実施していることに対する......」

 「そこまで知っていましたか〜。 神獣の蒼空君が常時側に居るのだから、その程度のことぐらい、状況から分析出来るのは当然ですね。 私はこれでも情報入手が遅れたので、正直言うと急いで売っていますよ。 大半はNH国絡みの金融商品ですが」

 ここ数日、NH国の株価も債券も通貨も値下がりしているという情報を耳にしていた聖月。

 それは、蒼空のビジネスを手伝っている共同経営者となり、経済的な事情に興味を持つようになったからだ。


 「懲罰は決定なのですか?」

 「はい。 そのようです」

 異能者であるのだから、リンも聖月も不文律や理は当然知っている。

 しかも、不関与の原則を破った罰は、相当重いものが課されることを過去の歴史が証明していた。

 「今回は強烈な寒波が襲い続けるという懲罰になりますね。 これは私の予測ですが」

 聖月はリンに自身の予想を語ってみせた。


 おそらく、想定外の大きな被害が出るだろう。

 そして寒さにより、多くの罪なき一般人が死ぬだろうと思うと、少し悲しくなるのであった。

 NH国は通貨が大きく下げ続けたことで貧しくなり、特に年金生活者や貧困層は、通貨安が直撃しているエネルギー価格高騰の影響で、電気代やガス代の支払いに苦しんでいる人達が多い。

 大寒波が襲い続ければ、そうした貧困層で多くの人々が凍死するのは確実なのだ。



 『リン殿。 そういう訳で、この国での滞在場所を提供して貰えたら有り難いのです』

 蒼空のお願いに、頷くリン。

 その会話を聞いて、聖月は、

 「よろしいのですか? 蒼空の我が儘に付き合う必要は無いですよ......」

 「構わないです。 いま橘さんから大事な情報を聞けたので、それに対する謝礼という形にしましょうか」

 NH国政府が、詩音レヴに対してだけではなく、聖月に対する尾行を実施していた事も明らかになり、これからNH国で大きな災害が起きるのがより確実となった為、それに乗じて一儲けが見込めるという理論であった。

 既にリンは2人と話をしながら、NH国の相場に巨額の空売りを仕掛ける決断を下し、直ぐ実行していたのだ。

 細かい部分は傘下企業の専門家に任せ、大枠の部分はリンが2人と歓談中のこの部屋から仕掛けていた。



 そうした状況を理解した聖月。

 「それではお言葉に甘えさせて頂きます」

 「ホテルは当グループの中から良いところを側近に選ばせておきます。 この後の仕事の予定は?」

 「撮影がEURで入っています。 それが終わったら、直接こちらに戻りますから、12月15日以降の予約をお願い致します」

 「わかりました。 戻って来たら、ゆっくりして下さい。 期限は大寒波が終了するだろう春までということにしておきます」

 リンはそう答えると、側近を呼んで直ぐに手配を指示したのであった。




 『やっぱり、詩音と莉空も監視されていたんだね』

 挨拶を終えて、リンのオフィスを出た蒼空が、聖月に話しかける。

 「ここに来ていた理由は、多分別の何かが有るんだろうけど......」

 聖月はレヴのすることが気になるので、応接室で詩音来訪の痕跡を探す為、暗黒魔術を使っていた。

 本当は香水の匂いではなく、設置されている監視カメラを通じ、保存されていた録画データを読み出し、それを聖月の瞳に映し出すという、ちょっとハイテク系の新たな暗黒魔術であった。


 『懲罰による異常気象だった場合、EURで撮影を終えた頃には、多分大寒波の影響でNH国行きの航空便は運休になっていると思うよ』

 蒼空は、心の底から残念そうに答える。

 命を捨ててまで得た異能者の戦いの成果が、政府の貪欲な欲望が原因で、彼等が知らぬとは言え禁忌を犯してしまい、神々の大きな懲罰へという方向になってしまうのは、決して蒼空の望むものでは無いからだ。

 幸い、蒼空の両親は、寒冷地での大農家なので寒さに慣れているし、異能者として命を捨てた息子の恩恵の残滓も有ることから、死ぬようなことにはならないであろうが、寒さを乗り越えられない人々が多く出ると思うと、表情は暗くなるのであった。



