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悪戯と黄昏の刻に・第一紀(異能者の戦い)  作者: 嶋 秀
第二章(リアル世界篇(伝説の魔術師リヴ・レヴ(詩音)を中心としたルキフェルとの戦い))
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第34話(嫌嫌ながら祖父宅へ)

レヴの記憶消去の魔術を受けたものの、精神攻撃魔術の後遺症に苦しむ莉空。

そこでレヴは、その苦しみを取り去ってあげようと、ある処置を決断する。


その後AM大陸に移動した詩音達。

ついに苦手な祖父宅に到着するが......

この訪問には、レヴのある目的が有ったのだった。


 翌朝。

 莉空は目覚めると、詩音レヴの姿がホテルの部屋に無いことに気付く。

 慌てて、鏡に自分の姿を写してみると......

 そのまま絨毯上に座り込んでしまう。

 「嘘だろ〜〜」

 写った姿は、全身火傷で爛れて醜悪な姿になった詩音だったのだ。


 「詩音。 僕は本当に反省したんだ。 もう許して下さい......」

 そう呟き、涙が滲み出す。

 すると、頭の中に声が響く。

 「お前は何を覚えている?」

 「アルシア・エーリットに詩音が殺されかけたことは聞いて覚えています」

 「他には?」

 「う〜〜、何を覚え......」

 唸り声をあげる莉空。

 しかし、それ以上のことは思い出せない。

 確かにレヴから話を聞き出した筈なのに......

 「頭が痛い。 何も思い出せない」

 そこで、あの恐怖の出来事が甦り、体が強張ってしまう。

 詩音焼殺の犯人として逮捕され、疑いを晴らせずに一生刑務所で過ごして人生を終えた体験だ。

 やがて、体がブルブル震え出す。

 そして......


 再び目が覚める莉空。

 慌てて詩音の姿を探すが、やはりホテルの部屋には居ない。

 今度は起き上がる気力も出ず、そのまま横になったままだ。

 『何、この堂々巡り。 もう嫌だ』

 布団に潜り、もう目覚めたくないと真剣に願う。

 やがて睡魔に襲われ、ウトウトし始める。


 そんなことを繰り返す感覚が続いていた。




 「莉空、起きなさい。 今日はLAに移動するのだから」

 詩音レヴに体を揺すられて、ようやく本当に起きた莉空。

 詩音の顔をまじまじと見てから、飛び起きて、急いで鏡の前に。

 「良かった〜。 確かに僕だ」

 その様子を見て、笑い出す。

 「レヴの精神攻撃魔術は、暫く後遺症が残るよ。 記憶の抹消も行ったから、当面は苦痛が続くと思う」

 「記憶の抹消?」

 「憶えていないのなら、説明はしないよ」

 詩音のその言い方で、それ以上の質問を止めた莉空。

 昨晩見せられた悲惨な人生体験で、本当に懲りたことから、もう何も聞き出したくなかったのであった。



 一方、詩音レヴは、

 『お仕置きが効き過ぎちゃったみたいね。 精神攻撃魔術は、人によって効果も後遺症も異なるから。 莉空は感受性が強いのかな?』 

 様子を見ながら、そんなことを考えていた。

 海未と紗良はうなされているような様子は無かったが、莉空は一晩中うなされていたみたいだからだ。

 『ちょっと可哀想かもね。 もう少し楽にさせてあげるか〜。 詩音の恋人だし......』

 そういう結論を出したレヴ。


 「莉空、ちょっと辛そうだね?」

 「うん。 でも詩音の思い出したく無いことを根掘り葉掘り聞き出した罰だから、当然の報いだよ」

 その答え方に、

 『なるほど〜。 反省し過ぎが原因だな。 後遺症が強く出ているのは』

 3人にかけた精神攻撃魔術で見せた、焼け死ぬ直前の詩音の姿は、レヴが実際に救った時に見た姿であり、忠実に再現したものであった。

 そのリアルさと悲惨さ、目を背けたくなる醜い姿は、ほぼ全員がトラウマとなり、PTSDになるくらいの代物であった。

 異能者の戦いに2回参加していて、自ら攻撃で敵の異能者を傷付けたり、その戦いの最中に生じる一般人の死体を見慣れている海未や紗良と比べ、莉空は初めての異能者の戦いで、味わった悲惨な光景が殆ど無かったので、見慣れていないからこそ、今回の精神攻撃魔術での衝撃度が強かったということもある。



