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悪戯と黄昏の刻に・第一紀(異能者の戦い)  作者: 嶋 秀
第二章(リアル世界篇(伝説の魔術師リヴ・レヴ(詩音)を中心としたルキフェルとの戦い))
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第31話(怨みの理由)

詩音レヴは、深い怨念をアルシア・エーリットに抱いていた。

ただ、その理由は話そうとしない。

そういう状況の中、両者の直接の戦いが行われるのであった。


 翌朝。

 詩音レヴは、自身を襲撃し続ける謎の人物を罠に掛ける為の準備に入っていたのだった。


 「おはよう〜」

 莉空が起きて声を掛けるも、一緒に寝ていた筈の詩音は既に起きていて、部屋の中に姿が見えなかった。

 『昨日の夜、詩音はいつもと様子が違ったなあ〜』

 莉空は少し心配になってしまう程、詩音レヴは何だか非常に荒々しかったのだ。

 もちろん、言葉や態度が乱雑だった訳では無い。

 2人の夜の営みで、内に秘めた怒りみたいなものを感じたのであった。


 莉空がリビングに移動してみると、詩音レヴは、珍しく朝食の準備をしていた。

 ここは海未の別邸なので、そのスタッフに混じってではあったが。

 「あら、莉空。 今日は早起きじゃない? いつもはお寝坊さんなのに」

 詩音は莉空の姿を見付けると、キッチン内からそんな言葉を掛けてきた。

 少し上機嫌な様子にも思える。

 『昨日の夜感じたことは、気の所為せいだったのかな?』

 そう思い直す程、詩音はニコニコしている。

 しかも、朝食の準備をしているのだ。


 詩音は料理が下手。

 激不味である。

 だから詩音が料理をすることは、絶えて久しい。

 でも、レヴはプロ級の腕前。

 しかしレヴは面倒くさがって、滅多に料理を披露することは無い......

 そこで莉空は、少し考えてから、

 「詩音。 今朝の料理はレヴが作ってくれているのかな?」

と質問してみた。

 「当たり前じゃない? 私はレヴよ」

 怪訝な表情で返事をする詩音。

 でも、少し思い直して、

 「詩音の激マズ料理じゃないわよ。 あんなの食べたら、腹痛と下痢で、今日は行動不能になってしまうから」

と答えてきたので、莉空は思わず吹き出してしまうのだった。

 その反応を見て、

 『ちょっと、おかしなこと言っちゃったかな? 自分で自分を卑下してしまうなんて......』

 レヴとして答えたのだが、同一人物である詩音を貶したことで、複雑な表情を見せる詩音レヴ

 彼女自身も、まだまだ同一化したことに対する状況を完璧に消化していないということを示す表現だった。



 やがて、レヴ監修の朝食が食卓に並べられ、起きて来た海未と紗良も驚く程の豪華な内容に、

 「今朝は凄いね〜。 一体どういう風の吹き回し?」

 声を揃えて確認するぐらいであった。

 「ちょっと気分が高揚しちゃって。 あまり寝れなかったのよ」

 詩音レヴのその言葉に、莉空はあえて質問をする。

 「やっぱりそうだったんだ。 それって、アルシア・エーリットが関係しているんだよね?」

 「......うん、まあ」

 その名前を出されると、詩音は珍しく歯切れが悪くなる。

 「僕達に説明出来ない位の何かを抱えているの?」

 「......」

 「言いたく無いのなら、構わないけど」

 そこまで言われても、詩音レヴは、理由を説明しようとはしなかった。


 「折角の朝食が不味く感じるような話題は止めようよ。 さあ、食べて」

 詩音レヴは誤魔化すように促すと、3人は恐る恐る食べ始める。

 海未の別邸である以上、使用人も関与した朝食なのだが、詩音の腕前を知っている3人にとって、恐怖を感じるのは当然であった。

 「おいしい~」

 「本当だ〜」

 「詩音とは思えない味だね~」

 3人の感想を聞き、ご満悦のレヴ。

 一方、レヴの中の詩音は非常に複雑な表情を見せていたのだが、とっくにレヴに取り込まれた形態で有るので、その表情が顔に出ることは無かった。


 「私は三千年以上の人生で、数多くの料理を学び、実践してきた、生ける伝説の料理人よ」

 自慢げに説明するレヴは、旨いのは当たり前だと言いたいのだ。

 みんなの好意的な反応を見ながら、自身も食べ始め、『ウンウン』と頷きながら、味に納得の様子。



 やがて食べ終わると、詩音レヴは、

 「さてさて。 今朝は私の美味しい御飯を食べたのだから、今日これから私がやることについて、異論を述べることは認め無いわ。 その為に食べさせてあげたのだから......私の料理をね」