 SINGP国での撮影を終えた聖月と蒼空がEUR方面へ出発した頃、NH国は記録的な大寒波に襲われ始めていた。

 やがて、北極圏並みの大寒気団に、O縄以外の地域がすっぽりと覆われてしまうという異常気象が始まったのだ。

 強い冬型の気圧配置と南岸低気圧が数日置きで交互に襲い掛かり、寒さだけではなく、寒気に覆われた僅か1週間で積雪も尋常ではない量となってしまったNH列島。


 この寒気による大被害は、先ず最初にエネルギー需要が供給量を大幅に超過したことでのブラックアウトの発生が、悲劇の始まりであった。

 全国的に電力供給が長時間止まり、広範囲に渡る突然の大降雪で物流網が寸断されたことも重なって、灯油や重油不足から、暖房がほぼ全土で停止する状況に。

 更に国全体が貧しくなったことで、インフラ全体の老朽化も著しく進んでおり、老朽火力発電所の二十数カ所で、ブラックアウトをきっかけとした発電タービンの大きな損壊が発生。

 電力の供給能力自体が、大きく落ち込んでしまったのだ。

 この破損の修理には年単位の期間が掛かる見込みであり、新規の発電所の建設はそれ以上の時間が必要であることから、電力不足は非常に長期に渡ることが決定的となってしまう。



 そこで仕方なく極右連立政権は、数年に渡る計画停電の実施を発表したことに加えて、大寒波による電力不足と、ブラックアウトの再発防止の為、電力供給を打ち切る地域を県単位で設定するという、緊急臨時措置を発表。

 指定された供給打ち切り地域というのは、要は見捨てられた地域であるのだが、避難先の完全確保を求める国民の抗議活動が始まったものの、あまりにも対象地域が広く人口も多いことから、事態は連立与党の政権担当能力を大きく超過。

 実現不能な大衆迎合の極致の政策を掲げて、選挙に勝った極右政党中心の連立与党には、現実という苦境が酷くなった際にリーダーシップを執る者が不在というのが実態であった。

 大都市部以外は切り捨てという事項だけが政権内で一方的に決められ、実際の対応は各省庁や各自治体に丸投げという悪手を打ったことで、全てが後手後手に回るという悪循環に陥ってしまうのだった。



 その後、10日間が過ぎても降雪は止むことなく、除雪が全く追い付かないことから、道路網、鉄道網は寸断されたまま。

 陸路の物流が完全に止まり、仕方なく漁船まで動員して海路を使い、何とか輸入した生活物資を供給し続けていたが、それは南側地域の海沿いに限られ、内陸部には物資が全く届かなくなり、食料の供給すら止まってしまうという危機に陥ってしまったのだった。


 こうした悪条件も重なり、暖房が止まった日々が続く中、最低気温氷点下30度以下の厳しい冷え込みで、凍死者が続出。

 年金生活者や貧困層の人々を中心に、寒さへの対応力の無い人々が次々と犠牲となってゆく......

 やがて、豪雪に閉じ込められた内陸部では物資切れで餓死者も出始め、国家としての存立すら危機的な状況へと急速に悪化していくのだった。



 各自治体からは国防陸軍への災害救助要請が相次いだが、少子高齢化の加速的進行で大幅な定員割れが続く陸軍では人的パワーに限界があり、とても対応出来る状態ではなかった。

 ひとまず、NH国政府は非常事態宣言を実施して、地下鉄を中心に大深度交通網の運行を停止し、極寒をある程度凌げる地下街や地下鉄線路、それにTKO湾横断道路の地下トンネル等のインフラ施設を避難場所に指定して簡易な整備をし、大都市の中心部にエネルギー供給を集中させ、冬をやり過ごす新たな方針を決めた。

 たが、そうした避難場所が無い地方の地方の中小都市や山間部、人口希薄地域は、完全に見捨てられてしまい、エネルギー供給だけでは無く、食糧供給もストップしたことで、凍死者餓死者が続出しているのは確実であった。

 しかし、寒気団襲来から2週間後には、平均5メートルの積雪に覆われてしまったNH列島では、地方の情報収集が出来なくなってしまい、被害の全容は全く不明となっていたのだ。




 「謀略に見事に引っ掛かりましたね。 これは口だけは立派だけど知恵不足の、極右国家主義思想の政治家達に、国の舵取りを任せたNH国民全員の責任ですよ」

 C国の謀略家「チャン・シーボー」は、NH国の自然被害情勢を秘密裏に視察した後、国に戻ってから極秘で国家主席に報告していた。

 「衰退著しいとは言っても、かつては軍事大国、その後経済大国となった国だ。 潜在的な力はまだまだ残っているとみての今回の謀略。 見事な結果であったぞ」

 「お褒め頂き、ありがとうございます。 異能者の戦いの原理原則を知らぬまま、選挙での大勝とその後の小幅な景気回復に自惚れているとの情報でしたが、これ程見事に引っ掛かるとは、相当愚かな新政権と言ったところでしょうか?」