 朝食が終わると、部屋の片付けをして移動の準備中、レヴは莉空に話し掛けた。

 「莉空〜。 もう少し楽にさせてあげようか?」 

 その言葉に首を振って拒否する。

 「でも、このままだと、寝不足状態が続くことになるよ。 あの2人は全然大丈夫みたいだけど」

 その言葉に、莉空は海未と紗良の方を見る。

 2人は楽しそうに、大陸に帰った後の予定を話しているようだ。

 その姿を少し羨ましそうに見ながら、

 「僕と先輩2人とでは、心の重荷の度合いが違うのでしょ? 先輩達にとって詩音は、高校の後輩で異能者の仲間という関係だけど、僕にとっては大事な恋人だから。 その大切な人の気持ちをかなり踏み躙ってしまったことについて、僕自身が許せないんだ」

 『付け加えると、その大事な人の焼殺された酷い姿を心に焼き付けてしまったということよね。 焼死体は、死体の中でも、最も悲惨な姿の一つだから......』

 詩音レヴは、莉空の説明の行間をそのように読み取ったのだった。


 レヴは自身の中の詩音の意思を感じ取ってから、突然、

 「そのまま動かないで」

と莉空に告げると、莉空の頭の上に右手の掌を乗せる。

 「何するの詩音。 僕はこのままでイイんだよ」

 そう繰り返したものの、レヴは記憶消去のやり直しを始めるのだった。


 「詩音、どうしたんだ? 莉空の頭に手を乗せて。 頭でも撫でてあげるのか?」

 海未はその様子に気付き、誂うように質問して来る。

 実は海未と紗良。

 レヴに記憶の消去をされたことすら覚えていなかったのだ。

 魔術でのその行為自体をも完全抹消されていたからだ。

 それに比べると、莉空の記憶消去は、より限定的であった。

 差を付けた理由は、今後も詩音レヴと一緒に暮らす莉空と、そうでは無い先輩2人という大きな状況の違いにあった。

 レヴがルキフェルとの戦いを続ければ、莉空との間で、また詩音に関する話題をぶり返す必要が出て来ると予想しての措置の違いであった。


 結局レヴの指示に素直に従った莉空。

 暫く経ってから、

 「はい終わり」と言われた時に、莉空は驚いてしまう。

 魔術で再構成された記憶は、詩音の悲劇に関する出来事について、ほぼ抹消されていなかったからだ。

 「詩音。 今の措置って......」

 思わず絶句する莉空。

 昨日レヴから聞き出したことがほぼ全て蘇った上に、一番ショックだった詩音の焼殺姿は、ぼんやりとするだけで、ハッキリと思い出せない。

 しかも、記憶を消された状況や戻された状況までも思い出せたからだ。


 「だいぶ苦しんで反省したみたいだから。 ただ、他人に話すことが出来ないように、魔術を掛け変えたから、それだけは覚えておいてね」

 確かに、詩音とレヴが一体化するに至った経緯の聞き出した内容は覚えているが、それを言葉にすることは出来ない。

 「ゴメン、詩音。 色々手間をかけさせて」

 「イイのよ。 今後も莉空と一緒に過ごすことになるのだろうし、いずれエーリットと再戦して、彼女を斃せば、また同じ話をする羽目になるから、私も記憶消去を考え直したの」

 詩音レヴはそう答えると、チェックアウトの準備を進めるのだった。




 HWI島の空港に戻ると、異能者対応特別チームのシュミット中佐が詩音達を待っていてくれた。

 「海未さんと紗良さんはご自宅に戻られるのですよね?」

 「クリスマス休暇でOAF島に来ていましたが、僕達が滞在していたせいで、無差別銃撃テロも発生してしまい、特別チームの方にも迷惑を掛けてしまいましたから、大人しく本宅で過ごすことにします」

 その言葉に頷いた中佐。

 「ひとまず、一旦詩音の祖父宅に立ち寄ってから、僕と紗良は帰宅方向とします。 その後の詩音と莉空の予定は流動的ですので、向こうに着いたら詩音に尋ねて下さい」

 海未は丁寧に予定を説明すると、詩音も説明を始める。

 「私達が揃っていると、AM国軍特別チームの負担になってしまうので、他国に移動するつもりです」

 「NH国には戻らないのですか?」

 「私がテロの被害者として向こうで色々と騒がれちゃったので、国外脱出したのです。 ところが、テロの黒幕であるルキフェルのアルシア・エーリットまでこちらに引き込む形になってしまいました。 本国での騒ぎが落ち着くまで、彼女の矛先を躱そうと思っています」