 ニヤリとしながら、3人に脅し文句をサラリと話す詩音。

 「もし、反論したら?」

 莉空が一応確認すると、

 「さっきの料理には、私の魔術が掛けられているの。 そんなことをしたら、今日一日声が出なくなるだけではなく、激しい腹痛に襲われるわ。 詩音の激マズ料理の数倍苦しむわよ」

 そんなことを言ったので、3人は何だかお腹の調子が悪くなったような気がしてしまう。

 「そんなに過敏にならなくても、まだ大丈夫。 それに時間制限付きの魔術だから、明日になったら効力は無くなるから」

 嘘か本当か、よくわからないが、大魔術師の言葉である以上、無視することは出来ない。

 3人は3人とも、そんなことを考えていたのであった。

 


 食後、出発までの間、海未、紗良、莉空の3人は、先程の詩音レヴの、いつもと異なる様子について話をしていた。

 「余程の因縁が、アルシア・エーリットの間に有るのだろうね」 

 「莉空は、何か聞いていない?」

 「いや、何も。 さっき尋ねても、答えようとしなかったからね」

 「本当に、何が有ったのだろう」


 あの映像を見た限り、謎の人物は金髪の女性だろうということしかわからなかったのに、詩音は

 『エーリットではないか』

と半ば断言するような言い方をしていた。


 「先の異能者の戦いの時に、聖月と詩音が師匠であるエーリットの話をしていたよね。 その時は、異能者の宿命で亡くなったことを悼んでいたようにみえたのだけど......」

 紗良がその話を持ち出した時、莉空はあの時の詩音の表情が冴えないように一瞬思えたことを覚えていた。

 そのことを2人に話しながら、

 「確かに、途中から聖月が逸話を語るばかりで、詩音は相槌を打つだけだったんだよね。 2人の師匠が運命を受け容れて、病死したっていう美談だったけど、あの話は事実と異なる虚偽の情報だってことになる。 詩音が昨日言った通り、謎の人物がエーリットだったとしたら......」

 莉空の予測に頷く海未と紗良。


 あの時交わした逸話には、13歳当時の詩音が訓練で放った攻撃魔術が未熟だったことも有って、聖月に大きなダメージを与えてしまい、死にかけた聖月の潜在能力が覚醒し、自己防衛本能から無意識のうちに禁忌の魔術を使って、逆に詩音を殺しかけたという内容も有った。

 その時、聖月の禁忌の魔術を打ち消したのが、当時の師匠アルシア・エーリットであったという。

 ということは、エーリットも禁忌の魔術を使えたということになる。

 禁忌の魔術とは、暗黒魔術であり、ルキフェルに属する者達が使うことが出来る代物だ。


 「当時、現役の回復魔術師だったアルシア・エーリットは、その時には既にルキフェルの一味だったと判断すべきだろうね。 現在までの状況を総合的に考えれば」

 海未は、現在までに聞いた情報を整理して、そのような結論を導き出すに至っていた。

 それに聖月自身も、最初に参戦した異能者の戦いの時から、暗黒魔術を使えていたみたいなのだ。

 この事実は、莉空が詩音から教えて貰ったものである。

 「ここまで状況が揃うと、聖月に暗黒魔術を教授したのもエーリットだろうね。 詩音がいつの間にかレヴを師匠として魔術師の腕を磨いていたように」


 3人は話し合うことで、以前はわからなかった真実に近付いていると感じていた。

 今まで、詩音もレヴも断片的な情報をあまり隠さずに話をしている。

 それは、ある段階に来たら、偉大な伝説の大魔術師としての能力で、リヴ・レヴに関する情報を人々の記憶と記録から消してしまうつもりだからであろう。

 「今日、HWI島に行くことになるけど、プライベートジェットを使うつもりは全く無いのだろうね、詩音は」

 海未は一応提案してみるが、それに対する回答を予測していたのだ。

 「あえて普通に行動して、謎の黒幕を誘き出して罠に嵌める。 そして正体を暴き、エーリットだったら、報復行動に出る。 それが詩音の狙いだよ」

 莉空にも大体、詩音レヴの策略は予想出来ていた。

 2人の間の因縁と、それに対するレヴの報復内容は、想像も付かないモノではあったが......