 「その言葉は我が胸にも少し痛みが響くぞ。 我が国も数十年前に同じ失敗をしているからな」

 目を細めながら、チャンの説明を聞く国家主席。


 「NH国が今後どうなるか、神々によるその懲罰の規模は知る由もないですが、現状の大寒波が3ヶ月続いた場合、死者は数百万人、病傷者数千万人、経済被害は5兆AM$以上と見込んでいます」

 「それは凄い被害だな。 我が国も改めて気を引き締め、政府関係者による異能者達への関わりを厳禁とさせねばな」 

 「その点、呉れ呉れもよろしくお願い致します。 軍人達は直ぐに異能者に対して手を出したがるので。 その特別な能力を手中におさめ、意のままに利用したいと考えがちですから」

 「勿論わかっておる。 そして次の謀略も頼むぞ。 成功が続けば台Wだけでなく、琉K全体をも我が手の元にするチャンスとなるだろうからな」

 国家主席の言葉に小さく頷くと、周囲に挨拶をしながら立ち上がり、最後に主席に対して深々と頭を下げて退席するチャン。

 『さて、次にはどういう謀略を仕掛けてやろうか』

 そんなことを考えながら、ほくそ笑むのであった。



 一方、大被害のNH国では、政権側による極秘の会議が再び開かれていた。

 「何なのだ、この異常気象は」

 「我が国では、異能者の戦いの恩恵が次回まで続くのでは無かったのか?」

 そんな言葉の応酬で始まったものの、旧政権に従っていた中枢の者達を全て排除したことで、事情に詳しい者が皆無の会議では、ただの愚痴の言い合いに過ぎない。

 「前政権以前で高官を務めていた者等の中に、今回の現象への何らかの意見を持つ方が居られるかもしれませんが......」

 「今更、協力を求めると言うのか? 我々は国民へのアピールのため、腐った旧政権とそれと結託する高級官僚というレッテルを貼り、選挙での大勝を根拠に、大半の者達を公職から追放してしまったのだぞ」

 「しかし、今回の異常気象は我が国だけに限定されたもの。 これは余りにも極端に異常な状況です。 何か現代科学では説明出来ない理由が有って、それに依って引き起こされている可能性が高いと、個人的には考えていますが」

 「......」

 中立派の政府高官から、長く政権の座に有った旧与党の最高幹部や連立政権不参加の野党からも情報を求めるべきだとの意見が出たものの、最終的に極右政党の悪い面である他者の意見を受け容れないという部分が出て、この会議は異常気象とその被害に対する意見交換だけに終わってしまったのであった。



 それを横目に別の場所では、旧政権与党幹部やそれを支持する勢力、更には中道の野党幹部も参加しての極秘意見交換会が始まっていた。

 「極右連立政権は、予想通り早速禁忌を犯したようですな」

 「ああいう極端な主張をする国家主義者や権威主義者は、使える道具が見つかると、法律すら無視して力づくで手に入れようとしますからな」

 「しかも、今回新政権が余計な手出しをして失敗する要因となった情報源はC国とのこと。 仮想敵国なのだから、そんな極秘情報の漏洩、謀略に決まっているではありませんか」

 「確かに。 ひとことで言って新政権の連中は無能だな」

 「ただ、今回は余りにも被害甚大。 ちょっと想定以上だよ」

 「我が国の基本は、民主共和制とAM国との軍事同盟にある。 ただでさえ周囲は敵国ばかりの地理的な状況にあるのだから。 ところが新政権はそれにヒビを入れるような主張を掲げておるし、民主主義を蔑ろにする傾向も見られる。 だから今回の気象被害発生に対して、AM国から援助の申し出すら無いのだろ?」

 「このまま新政権の連中に、国の極秘事項の運用まで任せたままでは、国家としての存立の危機にも繋がりかねない。 先ずは我らの方で被害者となった異能を持つ者達に対して、詫びを入れておこう。 それと、新政権側にも愚行を止めるよう、それとなく耳に入るような情報操作をしておくべきだろうな」

 長老のその意見に賛同が相次ぐ。

 「使者は誰が適任かな?」

 「先日も動いて貰った国防航空宇宙軍出身で現在軍参事官の櫂少将で如何ですかな? 彼は璃月家との縁を持つ人物だから」

 「おお、それが良い。 璃月詩音からの信頼も厚いと聞くからな」

 「では長老の方々、経済界の影の方々。 方針は決まりということで宜しいですね」


 影の権力者層の賛同を得て、ようやく事態の収拾を目指す方向に動き出したNH国。

 ただ、あまりにも大きな被害が見込まれる状況になってからであり、いつの時代であっても、そうした被害に遭うのは弱者と相場は決まっている。

 そしてその決定が、詩音レヴや莉空、聖月や蒼空の人生をどのような方向に進ませることになるのか、この時点では誰も予想出来なかったのであった。

 

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