 中佐は、詩音と莉空がHWI諸島を訪れた理由を聞いていなかったので、ウンウンと頷きながら、

 「我々は、もう暫くこちらに滞在することになります。 事件の後始末が有るので」

 その言葉を聞き、本当に申し訳ないという表情を見せた詩音。

 それに対して中佐は、

 「今回の事件で、私達も今まで知らなかったいくつかの極秘情報に触れることが出来ましたので、そこまで恐縮しないで下さい。 NH国の情報機関は、先日レヴ様から聞かされたことは全く知らないのでしょ? お二人をテロ関係者と判断して尾行していたぐらいですから」

と言い、情報収集活動でAM国が常に最先端を進めていることに満足して、笑みを浮かべたのであった。


 「それでは、またいつかお目に掛かる機会もあるかと思います。 その日まで御壮健で」

 詩音レヴは中佐に丁寧に挨拶をすると、空港の制限エリアへと進んで行く。

 今回、航空機内での護衛を付ける人員が用意出来なかったので、LA空港に到着してから、莉空達異能者の警護を付ける手配が行われていた。


 その後中佐は、詩音達4人と海未の個人護衛員4人の合計8名を見送りながら、

 『伝説の魔術師が一緒なのだから、万が一の心配もあり得ないな』

と思いつつ、レヴという伝説の存在と会話出来るような機会は、おそらく今後無いと思うと、なんだか一抹の寂しさも感じてしまうのだった。




 飛行機を乗り継いでLA空港に到着した詩音達。

 到着した時には夜中で有った。

 荷物を受け取って到着ロビーに出ると、詩音の祖父宅から派遣された迎えが待っていたのだった。

 「詩音お嬢様。 ご当主様がお待ちです」 

 いきなり声を掛けられ、固まる詩音。

 「深夜までご苦労様。 それではお願いね」

 お嬢様っぽい言葉遣いで、落ち着き払った様子を殊更見せようとするが、今回は大目玉を喰らうのは確実の状況であり、実はガチガチであったのだ。

 「莉空さん、先輩方。 それでは参りましょう」

 今までと急に言葉遣いが変わり、思わず吹き出す3人。

 それに気付いた詩音は、莉空のお尻を蹴っ飛ばす。

 「いててて」

 小さく呟きながら、大きな荷物を引き摺りつつ、置いていかれないように、歩く速度を早める莉空。

 詩音は荷物を出迎えに来た家の者に手渡していて身軽だったので、颯爽と歩いていくからだ。

 2台の高級車が出迎えに来ており、4人ずつ乗り込む一行。

 AM軍特別チームの護衛達も、その場で合流してから、璃月家当主が住む、郊外の大邸宅へと向かうのだった。



 到着すると、深夜にもかかわらず当主自ら迎えに出て来たので、踵を返して、逃げ出そうとする詩音レヴ

 しかしその行動は、莉空達に読まれており、ガッチリと体を掴まれ、渋々御祖父様の前に引き出される始末。

 「お祖父様。 ご迷惑ばかりお掛けし、誠に申し訳ありませんでした」

 とにかく謝罪をすると、

 「今日は、もう遅いからな。 挨拶やその件の話は明日起きてからにしようか」

と言われたので、思わずホッとした表情を浮かべてしまう。

 それに気付いた当主は、

 「本当に詩音は、現金な性格だな? 前はそういう感じ無かったと思うのだが......」

 流石に血の繋がった家族である。

 詩音がレヴと同一化したことで起きた変化に、少し気付いている様子であったのだ。

 「私は前からこういう性格ですよ、お祖父様」

 とりあえず誤魔化す詩音。

 「まあ、良い。 今日は長旅で疲れただろう? 早く休め」

 そう言い残すと邸宅の奥へと立ち去ったので、詩音はようやく心から安堵して、満面の笑みを浮かべたのであった。

  


 璃月秀虎あきづきひでとら

 年齢は72歳。

 詩音の祖父の名である。

 AM国で起業し、その優れた才能と手腕で若くして大成功者となった人物である。

 その後、ENの通貨安を背景に多くのNH国の大企業を、自身が持つ巨万の$建て資産をテコに傘下へと収め続け、それらを企業結合して形成された多国籍企業体「S・H・N」グループを現在は率いている。