 そんな会話を繰り返していたところ、詩音レヴが色々な準備を終えたようで、3人の待つリビングに入って来た。

 「おまたせ〜。 ところで意見は纏まった?」

 交わした意見のことは全部知っているよ、レヴに隠し事は出来ないのだと、暗に仄めかしたのだったが、海未は一応提案をしてみる。

 「HWI島まで、うちのジェット機で行くべきでは?」

 それに対し、詩音レヴは、

 「そんなの面白くないじゃない? 黒幕が罠に嵌まるかどうか、その能力を確認する機会を作るべきよ」

と言い、予想通り自身の計画に対する異論を認める気はないらしい。

 「でも......」

 海未がそこで口をつぐんだのは、詩音レヴの瞳がダークパープル色に変化して、異様な輝きを見せたからだ。

 先程言われたことを思い出し、言葉を飲み込む。


 「今日は3人共、大人しく私の意見に従って。 本気のレヴの力を見せてあげるわ」

 海未の黙った姿勢を評価して、改めて警告めいた言葉だけを発すると、早速出発を指示した詩音レヴ

 既に、特別チームの今日の護衛達にも、観光目的でHWI島に行くと告げてあり、海未のプライベートの護衛を含めた十数人は、D・IUE空港に向かって、移動を始めたのであった。



 一方、謎の金髪女性?は、変わらずレヴの監視を続けていた。

 盗聴も仕掛けていたのだが、これはレヴに読まれて対策を取られてしまっており、特に今後の予定に関する情報を得ることは出来ていなかったのだ。

 『何処かに行くみたいだな』

 十数人の集団がバラバラに海未の別邸から移動し始めたので、その人員を双眼鏡で確認すると、見間違うことなくレヴが居る。

 そこで、謎の女性?も、だいぶ距離を置いて追尾を開始。


 やがて一行は、D・IUE国際空港に到着。

 海未の別邸の管理者複数名が一行を送ると別荘に戻って行ったので、AM軍特別チームの4人を含めると一行の人数は全部で12人となっていた。

 『空港か〜。 となると、他の島に移動する気だな』

 謎の人物にも、レヴ達の移動先が予測出来たので、予め準備していた男を呼び寄せ、その後慎重に行動して、レヴ達の乗る航空機の便を見極める。


 レヴ達4人は、航空会社の上級クラス会員であることからラウンジに入ってしまうので、空港内での追尾は難しいが、その点は特別チームの面々を尾行し続ければ済む話だ。

 やがてレヴ達一行と一旦別れる4人の特別チーム隊員達。

 すると、警護対象が居なくなったことで、油断が生じてしまう。

 彼等の会話や航空券を覗き見るのは、非常に容易に。

 謎の人物は、ここぞとばかりに直ぐ近く迄接近して、会話を盗み聞き。

 アッサリとHWI島に向かおうとしていることが分かったのだった。

 『HWI島か〜。 レヴは、人口の少ない島に移動することで、不特定多数を巻き込んでしまう無差別テロを避けたいということか。 詩音の考えそうなことだな』

 謎の人物は、詩音の思考・行動パターンをある程度熟知しているようだ。

 やはり、元師匠のアルシア・エーリットであるのだろう。

 


 謎の人物は、呼び寄せた妄想癖を持つ陰謀論者の白人中年男に、ある言葉を囁く。

 すると、マインドコントロールが作用し始める。

 従順なロボットのような状態になった中年男。 

 暫くロビーで待機するように命令してから、レヴ達が乗る便の航空券を購入しようとするが......