 よって、衰退著しい苦境のNH国経済を支える最重要人物の一人である。

 詩音は、秀虎直系唯一の孫であることから、その後継者と目されていたが、S・H・Nグループ自体が、異なる歴史を持つ大企業を、戦役や巨大地震等が相次いだことで発生した経済的な混乱に乗じ、安値で買い漁ったという成立の経緯から、剛腕と言われる当主が亡くなれば、バラバラになってしまうだろうとも噂されているのだった。

 その為、当主は詩音に対して、厳しい態度を見せる場面が増えていたのだ。




 翌朝。

 詩音は少し遅く起きると、当主秀虎は既に仕事に出勤しており、一息付ける状態であった。

 そこで先ずは、お祖母様と挨拶をするのだった。

 「詩音。 随分久しぶりね。 向こうでは色々と大変だったのでしょ?」

 「知っていたのですか? 心配させたくなかったのに......」

 「貴女は、ただ一人の孫娘ですよ。 まして、NH国のニュースであれほど報道されているのですもの。 NH語が得意では無い、私でも知っていますよ」

 詩音の祖母はAM国出身。

 だから、詩音はクオーターということになる。

 「ところで、随分お金を使ったみたいだけど、詩音、いったい何が有ったの?」

 その質問に、海未と紗良がAM語でわかりやすく説明をしてくれたので、直ぐに祖母の理解を得られたのであった。

 「そうだったのね。 海未さん、詩音の為に骨を折ってくれてありがとう」

 返金手続きまで話を付けてくれたことに、深々と感謝を述べる詩音の祖母。

 「夫が帰って来たら、私も説明してあげるから、詩音、逃げずにキチンと話をしなさいね」

 祖母は笑顔を見せながら、詩音の心の内までお見通しであったのだ。




 夜。

 ついに当主が帰って来た。

 着替えが終わって、一段落したタイミングを見計らって、詩音はお祖父様といよいよ対面をすることとなる。

 「失礼します」

 緊張の面持ちで、広大なリビングに入る詩音。

 そのあとを、莉空達も続く。

 「まあ、そこに座りなさい」

 当主の勧めに従い、詩音はお祖父様の真正面の椅子に座り、他の3人はその両脇に椅子を移動させて座る。

 気難しいという話も聞いていたので、全員が緊張している。

 「詩音。 お前が理由なく無駄遣いをするとは、流石に儂も思っていない。 ただ、特別なカードなのに、その限度額を超えるとは、ちょっと問題だろ? それはわかるよな」

 その質問に頷く詩音。

 「理由が有ったことは、妻から聞いた。 だからと言って容認出来るものでは無いのだぞ。 お前は儂の後継者なのだから、もっと庶民的な金銭感覚を身に付けないと......」



 その後、説教され続ける詩音。

 ずっと、項垂れたままであった。

 すると、

 「莉空君というのは君か?」

 突然、話を振られたことに、思わず動揺してしまい、ガタガタと手が震える。

 その手を優しく包む詩音。

 そうすることで、少し落ち着く。

 「はい」

と、余りにも大きな声での返事に、その場に居た者全員が笑い出す。

 「そんなに緊張しないでくれ。 どうせ詩音から儂のことを非常に怖い爺様だと、常日頃から聞かされていたのだろ?」

 その質問に、

 「はい。 仰っしゃららるる通りです」

 思わず噛み噛みで答えたことから、再び笑いが起きる。


 「君は、高校時代からアルバイトで生計を立てていると聞いているが」

 「その通りです」

 「では、詩音にお金を稼ぐ大変さを教えてやってはくれないか? 儂の娘、詩音の母だが早く亡くなったことで、そうした教育が少し疎かになっていたようなのでな。 詩音の父は後妻に名家の令嬢を迎えたから、おそらく贅沢な生活が当たり前になってしまったのだろう」


 その後の話によると、当主は小学生の途中からAM国に留学し、高校・大学時代はAM国でアルバイト生活をしていたそうだ。

 「苦労をしなければ、なかなか成功出来るものでは無い。 もちろん例外も有るが......そういえば異能者は、特別な恩恵で成功者になれるのだったな」

 そこまで話すと、最後に海未に感謝を述べる当主。

 詩音は終始タジタジで、殆ど話を出来なかったのだ。

 