 ここで大きな誤算が生じる。

 便は満席で、航空券を購入出来なかったのだ。

 仕方なくキャンセル待ちを申し込み、追跡出来ないという焦りから生じた心を落ち着けようとする謎の人物。


 ようやく搭乗時刻30分前を切った段階になって、2席分のキャンセルが出たので、一安心。

 1枚の航空券は、エーリット?の操り人形と化した中年男に手渡し、荷物検査で引っ掛からない、特殊な刃物数本も男の手荷物に忍び込ませる。


 そして、この男が無事に荷物検査通過した状況を確認。

 そのまま搭乗口付近の待合座席に座り、周囲を見渡すと、まだレヴ達の姿は無かったが、特別チームの4人が既に到着しており、警戒モードに入っていたのだ。

 その為、大きなマスクを着けて、咳き込むエーリット?と思わしき人物。

 体調不良を装い、マスクを着けていることに違和感を持たれ無いように演技して見せる。

 幸いにも、数年前、世界的に呼吸器病が流行ったことで、一定数の人々はマスクを着用する習慣を維持しており、顔を隠すにはもってこいの状況にあったのだ。

 

 やがて、搭乗手続きが始まる。

 未だにレヴ達一行は搭乗口に姿を見せて居なかったが、逆に顔を見られずに飛行機に乗り込むチャンスと判断し、先に搭乗。

 シートに座って、前方を凝視していると、ようやくレヴ達が現れ、前方の座席に座る姿を確認。

 早速、レヴ襲撃計画第三弾の発動を決定したのだった。



 レヴの方も、飛行機に乗り込む際、後方の座席を確認していた。

 レヴがキャンセルした2つの座席を見ると、映像で確認済みの謎の金髪女性と、全く見知らぬ白人の中年男が離れた位置で着席していたのだ。

 『引っ掛かったな、エーリット。 今日で引導を渡してやる』

 レヴも珍しく少し興奮した状態に。

 この便が満席だったのは、空席を全て詩音レヴが押さえていたからであり、都合良く2人分の空席が出たのは、レヴの策謀によるものであったのだ。


 ただ、この便の実際の搭乗率は7割弱であり、ドアが閉まって、航空機が出発する段階になるとエーリット?らしき人物にも、レヴの策謀が見えてしまったのは当然であった。

 『全然満席じゃない。 レヴにヤラれた〜』

 出発した際、謎の人物は、その事実に気付かされ、天を見上げる。

 今迄、正体がバレないように最新の注意を払っていたつもりであったが、ちょっとした隙を突かれてしまったのだ。

 『これは、ここでの戦いになる。 避けることは不可能だな』

 エーリット?らしい人物は、直ぐにそう判断して、奥の手の準備も始める。

 フライトの所要時間は、非常に短く45分程。

 2人の激しい戦いが火蓋を切ったのであった。




 シートベルト着用サインが消えると、先に動いたのは詩音レヴであった。

 トイレに向かうふりをして、謎の女性の顔を確認しようとしたのだ。

 先ず、莉空と紗良に前方のトイレに行くように指示。

 2人がトイレを占拠して空きが無い状況を作ってから、後方のトイレに向かうレヴ。

 そして、自身がキャンセルした座席の直近まで近付くと、魔術を使い謎の人物が着けていたマスクのゴム紐を4箇所同時に切断したのだ。

 ゴム紐が切れた衝撃で、掛けていたサングラスも落ちてしまい、現わになる謎の人物の顔。

 それは、見間違うことの無い、金髪美女。

 かつての詩音の魔術の師匠。

 アルシア・エーリットそのものであった。

 その顔を確認出来たことで、大満足の詩音レヴ

 一旦、そのままトイレに入り、次の作戦に移行する準備を始める。



 エーリットの方は、

 『ヤラれた~。 いきなり魔術を使ってくるなんて』

 レヴの実力を甘く見ていたことに、臍を噛む。

 イメージ的に、伝説の大魔術師であることから、マスクのゴム紐を切る様な、ごく小さな魔術を使ってくるとは、予想していなかったのだ。


 そこで、予定を早めて、レヴがトイレから自席に戻る時、背後から操り人形の中年男に襲撃させることに決める。

 サングラスを掛け直して、予備のマスクを着けると、レヴが出て来るのを辛抱強く待つ。

 しかし、なかなかトイレから出て来ない。

 『まさか、魔術で飛行機から降りてしまったのか?』

 レヴは現実世界でも魔術を使うことが出来る。

 場所を選ばず、何でも出来るということだ。

 もしかしたら追跡不能となったかもしれないと思い、少し焦りの色を見せるエーリット。

 