 翌日。

 海未と紗良は、詩音とお祖父様の久しぶりの面会に対する援護射撃を無事終えて、帰路についたのであった。

 「先輩達。 色々とありがとう〜」

 「なかなか会う機会無いだろうけど、詩音、莉空、元気でね~」

 迎えに来た車両に乗り込む海未と紗良。

 異能者の戦い後、久しぶりの再会は、このように予定よりだいぶ短い期間で終了となった。

 車の見えなくなるまで手を振り続ける詩音と莉空。

 海未達2人を乗せた車両に続いて、海未のプライベートの護衛達や特別チームを乗せた車両も続いて去ってゆく。

 「あっという間だったね〜」

 「そんなものよ、再会って」

 「護衛を断っていたけど」

 「私達2人なら、必要無いでしょ? 私が居るのだし」

 「お祖父様と、ロクに口を聞けない、だらしない印象が強いけどね」

 莉空に誂われ、少し不満そうな詩音レヴ

 そのまま、邸宅内に入ったのであった。




 その日の夜。

 詩音は改めて、当主と話し合う場を設けたのであった。

 「お祖父様。 私から重要なお話があります。 少しお時間よろしいですか?」

 急に改まった態度と、いつもと異なり周囲を威圧するような強いオーラを詩音から感じたことに、違和感を覚える当主。

 「構わないが......」

 そう答えると、きちんと座り直し正対してから、耳を傾ける。

 「私、詩音は、残念ながら昔の詩音ではありません。 もう、お気付きかもしれませんが」

 「やはりそうか。 以前のお前に、儂が気圧されるような、そんなオーラは無かったものな」

 「オーラですか? それはある人の存在感ですね。 実はとっくの昔に私は殺され、本来ならばこの世に居ない存在なのです。 今の私は、その時の私を救ってくれた方の中に存在しています」

 その言葉に『そうか』という表情を浮かべた当主。

 一緒に暮らしていないことで逆に、以前と異なる詩音の急な変化を気付かせていたのだ。


 「私の容姿は、元々は母に似ておりましたが、現在はほぼその面影を残していないでしょ? それだけを見ても、お祖父様に理解して頂けると思いますが」

 その言葉に頷く秀虎。

 「でも、私、璃月詩音は今でも存在しているのです。 それはたがうことのない事実。 こんな私をお祖父様は、やはり孫として扱ってくれますか?」

 「当たり前だろ。 別人の中なのかもしれないが、詩音が存在している以上、お前は儂の孫だ」

 その言葉を聞き、抱き合う祖父と孫。

 わだかまりも少し溶けたようであった。


 「私はこれ以上老いません。 永遠のような長い時間を歩んできた方に救われたので、以後、一緒に歩み続けねばならないのです。 また、その方は多くの責務を背負っており、心休まる時間もなかなか取れ無いことから、お祖父様達に私が会いに行く機会は今後、益々少なくなるでしょう」

 その言葉にも頷く当主。

 「今日は、私の告白を聞いて頂き、ありがとうございました。 今回、こちらを訪問した目的は、これで果たしました」

 詩音レヴは大事な話を終えたので、お祖父様の前から立ち去ろうとした。


 すると、当主は、

 「孫の詩音を死から救って頂き、本当にありがとうございました。 貴女がいなければ、とっくの昔に詩音は死んでいて、私達夫婦は娘、孫と相次ぐ死から、立ち直ることが出来なかったでしょう」

と感謝の言葉を述べる。

 それに黙って頷くレヴ。

 この時の詩音は、終始ほぼレヴの存在によって占められており、雰囲気が全く異なるその独特の威圧感と存在感を、血族である秀虎はひしひしと感じていたのだった。

 

 

 しかし翌朝、当主が食卓で見掛けた詩音には、昨日の夜のような独特の感じは全く見られず、昔からよく知る詩音の雰囲気のままであった。

 朝食を食べながら、昨晩の会話を振り返る当主。

 『本当に不思議だな。 数年前から時々、いつもの詩音ではない感じをする時が有ったが、その理由がようやくわかった』

 そんなことを考えていると、つい睨みつけているように周囲の者には感じられるらしい。

 「貴方。 朝から孫を睨むなんて、今日一日、イイことありませんよ」

 「そうよ、お祖父様。 私を睨んでも、使ったお金は戻って来ませんからね」

 その言葉に苦笑しながら、

 「時間だから、行って来るよ。 今日は、大きな会合とパーティーがあるから遅くなる」

 そして、立ち上がって手をパンパンと叩き、その合図を聞いた秘書と側近の出迎えを受けて、食卓を後にする。

 『この年になっても、まだまだ驚かさせられる出来事があるのだな』

 そんなことを呟きながら、邸宅を後にした当主秀虎であった......


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