 一方レヴには、当然エーリットの次の手もわかっていた。

 そこで、エーリットが連れて来た男の襲撃に備える準備をしていたのだ。

 流石に、いきなり男を殺してしまうのは衆目の面前で非常に不味い。

 防犯カメラや搭乗客のカメラも有る。

 そこで、一旦男に詩音レヴを刺させてから、反撃しようという方針を決めていたのだった。


 約10分後。

 レヴはようやくトイレを出た。

 間もなく降下を始めるという機内アナウンスを合図にして。

 少し揺れる機内の単通路を颯爽と自席に向かうレヴ。

 この時ちょうど、トイレに向かう特別チームの護衛とすれ違う。

 会釈する隊員。

 レヴも会釈を返す。

 そして、更に数歩歩いたところで、中年男が突如立ち上がり、通路を後方へ突進。

 その正面に立っていた詩音レヴに向かって、隠し持っていた組み立て式の特殊刃物を突き刺してきたのだった。

 この行動は、レヴにもエーリットにも予想外。

 背後から襲う筈だったのに、マインドコントロールが完全では無いので、先に動いてしまったのだ。


 レヴは、一旦自身の体に男の刃物を突き刺させて、大きな悲鳴を上げる。

 その声を聞いた、先程すれ違った隊員が慌てて戻って来て、直ぐに男へと飛び掛かる。

 隊員にその場で取り押さえられた中年男。

 その為、機内はパニック状態にならなかったのであった。



 「ちっ、失敗したか。 役立たずめ」

 自席に座ったままエーリットは、小声で呟き舌打ちしながら、当面の様子を見守る。

 男は既に意識を失い、抵抗出来なくなっていたからだ。

 その様子を見てエーリットは、刺した瞬間レヴが男に魔術をかけて、抵抗出来なくしたことにも気付いたのだった。


 特殊チームの4人が直ぐに集まり、男を完全拘束する。

 勿論、航空会社のCA達には、AM国軍だと告げてからの行動。

 間もなく着陸態勢に入るので、このまま男をチームで拘束し続け、空港で地元の捜査当局に引き渡す方針等を話し合っていたその時であった。


 エーリットは、レヴに魔術で襲われていた。

 レヴは人々の注目が、中年男に向かっている隙を突いて、刺された場所を押さえながら、ヨロヨロ空席に座ると、いきなりエーリットの首を魔術を使って締めたのであった。

 流石に狭い機内なので、威力の強い魔術は使えない。

 突然の攻撃に、息が全く出来なくなり、首を押さえながら、ガックリとなる。

 それを見て攻撃の手を強め、エーリットを機外に放り出す為、瞬間移動魔術を使おうとした詩音レヴ

 その瞬間、現実世界からパラレル世界に移動した感覚が有ったのだった......



 「何故パラレル世界に......そうか、しまった~」

 詩音レヴが気付いた時には、アルシア・エーリットは、パラレル世界に遷ったことで、魔術を使ってレヴの攻撃から脱していた。

 これは、エーリットが元回復魔術師であり、現実世界とパラレル世界を自由に行き来可能な能力を持っていたことを、レヴが失念していたことによって発生した大失策であった。


 魔術で追尾しようとするも、エーリットはルキフェルの暗黒魔術を使ったようで、姿を晦ましてしまったのだ。

 焦って探知魔術を全開にする詩音レヴ

 すると、エーリット特有の魔力を見つけたので、そのポイントに向かって『アルテミス・バーン』を放つ。

 いきなりの最強攻撃魔術での攻撃。

 しかし、手応えは無い。


 やがて、エーリットの高笑いが聞こえ始め、

 「レヴ。 私に気を取られていると、現実世界では飛行機が墜落するぞ」

 その言葉にハッとなり、直ぐに魔術で搭乗していた航空機に戻ると、なんだか様子がおかしい。

 機内の人々は顔面蒼白。

 酸素マスクが自動的に出ている状況。

 どうも、エーリットの何らかの策謀によって、機長と副機長が同時に意識を失っているようであった。


 レヴは直ぐに決断して、パラレル世界から現実世界へと戻ることにする。

 パラレル世界で飛行機を救っても、現実世界に影響を及ぼすことが出来ない。

 このままでは、現実世界では墜落してしまう。

 意識を取り戻す魔術もリアルな世界では無効となってしまうのだ。

 憎きエーリットをあと一歩のところで取り逃がし、悔しさで歯噛みする詩音レヴ

 でも、迷っている暇は無い。

 直ぐに魔術で現実世界に戻す。

 そのやにわの瞬間、エーリットの、

 「またお前を襲うから、その日まで首を洗って待っていろ。 ワハハハ.......」

という声と共に、姿も完全消失したのであった......



 その後、詩音レヴは、魔術で操縦桿を動かして、航空機の姿勢を正しながら、いつの間にか操縦室に仕掛けられていた気圧急降下の罠を外し、気圧を戻してから、機長と副機長の意識を魔術で回復させたのだった。

 無事に着陸後、空港のターミナル内に移動してから、レヴ一行は事件の関係者として半ば身柄拘束状態となってしまっていた。

 長時間に渡る地元捜査当局の事情聴取を受け続けていたが、護衛任務に従事中の隊員から緊急連絡を受けたフェルト大佐が、関係各所に掛け合った結果、やがて今回の事件の捜査権限をも移譲させることに成功。

 特別チームのシュミット中佐等が後続便でHWI島に到着したことで、詩音レヴ達もようやく自由に行動出来るようになったのであった。



 「詩音。 結局、作戦は上手くいかなかったの?」

 機内後方で騒ぎが発生したことと、数十秒間、パラレル世界に移動していたことだけは理解出来ていたが、それ以外はよくわからないまま、現在、HWI島の空港ターミナル内で特別チームと一緒に佇んでいることから、莉空が状況確認をする。

 その質問に、これまでにない悔しそうな表情をみせたものの、黙ったままの詩音レヴ


 暫く経ってから、

 「謎の人物は、やっぱりアルシア・エーリットだったわよ。 前にも言ったでしょ? 生者からルキフェル配下になった、残り2人の五大良将は手強いって」

 「ということは、逃げられたってことだね」

 その言葉に、

 「ああ〜悔しい。 私と詩音がこんな体になってしまうキッカケの謀略を仕掛けた張本人を、今回も取り逃がしてしまうなんて......。 機内で捉えた時、直ぐに首の骨をボキボキに折って、殺すべきだった」


 衆目の面前での殺人行為は不味いと、少し躊躇ってしまい、意識を飛ばしてから機外に放りだして始末するつもりだったと、計画をようやく莉空に白状した詩音レヴ

 その後、レヴが説明を始めた先程の機内での経緯を一通り聞いて、莉空は、

 「エーリットは、パラレル世界にいつでも移動出来るのでしょ? だったら機外に放りだしても、地表に墜落して死亡するまでに、パラレル世界へ遷移されて、魔術を使われたら、やっぱり逃げられちゃうんじゃない?」

 その意見を聞き、ガックリと肩を落とした詩音レヴ

 指摘通り、計算が甘かったと認めるしかなかったのだ。


 「詩音が11歳の時、エーリットは弟子である詩音をルキフェルの罠に掛けて、殺害したの。 回復魔術師として自身の後継者だった璃月詩音が、異能者の戦いに召喚される前にルキフェルの力を借りて始末することで、自身が異能者としての恩寵を受けたまま生き長らえようという考えから引き起こした、卑劣な事件なのよ」

 詩音レヴは、この時もそれ以上の真相は明かしてくれなかったが、ようやくエーリットに対する因縁、怨みの一端が見えてきたと莉空には感じられたのであった。


 『その事件に、何故詩音と当時無関係のレヴが関わったのか、その最大の疑問点はまだまだわからないけど......』

 目の前に佇むレヴが、魔術での戦いではなく、ただ仇敵の殺害を目的として魔術を使うという状況は、今までに見たことの無い出来事であった。

 『それだけ、怨念は深いってことなんだろうな。 伝説の大魔術師が冷静さと余裕を失った戦いを仕掛けるぐらいの......』

 莉空だけではなく、側で一緒に佇みながら、2人の話を聞いていた海未と紗良もそう思う程、根の深い両者の因縁。

 この戦いは、エーリットが死ぬまで容易に終わるものでは無いと、実感する3人であった......


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